〈第二章〉東京編
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彼、瀬田宗次郎は大きな目を瞬かせた。
「えっ、蛍さん。」
彼の目前にはその逸物を前に並べ、彼とは対照的に表情を動かさない──彼女、蛍がいた。
だが、その彼女は手元のそれと彼の顔を交互に見比べて、心なしか何ともばつの悪いといった風に僅かに顔をしかめた。
「…何よ。悪い?」
蛍の前に置かれているのは、白い陶器に盛られた抹茶餡蜜。だが、彼女は頑なに手を付けようとはしなかった。
此処は甘味処。宗次郎と待ち合わせすることになり、ちょうど良い場所があるからと渡されたその住所を辿って来てみれば、この甘味処であった。
まさかと思う彼女であったが、店内を見渡すと、のんびりと店員に注文する彼の姿が見受けられたのである。
──蛍は目の前に座り、しげしげと見つめてくる彼の方に器を押し出した。
「蛍さん粒あん食べれないんですか?もったいない。」
「…私は漉しあんが好きなのよ。」
「人生半分くらい損してますよ。」
「あんた人生半分が餡子なの?」
仕方ないなぁ、と呟きながら宗次郎は器と銀のスプーンを手に取った。彼の手元には同じ餡蜜がもう一つ、それと御団子の器もあるのだが、特段問題はないらしい。
美味しいのになぁ、などと呟きながら餡蜜を掬い、ぱくっと一口入れた。そうしているかと思えば、
「じゃあ蛍さん、この御団子どうぞ。」
そう言って、端正の取れた顔がじっとにこやかに蛍を見つめる。
ただ単に眺めているだけだろうか。それとも秘密を握ったとでも思っているのだろうか、それとも可哀相だとでも言い出すつもりなのであろうか。
「無邪気だから余計質が悪いわね…」
「?」
「…で?報告をしてもいいかしら?」
「ええ、どうぞ♪」
「…」
甘味談義をしていても仕方ないと蛍から切り出したが、彼は特にペースを変えず次々と甘味を口元に運ぶ。
「…二週間後、新たに討伐隊がそちらに差し向けられるわ。規模は前回より僅かに拡大傾向にある。」
「ふうん。」
「ただ、投じられるのは警察機構のみで軍を動かす予定はない。」
「じゃあこちらもそれなりの兵を揃えておけば問題はなさそうですね。」
「ええ。」
二人は顔色を変えずに言葉を交わす。
そんな中、蛍は一束の書類を取り出した。
「…それと、」
「これは?」
「別の手立ても画策しているみたい。政府お抱えの刺客、依頼予定の暗殺組織の調書よ。焼くなり煮るなりお好きにどうぞ。」
「へーえ…」
感嘆の声が漏れ、差し出された資料に目を通すが、彼は果たして興味を持ってはいるのだろうか。
「腕は立つんですか?」
「そこそこじゃないかしら。特記事項を上げるならば…一名、現在所在調査中の人物がいるのよ。」
「?行方不明ということですか?」
「そうね。判明次第、彼にも依頼がなされる予定だわ。」
「どんな人物なんです?」
「元長州派維新志士の緋村剣心。通称、人斬り抜刀斎。」
「…もしかして志々雄さんの前任者ですか?」
宗次郎ははっとしたように呟いた。
「ええ。」
「そうですか。…これは面白くなりそうだなあ。僕はよくは知りませんが、名うての剣客ということですよね。」
「まあこちらは志々雄とあなたがいる限り問題はないと思う。情報が入り次第、報告するわ。」
「よろしくお願いしますね。」
宗次郎はにこりと会釈した。
そして、微笑みを浮かべながら彼は、あ、と声を漏らした。
「そういえば蛍さん。」
「?」
「御団子全部食べちゃいました。」
「え!?あんたいつの間に食べたの?」
見れば蛍の前に置かれてた団子の皿は彼の言うように空になっており、蛍は思わず呆れた。
「美味しかったんで止まりませんでした、すみません。」
「私まだ食べてないんだけど。」
「じゃあ…お詫びにこれを差し上げます。」
まだ手を付けていない側の餡蜜の皿から、彼はそれをひとつまみ捉えた。
「…その、さくらんぼをくれるわけ?」
「たっぷり蜜漬けで美味しいんです♪」
蜜でてらてらと光る実。すごく好きなんですよと呟く宗次郎。
「別に欲しくないし…」
「そうですか…」
その割にはさくらんぼに視線が向いている。それに気付いた宗次郎はひとつまみしたままゆらゆらと動かす。
「…馬鹿にしないでくれる?」
「素直にならないとこれも食べますよ?」
「……譲らせてあげるから、足りない分は他で何か都合しなさいよ。」
「あはは、そうですか♪」
宗次郎は無邪気に笑い、蛍はその果実を摘まんだ。甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
「…」
「美味しいでしょう?」
「…ええ。美味しい。」
彼女の表情が少し緩むのを目の当たりにした宗次郎は満足気に微笑んだ。