〈第一章〉出逢い編
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街灯が等間隔に続く並木道に差し掛かる。
酉の刻だが陽は完全に沈み、静閑な夜に辺りは満ちている。蛍は思わず両手の掌に息を吐き、暖を取ろうとしていた。
そんな中、蛍ははたと動きを止める。
街灯の淡い光が彼の影を仄かに映し出していた。
街灯の脇に備えられた銅製の共同椅子。其処に座る彼の姿があった。
「…宗次郎。」
「潜入、ご苦労様でした。」
宗次郎はにこりと蛍を見つめ、微笑んだ。
さすがの彼もこの時分の寒さには負けるのか、大きな襟巻きを身に付けている。こちらを向いた鼻の頭と頬が少し赤みを帯びていた。
「おかえりなさい、蛍さん。」
「……」
優しげな表情を浮かべる宗次郎に思わず言葉を詰まらせた。
──彼は何故、この時分に此処へ?
夜の中、彼の姿のある箇所だけがひとしお彩りのあるものに感じた。
「…待ち伏せしてたの?」
「やだなぁ、そんな嫌そうに言わないでくださいよ。」
「…」
「迎えに来ました。」
「この寒い中…物好きよね。」
微笑んだ彼を一蹴しながらも、蛍は少し安堵の気持ちを覚えた。
彼女は他者との繋がりを持たなかった。
危険な任務に就いている時は尚更、特段責務を持っていない時も変わらなかった。意識することもなかったであろう。
──今回の仕事で自分は基部…政府の暗部に数段近付くことになる。今後はより慎重に行動せざるを得ないであろう。
そんな中、この人物は変わらない微笑みを自分に向け続けている。味方である為当然ではあるが。
だが、蛍は奇妙な、馴染みのようなものを感じ始めていた。
「陽動は成功したみたいですね。」
「ええ、恩に着るわ。」
「……蛍さん。」
あどけない声が響き渡る。
安堵したのか、張り詰めていたものが弛緩していく感覚を彼女は感じ取った。
「ねぇ。宗次郎、悪いけど、」
「はい?」
「今日は余裕ないみたい。あなたの相手はこなせないわ。」
普段より少しか細い声に宗次郎は顔を上げた。
彼女の表情が灯りに照らされている。
そう告げて彼を見つめる蛍は柔らかく自嘲の笑みを浮かべていた。
「何か話があるなら明日…」
ふわり…と、暖かいものが蛍を包む。
目を丸くする蛍の前には、穏やかに微笑みかける宗次郎。
抱き締められたのだと気付いた。
「……何を……?」
「いけませんか?」
諭すかのような、伏し目がちの眼差しが降り注ぐ。
「こうやって、労いの言葉を伝えにだけ来るのは。」
「……」
「お疲れ様、蛍さん。」
微笑みを向ける彼。
身に付けていた襟巻きを彼は蛍に纏わせた。
目を見開いたまま、襟巻きに口許を埋める彼女だったが、ひと時ではあるが淡い笑みを浮かべていた。
「帰り道、途中までご一緒します。」
「…まあいいけど。」
誰かの温もりが心地良いとは知らなかった。
連れ立って歩き出す二人を灯りが優しく灯していた。
(でもあの時「フリ」の域を越えてましたよね?割と本気で撃ってきませんでした?)
(…言ったでしょ?気を付けてって。)
(そういうものなんですか?)