〈第二章〉東京編
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「先日ぶりです、緋村さん…」
「…そうか。お主が絡んでいたでござるか…蛍殿。」
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。──さあ、こちらへ。」
警視庁へ辿り着いた剣心を出迎えたのは、つい一月程も前に出逢った蛍だった。
剣心の言葉に含まれていたのは、ただの感嘆であるわけではないことを当然のように蛍は肌で感じ取っていた。
だが、両者ともにそれ以上に言葉を挟むことはなかった。
「失礼致します。」
剣心を連れ、蛍は目的の部屋の扉を開けた。
「これが志々雄のやり方だ!!」
「……」
「全国各地に配下の者を張り巡らし、得た情報を利用して犯罪を犯す!自分達は決して表に出ず一斉蜂起のその日まで徐々に明治政府の力を削いでいく……大久保卿…!」
激昂する川路を目の当たりにしながら一同はそれぞれに思考を巡らせていた。
その場に居合わせるのは配下の斎藤、客人として訪れた剣心、そして蛍の三人。
静まり返る部屋にノックの音が響く。
今朝、大久保と言葉を交わした人物、福島県令だった。
まさかこんなことになるなんて、と抑えきれない戸惑いの様子を吐露しながら、彼は大久保との──最後の会話を面々に伝えるのであった。
「国民国家…江戸やこれまでの明治の様に御上が全てを決めるのではなく国民が自分達の道を選んでいく国家か。壮大過ぎる理想だな。」
「だが信じるに足る理想だった…!大久保卿さえ健在ならば…」
「ひとつ気になったのですが…
いつもは寡黙な大久保卿が今朝に限って何故か珍しく多弁でした。まさかご自分の死を予期していたとは思えませんが…今日は何か日本の行く末に関わる大切な日だったのでしょうか…」
『ようやく戦乱も収まって平和になった。
よって維新の精神を貫徹することにするが、それには30年の時期が要る。それを仮に三分割すると、明治元年から10年までの第一期は戦乱が多く創業の時期であった…』
福島県令との会合で語る大久保。蛍は部屋の出入口に立ちながら、その言葉に耳を傾けていた。
「明治元年」。蛍はその言葉に昔を懸想する。
士族の生まれであった蛍のすべては、一夜にして、炎に飲み込まれ、消失していった。
家族…家…そして感情も。
どのようにして感情が消えていったのか、それは覚えていない。
だが、虚無を得た蛍はやがて家伝の刀を手にしていたのだった。
ひとたび視界に捉えた下手人の姿。脇目も振らず、一時も目を離さなかった。
ひたすらその行き先を追い掛けた。
「仇を討つ」などといった概念は感じなかった。
何が自分をそうさせたのか、そんなことは当時の彼女自身には理解出来なかった。
感情を失った蛍が物音も立てず姿も見せず間合いを詰めなければ、気配も感じ取られることはない。
──現に下手人はいつまでもその追跡に勘付かなかった。
幾日過ぎたことだろう。
刀を振り上げた蛍。目の前で肉塊に変わる仇。
静けさを打ち破り彼女の鼓膜に届いたのは…背後からの男の声だった。
「…使えるな。」
こちらを見下ろす人影。
「…あなたもこの人の仲間かしら。」
「浜坂の遺児か。すまなかったな。」
「…」
「だが、今のお前の力量だとただ犬死にするだけだ。それでも俺に仇してみるのか?」
「…私は死ぬ。でも、あなたも死ぬの。」
「それで満足か?それが何になる?」
野心的な瞳の男──志々雄真実は笑って言った。
「小娘…今殺すには惜しいな。
どうせならこの国ごと潰してみないか。お前をこの境遇に押しやったこの時代を。誰にも出来ることじゃないさ。
…お前は強者になれる素質を持ち合わせている。」
「…」
「俺一人の命で賄えるというなら、犬死にを選んでも悔いは残らねぇだろうが。どうする?お嬢ちゃん。」
「…今ここであなたを殺して私も死ぬ。」
「…大胆だな。嫌いじゃねえさ。ただ、出来もしない法螺は吹くもんじゃない。まあ、弱いなりにもてめえの意志を貫く道だってあるさ…勿体ねえ話だとは思うがな。」
「……」
「もう一度聞く。てめえはそれで満足か?」
『…明治11年から20年までの第二期は内治を整え、民産を興す即ち建設の時期で、私はこの時まで内務の職に尽くしたい。
明治21年から30年までの第三期は後進の賢者に譲り、発展を待つ時期だ…。合わせて議会を開き政体を民政へ移行。
そして日本は国民国家に生まれ変わり、維新は真の完成を見る。』
最後にそう締め括った大久保。
暫くして県令が暇を告げ、茶器を片付けていた蛍に大久保は告げた。
『浜坂、これからも私の切り札として宜しく頼む…』
『…ええ。勿論です。』
蛍は静かに答えを返した。
──蛍の答えは彼の死により、日の目を見ることはなかった。
今朝の出来事を思い起こしながら、目の前の川路、斎藤、剣心の面々を眺める。
人知れず瞳を少し閉じた蛍だった。