宵火ともる下、めぐり逢い
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「宗次郎…やっぱり私達にとって志々雄様は特別な人なのね。…ずっとかけがえのない…忘れられない人。…失いたくなかった人。」
そう言った彼女の横顔。
僕は…
宵火ともる下、めぐり逢い
『向こうがこっちより強かった。それだけのことですよ。』
『強ければ生き、弱ければ死ぬ。』
『僕は強いから。あとは僕が十本刀十人分、闘えば済むことでしょ?』
志々雄さんに微笑みかけ、出口へと向かう。
そして…その扉を守り固めていたさやかに目を合わせた。
『さやか。志々雄さんをよろしくお願いします。』
『はい。…宗次郎、気を付けてね。』
『大げさだなぁ。』
『だって、万一のことがあったら…困るから。』
少し照れたように眉を下げたさやか。
──思わず、さやかの頭を撫でた。
『あ…』
『心配には及びませんよ…行ってきます。』
『…行ってらっしゃい。』
にこりと彼女は微笑みかけ、優しい眼差しを向けてくれた。
──この一時を最後に、彼女の笑顔が失われてしまうとは、僕は予想だにしていなかった。
『それじゃあ、ちょっと行ってきます。』
彼女のことを守りたかったのに。
* * * * *
死闘の果てに、志々雄さんは死んだ。
アジトの闘技場で由美さんの命と共に。
──闘技場にはさやかもいた。
地鳴りのような揺れや轟音に、異変を察知した僕が大灼熱の間に行くと。
彼女は一人残され、燃え盛る炎に囲まれて座り込んでいた。
「さやか!」
必死に彼女の名前を呼ぶも、彼女は振り向かない。炎の轟音が邪魔をしていても、この距離ならば十分届いているはずなのに。
──彼女の心に、僕の声は届かない。
彼女の心の中に、僕はいない。
そんなことは今更、百も承知だ。だから僕は。
「さやか!」
次々と崩壊し瓦礫と化する建物。唯一の渡り通路を炎が包み混み、あっという間に燃やしていく。
──熱くはなかった。
「さやか!!」
辿りついて彼女の腕を掴むも、彼女は動こうとしない。
「立ってください!」
「嫌…!」
強い力で再びしゃがみ込む。
「何言ってるんですか、こんな時に…!」
再び彼女の腕を引いて顔を上げさせると、大粒の涙を流しながらさやかは泣いていた。
「宗…もういいの…!」
「なんで、」
「私も志々雄様と一緒に逝かせて…!!」
「……!」
こんなに強い意志を見せた彼女の姿は、初めてだった。
「さやか…」
「もう生きる意味もないもの…志々雄様が私のすべてだった…!だから、お願い……!」
死を嘆願する彼女の言葉に、僕の心臓は高鳴っていく。
──でも、それでも僕は…さやかに生きていてほしい。
辛くとも、生きていればどこかにさやかの幸せはきっとあるはずで。
何より、こんなに悲しさに塗れたまま逝くなんて。
見捨てるわけにはいかない。だってさやかは僕の…
かけがえのない人だから。
「あ…っ!宗次郎…!?」
「さやか、すみません。その願いは…聞けません。」
彼女の身体を無理やり抱き上げると、炎と煙の中を駆け出した。
「嫌…!嫌っ…!!」
彼女の悲痛な声が心に刺さる。
「いやあ……っ!」
「……」
「志々雄様──……!!」
(さやか…ごめん…でも……)
僕達の姿は炎の向こう側へと駆け抜けていった。志々雄さんや由美さんの生きた証や形跡、ずっと積み上げてきたもの。何もかもを炎の中に遺して……
そうして僕達は二人、生き残った。
「それじゃ僕はお先に失礼します。」
「…どこへ行く?」
「さあ……けど、真実の事を自分自身で確かめるため……行きます。」
「…さやか殿のことは頼んだ…」
「…はい。」
安慈さん、方治さんと別れ、僕はある地点へ引き返す。
少し離れた森の中。気を失ったままのさやかが横たわっている。
さやかの存在を守れたことにようやくほっとするも……
顔に付着している煤を取り払おうとすると、また新たな涙を流して頰を濡らしていく。
(…さやか、泣かないで…)
せめて、夢の中でだけでも安らかに…
優しく彼女の髪を撫でるも、彼女の涙は止まなかった。
僕はただ傍にいて見守ってやることしかできなかった。
彼女は二日間気を失ったままだった。
二度の夜が明けて、その早朝。
日が昇る前に目を覚ましたのだが、彼女の姿はどこにもなかった。
──ひょっとして…
最悪の事態が胸をよぎる。
立ち上がろうとすると、見覚えのある羽織が掛けられていることに気付いた。
(さやか…)
羽織を掴むと、その場を飛び出した。
数刻後──
辿り着いた山奥の河原。そこに彼女はいた。
昇ったばかりの日の光が刺す様に辺りを照らし出している。
きらきらと輝いている水面。
川縁に跪き、冷たい水の中に手を通している。
そんな彼女の背中に向かって言葉を掛けた。
「…さやか、ここにいたんですね。」
「うん…」
そのまま、押し黙ってしまう。
「……」
次は、何と声を掛けたらいいのだろう。
戸惑っていると、
「宗次郎、ありがとうね。助けてくれて。」
いつもと同じ声に同じ口調。
はっとするも……こちらを振り向いた彼女の笑顔は、儚げで悲しげだった。
「…いいえ。」
「……」
禊ぎのように彼女は手を水中に潜らせたまま。
「…さやか。僕はさやかに死んでほしくない。」
「……」
「…僕は生きます、自分の答えを探すために。だから。」
……行くところがないなら、身の振り方が決まるまで僕と一緒に行こう。僕が必ず守るから。志々雄さんみたいにはなれないけど、もう刀はないけど、自分の身を捨ててでもさやかのことは必ず守るから。
──その想いは口に出来なかった。
「宗次郎。」
彼女は冷たい川に浸けていた手を離し、滴る水滴を見つめた。
「…こうやって冷たい水を触っていても何も感じないの。ああ、生きてるんだなって思うだけ。」
「…」
「……夢であってほしいと思ったけど、違った。」
「宗次郎が繋いでくれた命……生きていかなきゃと思う。でも、」
──さやかは静かに微笑みを浮かべた。
「…私はこの先、どうしようかな。」
「…さやか。」
「せっかく助けてくれたのに、ごめんね…」
張り詰めた笑顔だった。
やがて水面を見つめる僕の耳に、彼女のすすり泣きが聞こえた。
澄んだ空気の中、それは澄み渡って届いて。
──死なせてあげた方がよかったんだろうか。
少しばかりの安堵の気持ちは驕りだと気付いてしまった。
その心の隙を瞬く間に迷いが覆い隠していった。
to be continued…