〈第二章〉東京編
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去り行く後ろ姿、たゆたう漆黒の髪を見つめ、剣心は思わず心の中で彼女に問う。
──君は幸せになれたのかと。
* * * * *
濃い十字傷が印象的だった。
幼い蛍は、無表情で緋村の顔を見つめていた。
彼も暫くは無言だった。
「──何を考えている?」
向けられる冷静な視線。蛍はまっすぐ見つめたまま、呟く。
「気に障ったのなら謝ります。」
「子供だからか…それだけではない気がする。何故か、君の考えが読めなくてな。」
「そういう性質なんです。」
表情や声色では気持ちを推し量ることが出来ないことに緋村は気付いた。
彼の視線をそのままに、蛍は言葉を紡ぐ。
「噂に聞いていました。人斬り抜刀斎、斬り合いにおいて右に出る者はいないと。」
「…」
「私にもそれ程の力があれば、と考えていました。」
それきり、彼女は言葉を閉ざした。
緋村は静かに溜め息を吐いた。
「蛍、といったか。」
「はい。」
「そうだな、強い力があれば色々なものを切り開くことは出来る。
…だが、沢山の者を不幸にする影響も持っている。思いもよらないところにも及んで。」
静かに、己の頬の傷に手を翳す。
「一概には勧められんよ、俺のような生き方は。」
「…」
「それでも、何か思うことがあるんだな。」
「…私には何も残されていない。」
変わらない声音に緋村は無言になる。
「だから思うの。私のようになる人がいなくなればって。だから、それだけ何かを変えられる力があればって。」
「…済まない。君を守ることが…守れる時代を創ることが出来なくて。」
やがて部屋の中からこちらへ訪れる気配に蛍は反応し、応対に向かう。
間もなく彼女は従者としてその者に連れ添い、その場を後にした。
離れていきながら、一度だけ、彼女は振り返っていた。
そして垣間見た。人斬り抜刀斎。彼が哀しそうな瞳をしていたことを。
* * * * *
足早に駆けていた蛍は、人気を偲ぶように川縁の草原へと降りていった。
──うずくまりたい衝動を抑え、溜め息を軽く吐く。
ゆらゆらと揺れる水面をぼんやりと見つめるも、僅かに眉間には皺が刻まれていた。
(はあ…一体、どうしたものかしら。)
胸の奥に生じた、混沌とした念のようなものがせり上がってくる感覚に嫌悪感を覚える。
落ち着かせようと焦燥感を抱きそうになるものの、冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせた。
──なんでこんなことしなきゃならないの…?
幼少期に何度か抱えた言葉が蛍を揺さ振る。
──刀なんて振るいたくない。
…だけどこの世を生きるには。自分が流した涙と失った心の先に、新しい世を築くことが出来るのならば。
蛍は維新の世を生き抜いてきた。頭の中にあるのはその信念だけだった。
(…後悔はしていない。全てを見通した上で先へ進んだから。重ねてきた罪も、全て背負うと誓った上で生きてきたんだから。)
蛍は瞳を閉じた。それ以上、過去にこだわる意味などなかったから。
──無理矢理断ち切ろうとしてる自分が少し滑稽にも思えた。
(人斬り抜刀斎…いえ…緋村剣心…)
他人を守るために剣を振るう、か。その考えは決して可笑しくはない。だけど…
──剣は…どんな理由をつけても、最終的には人を傷付け、殺める凶器の他ならない。
即ち、剣は人を殺めるためにある。その覚悟がなければ、剣を持ってはならない。
(なのに何であなたは…剣を持ってるの。他人を守るとはいえ、凶器を持ってはならないのよ。逆刃の、斬れもしない似非の剣に何の意味が、価値があるの。)
「一体何を成し遂げることができるというの?……緋村さん。」
蛍の声は風に乗って、消されていった。