宵火ともる下、めぐり逢い
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
流れ着いていく灯籠。
「ここで一度…志々雄さんにお別れしましょう…?」
「……!」
透き通るような彼女の頬。明かりに包まれ、ほのかに色付く。こぼれ落ちそうなほどのたくさんの涙で満ちていく瞳。
暫くの後…その頰を一筋の雫が伝い落ちた。
「…さやか。」
「………ね、……」
ぽろぽろ、と流れ落ちる涙を指で払いながら。
「…ごめんね、宗次郎。」
さやかは自分を落ち着かせるように胸に手を当てた。深呼吸の音。胸をなで下ろすと胸中をそっと語る。
「…ずっとお慕いしていたの。」
「……」
「もちろん、身の程知らずな気持ちであることは知ってた。…お傍にいれるだけで充分で…ほんの少しでもお役に立てればよかったの…」
……寂しそうに志々雄さんを見つめていたさやかの姿を思い出す。
幸せそうには見えなかったけど…でもそれで彼女が報われるならと、僕はただ黙って眺めることしか出来なかった。
「でも、きっと宗次郎にはいっぱい…気を遣わせちゃったね…なのに私…」
「仕方のないことですよ。だって…」
惚れた弱みかなと痛感し、ついくすりと笑みを漏らしてしまう。
「…他に何もしてやれなかったんですから。」
「…えっと…でも…」
「本当は…もっと力になれたらよかったんだけどなぁ。
さやかの笑顔が見たかった。…でもさやかを笑顔にさせる力は僕にはなかったから。」
…なぜだろう、言葉とは裏腹にとても清々しい気持ちで僕は微笑んだ。
直接さやかの口から志々雄さんへの想いを聴けたから?それとも自分の想いを包み隠さず伝えることが出来たから…?
「…死にたいだなんて…ごめんね。」
「いいえ。でも…この先、大丈夫ですか?本当に…」
「……正直、不安はあるの。…あの方だけではなく…今まで生きてきた目標も、夢も潰えてしまった…。そして宗次郎を送り出したら…一人きりになってしまう。……でも。」
ぐす、と声を漏らすも、彼女はにっこりと微笑んだ。
「宗次郎にたくさんの優しさと元気を貰ったから。
離れ離れになっても、宗次郎のくれた思い遣りはずっと私の中にあり続けるから。ずっと支えにしていくから。
それでもう…生きていけるよ。私。」
ただそれだけの笑顔と言葉が、どれだけ僕の心を暖かくさせたことか。
……どっちが元気付けられたのか、わからないものだけど。僕は…さやかの為になれたのかな…
「…“あの時”。」
「……?」
「…さやかは志々雄さんに命を救われたでしょう?」
「!」
「…だったら、志々雄さんがたとえいなくなっても…簡単に死んではいけないと思う。
忠義とか忠誠って言葉の重さは…僕はよくわからないけど、ただ…あの人のように命を燃やし続けていくことも、出来るんじゃないですか?さやかなら。」
「…宗次郎は…全部お見通しだね…」
──たださやかを導きたいだけですよ。希望というものがあるのなら、その方へ。
「…それが正しいことなのか。答えは知りませんよ。でも…すぐに答えが見つからないからって諦めてしまうのなら。」
「……そうだね。」
「志々雄さんの代わりに僕が怒りますよ。」
「……」
笑いかけると…刹那、さやかは少し眉間に皺を寄せて悲しそうな目をしていた。
「…?」
「宗次郎は…志々雄様の代わりじゃないよ…」
「え?」
「…いつも私のずっと前を歩いてて。」
──いつも志々雄様の後ろに必ずいて、私もそこに追いつきたくて必死だった。
実力は足りなくて…何度も躓いていたけど。その度に後ろを振り向いてくれた。
「手を差し伸べたり…背中を押してくれた…」
「……」
「宗次郎は私の大切な人だよ…ありがとう。」
そっと、差し出された手。
突如のことに…どうしたらいいものかと彼女の顔を見つめたまま立ち尽くす。
静かに微笑みを浮かべ、こちらを見守るさやか。目尻に涙を浮かべながらも微笑み、照れくさそうに頰を染める。
…ゆっくりと、その手に自分の手を重ねると、しっかりと握り締められた。
「…暖かいですね、さやかの手。」
「…そっかな…?」
ほんのりと伝わる温度に安らぎを感じ取った。
──水面に向かい、そっと両の手のひらを合わせた。
さやかは暗い闇を見つめる。そして、瞳を閉じる。
更に深い闇のなか──
『お嬢ちゃん。』
『……』
……それが“化け物狩り”の最中だったと志々雄様の口から聞かされたのは、何年か後だった。
身寄りがなく、行き倒れていた私は金品を求め、偶然通りかかったあの人と宗次郎に斬り掛かったのだった。
あっさり躱されて…今思えば加減されたのだろう、宗次郎に峰打ちを食らわされてその場に組み伏せられた。
『腕も立たないし、噛み付いていい人間を見分ける目も持ち合わせていない。』
『…っ…』
『だが、姿に似合わず威勢だけはいいようだな。…それが気に入った。』
『もし…宛てがないなら俺についてこい。』
──心の中の記憶。その光景を思い浮かべ、暫し感傷の気持ちを抱きながら彼女は目を開けた。
「……志々雄様。今まで…ずっとお慕いしてました。その気持ちは今も、これからもずっと…変わりません。」
流れる灯籠の明かりで明るみ揺らめく暗い水面。
闇夜を燃やすような生き様だった想い人の姿を想起させる。
その面影を追うように、輝く明かりを見つめる。
「でも…私…これからの日々の中で…あなたのいなくなった時代の中でも…一生懸命生きようと思います。」
遠ざかっていく複数の灯火。
あの日々も、あなたもまた…
感謝しています…私の“篝火”だった方…
「……さよなら…志々雄様……」
静寂の中、さやかを待ち続けていた宗次郎は瞳を開いた。
振り返ると…淡い着物姿の彼女が立っていて。後ろには闇夜に灯る幾つもの光が穏やかに流れていて…さやかの姿をはっきりと映し出している。
「…おかえり。」
「うん…ただいま…」
光る涙の跡。でも、ちょっと微笑んでこちらを見つめる瞳。…次の瞬間、いつもの人懐っこい笑顔で、さやかはそっとはにかんでいた。
「…宗次郎、ありがとう。」
「……」
駆けめぐる走馬灯。切れた糸。そんな情景を想像しながら、僕は思わず…
「さやか…」
その肩を引き寄せた。
…胸の中で、涙に濡れた顔が驚きと戸惑いの色を浮かべて僕を見上げる。でも僕は黙ったまま、微笑んだ。そのまま、彼女を包み込むように抱きしめた。
「────」
宗次郎、と掠れた声で名前を呼ばれた気がした。言葉の真意はわからない。でも、
「…不安だったんだ。ずっと…さやかがどこかに消えてしまいそうで…」
僕は暫しさやかを離すことが出来なかった。やがてさやかの嗚咽が胸の中で響き、彼女の腕が僕の身体にしがみついた。
彼女の命は、たしかに僕の腕の中で暖かく燃えていた。その感覚にようやくほっとする。
この温もりと共にあれたら…そんなことを思わないわけではない。
でも、これでいい。そう自分に言い聞かせた。
to be continued…