〈第一章〉出逢い編
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──とある橋に差し掛かったところで、宗次郎は早足を止めて立ち止まった。
日が傾き掛けていた為か。凍てつくような雪が未だ降り続いている、この寒さの為か。
いずれにしても、人通りがなくなっていることは確かであった。それとなく確認はしていたが、今一度周辺を見渡し、よしと判断した彼は一呼吸をついた。
「それにしても…雪って綺麗だなぁ。冷たいけど。」
平穏な表情を浮かべてそのような言葉の他、やれやれ、などと呟いている。
そんな彼が今しがた修羅場から帰還した下手人であるとは、誰も思わないだろう。
宗次郎は士官の姿に身を包んだままだった。だがその黒羅紗の衣装は血に染まっていた。素人目にはわからない為に訝しむ者はいなかったが。
橋の欄干に積もった雪。手を乗せると冷たい感覚が広がった。袖口から滲み出た生温い液体が彼の手首を伝い、真白かった手袋を浸していく。
やがてそれは雪を緋色に染め出したのだが、彼の瞳はそれを異様なことだとは認識していなかった。
「…あれ?」
何ともなしに河を覗き込むと、自らの頬に掛かった赤い飛沫が頬を伝っていた。
丸い瞳で見つめたまま…半分近く色が染まった手袋、それを嵌めたまま余白の残る指でそっと頬を撫でる。
やがてすっかり緋色に染まってしまったその布は彼の手から取り除かれた。
──少なくともこれらは彼の流した血ではなかった。
彼の手からするりと放たれたそれは、水面に小さな水飛沫を上げて沈んでいき、間もなく見えなくなった。
「あ。これも捨てなきゃ。」
懐から取り出した竹筒。それには彼の用意した血糊がまだ僅かながら残っていた。
彼はそれをも、自らの姿が映る水面に落とす。暫くして水の底が赤黒く滲み上がるのを彼は見つめていた。
「……でも、びっくりしたなぁ。」
宗次郎は思わず囁き声を漏らす。暖かい息に揺られ、白い雪が彼の顔周りを舞う。
おもむろに来た道を振り返ると、遥か先、微かに延遼館が見えた。
それも間もなく雪々が隠していった。
標的、大久保を捉えて抜刀した宗次郎。
その彼に向かって発砲した蛍。
──傍から見れば彼女は賊の粛清という役目を果たしたに違いなかった。
だが、肌を掠めた弾丸に、宗次郎は彼女の中にある狂気を感じずにはいられなかった。そして何より──彼を見据えた眼。
粉雪が彼の鼻先を擽る。
「…本当に殺されるかと思いましたよ。」
口をつく言葉は少し高揚しているかの様。唇の端を吊り上げ、彼は微笑んだ。