〈第二章〉東京編
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「藤田五郎と申します。以後お見知り置きを。」
“壬生狼”
新撰組に属していたとその男は告げた。
三番隊組長、斎藤一。
(たしか…維新期における言わば“敗者”の立場の人間…今は政府の駒となっているようね…)
蛍は口元に作り物の愛想を浮かべて応えた。
「浜坂蛍と申します。以後宜しくお願い致します。」
* * * * *
『──藤田さん。』
『はい?』
『宜しければ、ご一緒しませんか?』
『実はこれから昼食を取るのですが、お付き合いいただいても良ければ。』
『構いませんよ。』
──浜坂という女と別れ、斎藤は先程の経緯を回想していた。
口調や物腰こそは柔らかいのだが。隙があるようで隙の無い女だと思った。
浜坂蛍。…生家、出身共に不明。
大久保の話から推察するに、維新政府要人の秘書官や護衛を務めるなど、長らく政府に重宝されてきた。大蔵省大輔、井上馨の護衛もニ年間に渡り行っている。
護衛としての機能は優秀とのこと。
延遼館で数々の重鎮の危機を単身で救う活躍を見せた件については、大久保以外の筋からも情報を得ている。
──女の身とあれども、判断力・戦闘力ともに申し分ない、との評判か。
一つ、気に掛かるのは。
…特段、問題のないことかもしれないが。
必要以上に愛想のない女だなという印象を抱いた。作り笑いこそは浮かべていたが。声の抑揚も低い故、思考を捉えにくい相手とも言える…
『…お時間いただいてありがとうございました。』
その言葉と共に添えられた穏やかな笑みが記憶に残っている。
その後、一度だけ振り返ると…浜坂の笑みはどこへともなく消えていた。
「政府の駒か…あるいは、な…」
* * * * *
「蛍さん。」
じいっとこちらを見つめていたかと思えば、宗次郎は少し笑顔を消して蛍に告げた。
「…煙草の匂いがします。」
「え?」
──たばこ?
すんすん、と蛍の髪に近寄り確かめる宗次郎。
「ほら…」
「ああ…移っちゃったのね。結構長い時間一緒にいたものだから。」
蕎麦屋で長居し過ぎたか、と蛍は先程のことを想起していたが、
「…ふうん。」
なんだか宗次郎の様子がいつもと異なる気がする。
「…え?なにか今日、機嫌悪い?」
「え?どうしてそうなるんですか?」
「あ、もしかして。あなた煙草苦手だった?」
「……」
…機嫌が悪いと指摘されたこともそうだが、それ以上に、飄々と的外れなことばかり言ってのける彼女にイライラする。
──気に食わない。
「…怒らないでよ。」
「…怒って見えるんですか?」
「…いつもみたいに笑ってなさいよ。」
少し俯いた宗次郎は、蛍の髪を一束、そっと絡め取り指先に巻き付けた。
「僕は…いつもの蛍さんの香りが好きなだけです。」
なんだか他の人に染められてしまったみたいで…僕としては居心地が良くない。
…そんなことを思いついたままに零していたら、
「…えっと…」
「どうしました?」
「……っ、変なこと言わないでよ、馬鹿。」
少しどもりながらも早口で捲し立てられた。
「…そういえば、宗次郎。」
「はい?」
「緋村抜刀斎の所在が判明したわ。」
それまでの経過については未だ調査中だが、今年になって東京に流れついたこと。政府内を騒がせていた黒笠・鵜堂刃衛の死亡、阿片密売を行っていた武田観柳の逮捕などに関与したという情報があったこと。
──今は神谷道場という地に身を寄せていること。
事細かに蛍は告げた。
「その力量を測り、志々雄暗殺の依頼を申し立てんと密偵が動き出すわ。」
「へーえ。」
「当該実行日は耳にしているから、私達にとっての脅威となるのか…目にしておこうと考えてるつもり。」
「…」
けど、と宗次郎はあどけなく尋ねた。
「…伝説の人斬りとは言っても、時代が変わってから今までずっと動きがなかったんでしょう?果たして、どれだけの人材になることやら。」
「そうね。」
逆刃の刀を振るおうが…何も変えることは出来ないのでは、と彼女も考えた。
その刀と実力で、東京に着いてからも数多の敵を退けてきた実績は確かだが。国盗りの戦場においては、果たして…
「その辺を確認するというわけですね。じゃあ、」
どちらの結果になるか賭けませんか、と宗次郎は微笑んだ。
「蛍さんが勝ったらお団子奢りますから。僕が勝ったら、今度できた甘味処に一緒に行ってください。」
「どっちにしろあなたに付き合わされるじゃないの。賭けないわよ。」
「あらら。残念だなぁ。」
「…志々雄はどう動くつもりなのかしら。」
「人斬りの先輩だから、動向によっては挨拶をしたいとかナントカ。」
「そう。」
…最後に勝つのは、誰かしら。
蛍はぼんやりと考えを巡らせていた。