〈第二章〉東京編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人気の無い森。
目印の地に辿り着いた蛍は懐の物を握りしめた。
周囲の様子に五感を巡らせる。やがて蛍は動きを止めた。
「──いるんでしょ?」
彼女の声が静かに木霊すが、返ってくるのは静寂と草木の奏でる喧騒のみ。
蛍は溜め息を吐いた。
「いるわよね?とある議員の護衛兵さん。…いえ、公でない場ではこう呼んだ方がよかったかしら。逆瀬川…」
「──はいはい。」
長身の男は身を隠していた場所から姿を現した。
「…全く、痺れを切らすのはやめにしてくれないかい?こちらもさ、おいそれとは行動が取れない身なんだから。」
「今まで音沙汰なしだった癖に、急に呼びつけておいて。」
「警戒してたんだよ。蛍嬢の黒幕の奴らに目を付けられないように。…あ、違ったか。“一応”は黒幕なのであって。」
蛍は思わず彼を睨みつけた。懐の諜報資料を取り出すと、飄々としている彼の手を軽く叩き付けるように渡した。
「おっと。」
「…茶番をしてる程暇じゃないのよ、私は。帰るわよ。」
「つれないなぁ…まあそうだね。うちらを背骨に内務省密偵と志々雄一派間者を務めているんだからね。そりゃあ忙しいよね。」
からかうように告げた彼に、蛍は眉間に皺を寄せた。
「…いけしゃあしゃあと人のことを語らないで。」
「奴らに漏れたら、か?蛍嬢の言いそうなことだね…特にあの子にだろ?ほら、お気に入りの。」
「お気に入りじゃないわよ。」
「ん、俺まだ名前言ってないよね?誰のことだと思ったの?」
「……」
「…あ、蛍嬢、今イライラしてるね。珍しい。」
「どうしてあなたみたいな人が副官を務めていられるのかしら。よくもまあこんな男が…」
「俺のことは嫌いってか?」
そっと指で顎を上げられ、互いの視線が交錯する。
「は?」
「…好き?嫌い?」
「それが何になるわけ?私はただ全うしたいだけ。“弱肉強食”を実現させたいだけ。それが可能なのはあなたたちの組織というだけのことよ。」
「それが答え?」
「あなたたちのことは『殺すという概念上にはない』とだけ言っておくわ。」
「…ならさ。蛍嬢。」
「何。」
「……なんでもない。」
「…あなたのそういうところ嫌いだわ。…じゃあ行くわね。」
身を翻した蛍に彼は一転、神妙な面持ちで言葉を投げかけた。
「蛍嬢。一つ忠告しておくよ?」
「…何かしら。」
平静な表情の彼女はこちらを見つめる。
「志々雄の側近の彼……彼にあんまり情を移すんじゃないよ?」
「…情?」
「敵だからね?」
「何の話。」
「まあいいけど…
素性を語ってほしくないのって、彼への背信に対する後ろめたさを突き付けられるのが嫌だからだろ?」
僅かに目を見開いた蛍の所作を見逃さず、逆瀬川は諭すように念を押した。
短い沈黙ののち、蛍は静かに頷いた。
「……ご忠告、どうも。」
長い黒髪を翻し、その場を後にする彼女の背中に掛けられる声。
「…本拠地に向かうんだろ?」
「ええ。京都へ向かうわ。時折報告を送るから。」
「気を付けなよ。これ餞別。」
「…」
投げ掛けられた逸物を片手で受け止めた。
「何これ。小瓶?…薬?」
「媚薬。」
「は?ふざけないで。」
「…冗談。護身用にどうぞ。」
ケタケタと彼は笑った。
14/14ページ