〈第二章〉東京編
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「緋村は…動いてくれるだろうか。彼が動かねばこの国は…」
「…心配ありませんよ。大久保卿。きっと彼は出向いてくれます。」
実際のところは蛍には何とも言えなかった。
流浪人の身となった緋村剣心。──緋村をなるべく戦いから遠ざけたいという私情に留まらず。志々雄と手を組む者としては、緋村が国盗りを阻止せんと行動することは危惧すべきことだった。
だが斎藤の調書から推し量るに、彼は今なお市政の人々の手助けを行っており、それは一介の流浪人が関与するべきではない範疇にまで及んでいる。人々や周囲の大切な人を守る為とは言えど。
彼は再び渦中に挑むのではないか。そんな気がしてならなかった。
そして政府が所在を把握した今、彼は逃れられないところにまで来てしまったと蛍は考えた。
「斎藤より報告が入りました。」
「!」
「神谷道場を訪れたものの緋村は不在。改めて訪問を行うそうです。」
「…そうか。」
緊迫した空気は以前変わらないまま。
「…大久保卿、私はこれで。任務に戻ります。」
「ご苦労、浜坂君。」
「赤末サン…でしたよね。私に何か用事ですか?」
「用は無え。が、てめえが気に喰わねェ。」
斎藤と対峙したその男は腹立たしげに言葉を続ける。
「今回の仕事はこの俺が受け持つはずだったんだ。だが元・新撰組だと言う触れ込みだけで、渋海の旦那は新参者のてめえに替えちまいやがった。」
「…わかりました。赤末サンが怒るのももっともな話。それならこの仕事、共同作業という事でどうでしょうかね。」
「先日、私は置き土産をしてきた際いくつか証拠を残してきました。当然、今頃抜刀斎は私の存在に気付いているはず。
だが、証拠だけでは到底私の真意は察しようがない。そこへ私からの手紙が舞い込めば、闘うか否かは別として必ず誘いには乗ってきます。」
「つまりてめえが誘い役で…」
「仕留め役は赤末サン、どうです?」
「悪かぁねえ…が、まだ気に喰わねェな。」
「何がです?」
「抜刀斎はお前ら新撰組の宿敵のはずだろ。それを安々と譲るってのが解せねェな。」
「渋海氏の手前、宿敵とは言いましたがね。本当は今更そんなのはどうでもいいんですよ。
言ったでしょう。私の望みはせっかく生き延びた余生を面白可笑しく過ごす事だって。危険をともなう大金よりも確実に入る小金を狙う。」
「“藤田五郎”はそういう男なんですよ。」
「…お前の話に乗ってやるぜ。だが一つだけ肝に銘じておけよ。この暗殺組織の一番の使い手はこの俺だって事をな!」
赤末、と呼ばれた男は斎藤を睨み付け立ち去って行く。
──一部始終を様子見していた蛍は彼と鉢合わせにならぬようその場を後にした。
(いわゆる暗殺稼業のようね。差し詰め…噛ませ犬にするつもりね。でも…目標との接触にどうして第三者を?斎藤は何の目的があって…)
しかし、それよりも。
(斎藤は…幕末に抜刀斎と相対したことがあるのかしら。少なからずそれなりの因縁があることは確かのようね…)
──事を進める上で斎藤の存在は蔑ろにはできない。それが蛍の結論だった。
「…生憎だが“井の中の蛙”の一番争いなんざ俺の眼中にはないんだよ。」
ふと溜め息をついた斎藤はニヤリと笑い、そして出入り口の方を暫し見つめていた。
───
「志々雄さん。」
東京のとある拠点へと帰還した宗次郎は、収集した情報を一通り開示し終えたところで尋ねてみた。
その男──志々雄は紫煙を薫らせながら、冷徹な視線を返した。
動じることなく宗次郎はにこにこと微笑み続ける。いつもの光景だった。
「蛍さんから報告をもらってますけど、どうします?これから。」
「──近々大久保自らが動き出す頃合が来るだろう。泳がせて機会を突き止めるように蛍には伝えろ。逃す手はない好機だ。」
「はい。」
「しかし…かつての駒を拾って俺へと差し向けようとはな。それだけ策が尽きたということか。」
煙管を傾けながら。暫し考えを巡らせる。
「……緋村抜刀斎の動向はまだ計り知れないが、どれだけ使えるか。まあ…先輩はお人好しだと噂には聞いている。もし首を突っ込んでくるようなら…」
容赦なく片付けてやる、と志々雄真実は笑い声を上げた。
「だがやはり…見込んだ通りだったな…」
「何の話です?志々雄さん。」
「ん、ああ、蛍のことだ。」
今度は少し楽しげに宗次郎へと目線を向けた。
ぱちぱち、と目を瞬かせたものの宗次郎は朗らかに尋ねる。
「そういえば、かなり昔からの関係なんですよね?蛍さんの話、何か聞かせてくださいよ。」
「また今度な。」
「えー。」
「……ところで、蛍は元気にしてるのか?」
「元気…蛍さん大人しいから元気って言うのかな?」
「フッ…相変わらずのようだな。」
志々雄は笑みを浮かべた。