宵火ともる下、めぐり逢い
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躊躇する彼女。
僅かにその頰を紅く染めてこちらを黙って見つめる。
彼女を救うことは出来ない。
縋りたいと手を差し出されてすらもいない。
でも、僕はそれでも。
「一緒に…行こう?」
傷を癒やせないなら、同じ傷を僕も背負うよ。
遠く聞こえていた川のせせらぎの音がいつしか消えていた。
届くのは、胸の鼓動と、彼女の息遣いだけ。
宵火ともる下、めぐり逢い
──あれから約三週間。
蝉時雨の降る初夏。
僕は再びあるところを訪れていた。
…ずっと忘れ得ぬ女性を訪ねて。
「宗次郎。」
「…こんにちは、さやか。お元気そうですね。」
「うん…」
さやかは薄らと口許を綻ばせた。
彼女の微笑みはまだ憂いを含んだまま。
血色感のなくなってしまった頰は少し冷たそうで。
それでも…少し痩せたけれど、相変わらず綺麗だなと感じた。淡い色の着物を着て髪を結った彼女はとても涼しげで、ふと魅入ってしまいそうになる。
「…宗次郎、かき氷でも食べる?」
「あ、いいですねそれ。」
「ふふ、よかった。」
──心身共に回復の兆候が見られ、先日ようやく外出できるようにまでになった彼女。
この間は近くを一緒に散歩出来た。
今日も二人で寄り添い歩いた。
木々で作られた木陰の中、休めるところを見つけて並んで座る。
彼女に氷の器を手渡しながら、そっと窺う。
「体の方は…大丈夫ですか?」
「ええ…」
おかげさまで、とさやかは少し笑った。
──ほんの少し、気持ちに余裕が出来てきたのかな。
一旦、そこで言葉を途切れさせて虚空を見つめていた彼女だったが、もう一度視線をこちらに戻す。
優しい眼差しに思わず緊張してしまう。
彼女は瞳を逸らさず静かに言葉を紡いだ。
「宗次郎…ありがとうね。
私のこと…助けてくれて。」
蝉時雨が遠のいた。
それだけの短い言葉なのに、胸の奥が締め付けられる。
──本当の意味では、僕はさやかを救えていないのに。
「…そのことなら前にもお礼貰ったじゃないですか。」
精一杯の、虚勢。
でも彼女はその瞳のまま、一生懸命に言葉を続ける。
「あの時は…心が伴っていなかったように思う…本当に…ごめんなさい…」
「……」
「だから心から、その…ありがとうって言いたくて。」
「…そうですか。」
「…うん。…ありがとう。」
柔らかくて儚げで──けれど芯の強い。
今の彼女にできる精一杯の笑顔。
思わず笑みがこぼれた。
…そして微笑みつつも、何かを堪えるように、ひととき眉を寄せたさやかに気づき、僕は笑いかけた。
「…無理はしないでくださいね?…僕はずっとさやかの味方だから……さやかのことはぜんぶ受け止めるつもりでいますから。」
「……」
「何があっても。」
「……優しいこと言わないで、泣きたくなっちゃう。」
涙の滲む瞳で見つめられると、どうもこちらも困ってしまう。頰が熱を帯びていくのを誤魔化すように、彼女の頭をよしよし、と撫でた。
少し驚いた様子の彼女だったが、暫くの沈黙の後……安心したようにすすり泣き始めた。
…最愛の人を失う悲しみは、僕にはわからない。
そのことが歯痒かった。事実、僕の心に重くのし掛かっていた。
けれど。
「……」
さやかの肩を引き寄せ、震える背中を優しく包み込む。
その背を彼女の気の落ち着くまでさすりながら……僕はあることを考えていた。
「宗次郎、今日はありがとう。」
夕焼けが滲み始めた空の下。
彼女の声が明るく響く。
「いいえ。」
「…今度は、もう少し遠くまで足を伸ばせるかな…」
隣に並んでいた彼女は一歩、二歩と僕の元を離れ、相対したかと思うと少し寂しそうに会釈した。
…もうお別れか。
そう思った途端。
「…宗。」
「…はい。」
「次も待ってる…ね。」
「…ええ。」
ただそれだけの言葉。それが嬉しかった。
西日に照らされた彼女はとても眩く見えた。
一瞬一瞬がとても大切で、かけがえのない時間を作っていく。そんなことを改めて感じさせられた。
でも…
「次で…最後かなぁ…」
僕の低い声が響いていく。
刹那、さやかははっとした顔をし…やがて今にも張り裂けそうな微笑みを浮かべた。
「そっか…宗次郎もそろそろ、旅立たなければいけないもの…ね。」
「……」
「いずれとは思っていたけれど…」
「やだなあ…旅立ってもさやかには必ず会いに行きますよ。今生の別れみたいに言わないでください。」
「…そっか…ありがとう…」
言葉の一つ一つを噛み締めるよう受け止めながら目を伏せた彼女。
そんな様子を見ながら…少し躊躇う気持ちも覚えたけれど。
迷いを振り切るように、まっすぐ、さやかに告げた。
「さやか。今度…付き合ってほしいところがあるんです。」
「…?」
顔を上げた彼女の目を見据えて言葉を続ける。
「どうしてもさやかを連れていきたい。」
「……」
「だから…」
目を丸くするさやかを見てると、緊張に飲まれてしまいそうになる。
「…そのつもりで。」
「うん…ついていくね。」
ほのかに弾む声。
夕焼けで赤く染まったさやか。
美しい情景だった。
そして…彼女のその穏やかな表情に救われる思いだった。
to be continued……