〈第二章〉東京編

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「大久保さん…浮かない顔をしていらっしゃいますね。」

報告を述べたはふいに口を開いた。



「例の…緋村捜索の件でしょうか。」

浜坂君。詰まらぬ気遣いをさせてすまない。…未だに音沙汰がないものでな。」


そう呟いた大久保の様子にはやはり疲弊の色が見える気がした。

志々雄討伐隊や密偵が賊によって始末されるなどの気を張り詰める事件が多かった為か…
彼は一服するように珈琲に砂糖を落とす。



「……」


それ以上は何も言わなかった。
刹那、己の手掛けた暗殺の記憶が胸の内をよぎっただけに過ぎなかった。
何もなかった表情のまま思考を緋村の件に戻す。


──逆刃の刀を所持し、未だに闘いの中にいるとはいえども…この世界とはもう袂を分かっている。隣にいたあの娘の存在が何よりの証拠。

『薫殿』
……たしか緋村はそう呼んでいた。



名目上、大久保卿に仕えている身なれども…
そんな抜刀斎…いや、緋村を今一度暗殺に駆り立てることには多少わだかまりを感じざるを得ない。
本当は事を早く進めたいのだけれど。


──いずれにしても遅かれ早かれ、緋村の居場所は公となることだろう。斬左や黒笠の件など…数々の目撃証言がある。あの様子であれば否が応でも情報が流れていくはずだ。…それまでは。



大久保はに告げる。


「君も聞いていることだろう。密偵を務めていた者が数名行方知れずとなっている。」

「そのようですね。」

「君も危険を承知で、その上で願いたい。」

「元より…覚悟は出来ております。」





* * * * *








暫しの間、は墓石の前で手を合わせていた。

夕暮れ間近の、人気のない寺院。





再び目を開く。
真新しい石に刻まれたばかりの名前。

…体の震えを抑えることにはもう慣れた。動揺しそうになる思考を理路整然とさせることももう不得手ではない。


でも悼む気持ちを手放すことは決してなかった。これからも、この先もずっと──



(すまないわね…)


先日、自らの手によって殺めた者達の墓だった。



暫くの後、立ち去ろうとした時だった。
はその足を途中で止めた。



「あっ、さん。」

「…宗次郎。」



見慣れた顔と遭遇した。
夕日が明るく彼の姿を照らしている。

彼、宗次郎は人懐こい笑顔をに向けていた。



「……」

「すみません…さんがここに入っていく姿を見かけたんで、つい。」


ぽりぽり、とこめかみを掻く。


「諜報の具合を聴きに来たんですけど。」

「…報告することは何もないわ。生憎だけど。」

「そうですか。」




一拍子置いた後、今一度宗次郎は周りを見渡す。


「もしかしてさん、お参りとかするんですか?」

「…しちゃおかしい?」

「いえ、そんな。」



朗らかに接しながらも宗次郎は痕跡を見つけ出していく。



(なんで参拝してたんだろう…?)


真新しい線香の香りの元を辿ると、その墓石には手向けられたばかりと受け取れる生花。思い当たる節を導き出す。



──見事じゃないわ、無様よ。つけられてることに気付かなかった…


──せめて…間者の顔を見られなければ彼を殺す名分はなかった。




(そっか。この間の人の…)

あの時の彼女の表情が今と重なる。
彼女へと目線を戻すと視線が交錯する。



「…殺められた当人になど、手向けられたくもないでしょうけど…」

さん…」


静かに囁く。


「赦されなくて当然、でも一生向かい合っていくつもりよ。」




──わからない。
宗次郎は反射的に言葉を放っていた。



「……そんなに大切ですか?」

「…え?」

「もう今はこの世にいない人のこと。」



静かに微笑みを浮かべて彼は続ける。



「“あれ”はさんのせいではないですよ。」

「……」


澄んだ声。優しい眼差しが彼女を捉える。




「…なのに、そんな情に振り回されるなんて。」


「あの人は、世の中の犠牲とならざるを得なかった…私に突然命を断たれた人。…その人をどうして軽んじなければならないの?」




諭すように紡がれる言葉。
その言葉を傾聴しながらも、宗次郎は勿論、諭されることはなかったが…


こちらを睨み返す眼差しには一点の曇りも澱みもなく
───それが、自分が初めてと出逢った時に感じ取ったと捉えていた彼女の人間像と異なるものだったから───

彼は少し失望した。



「そっかあ…ちょっと意外でしたけど。」




──そうか。この人は…この世の中が弱肉強食という摂理にあることを知っているくせに。
強者の立場にあるくせに。


“違う”んだ。



──少し、苛立つ。




「…優しいんですね。」

「……厭味?」

「はは…そう取れちゃいます?」



僅かに眉間に皺を寄せたに笑いかける。
そして無邪気な瞳を向ける。



「どうして葛藤するんです?」


「…“どうして”?」


「なんだろう…焦れったいんですよね。さんは強いんだから、弱い人達やましてや弱くて死んだ人達のことなんて気にしなくていいのに…」




(この子…)


は彼の言葉尻を捉える。



「強い…?でも、それは絶対的な存在ではないでしょう…?」


「絶対ですよ。」





心なしか強く言い切った言葉。
夕焼けが宗次郎の顔を紅く染めていく。しかし視線は冷ややかだった。

そうかと思うと、途端にくすくすと子供のように笑い出す。



「それに勝るものなんてありますか?さん。」

「……」


「この世の摂理ですよ。



現にあなたは殺した。その上で生きながらえてるじゃないですか。」





その様子に、は彼に対し得体の知れない何かを感じ取った。



「…でしょう?さん。」

「宗次郎、私は…」

「…その心の隙がどれだけ足枷になっていることか。ご自分でも、頭では分かっているんでしょ?」


「!」



反応するや否や、は仰け反り、宗次郎の太刀筋を回避する。
途端に──頭上を刀の切っ先が水平に通り過ぎていった。



「あ、避けられた。」


にこにこと微笑みかけられる。



「……!」

「すごいですね。」



反射的に刀を構えながらも、は冷たいものが背を伝う感覚を感じていた。

(…今の刀捌き、完全に目視できなかった…)



「……隙があるのに、それでもやっぱりあなたは強いや。」


ふふ、と笑みを溢し宗次郎は刀を納めた。



「……」

「さっきのは、心身共にさんの隙をちゃんと狙ったのに。それに…全力で行ったから“見えなかった”でしょう?」



少し掠り、切り取られた髪の一つまみが宗次郎の頬に掛かって落ちた。



「…ええ。」

「だから…不意討ちで仕留められなかったなら、何度向かっても答は同じ。さんは強いです。」

「…」

「だからこそ勿体ない。…さんの純粋な強さを見てみたい。」




そう言って虚空を見つめるように、へと目線を向ける宗次郎の姿。

はしかと捉えながら、やがて首を横に振った。




「…宗次郎。残念ながら、あなたの言うこの“欠陥”は私には直せない。…一生背負っていく、抱えていくと受け入れたから。」


「…」


「だから正真正銘、これが私の本気の強さよ。それが見苦しいというのなら…いつでも殺しにきなさい。」



宗次郎は目を見開く。


揺れることない表情のままこちらを見据えるを見て暫し逡巡していたが、やがて墓石へと目線を移し、その手を合わせた。




ふう、と息をつく。

そしてその幼気な瞳がの方へと振り向く。




「…僕は信じてますよ?」




この摂理が正しいということと、志々雄さんの言葉と。

そして、さんが僕と同じになるということを。


──宗次郎はそう呟き、微笑んだ。








* * * * *




夜の寺院。

石灯籠が男の姿を映し出す。



「…やっと動きがあったか。」


男は一人微かに呟くと再び夜の闇に消えていった。



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