四季彩り折々
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「宗次郎!」
「はい。」
差し出されたのど飴。にこにこと普段の笑みを浮かべた宗次郎を名無しは呆然と見つめた。
「……」
「いらないんですか?」
「…いる。」
ようやくして、しぶしぶ受け取りながら名無しはぶーぶーと不満を漏らした。
「のど飴って…おじいちゃんか…」
「僕がおじいさんなら名無しさんはおばあさんですけどね、落ち着きのなくて騒々しい。」
「最後のくだりいらなくない?」
予期しなかった展開にあーあ、と呟きながらのど飴を口に放り込んだ。途端に目を見張る。
「…おいしい。」
「じゃあ儲けものじゃないですか。よかったですね。」
「でもさ…」
「何か?」
「まだ何も言ってなかったのに…言わせてほしかったなぁ。」
「どうせあれでしょ?とりっくおあとりーと。」
はっ、とする名無し。
目の前の宗次郎はにこにこと屈託のない笑顔を浮かべて手のひらをこちらに向けていた。
「……」
「ほら、名無しさん。」
「…ふっ。甘いわね坊や、そうは問屋が卸さないわ。」
「?」
「宗次郎は必ず奇襲で来ると折り紙つき!」
「織り込み済みでしょ。」
「そうとも言う!…どう!?今の私は一味違うくてよ。」
どや顔で宗次郎の手のひらに…懐から取り出した逸物を置いた。
目を丸くさせた宗次郎を見てますます満足げな顔をする名無し。
「ふへへへ…」
「…名無しさん。」
「はい!」
「干し芋はお菓子に入るんですか?」
「…え?」
名無しの顔が引き攣る。
「はっ…たしかに…」
「砂糖に漬けてるわけでもないし…」
「はっ…たしかに…」
「というわけで、名無しさん残念ながら…」
心なしか嬉しそうに微笑みながら名無しの両手を手に取る宗次郎。
「ええっ、大目に見てくれないんですかー!宗次郎さん!」
「いえいえ、今まで僕があなたを甘やかしたことなんてありましたか?」
「た、たしかに。ないや。」
「はい。名無しさんの負けです。」
「ええー…!」
「ほら、黙って。」
降りかかる爽やかな笑みの裏面には何かが潜んでいるようで。
「…何するつもり?」
「何って…なんでしょうね?」
にこにこと無邪気な微笑みを向けられる。
向かい合わせに佇む宗次郎に名無しはおのずと体が強張っていくのを感じた。
「え、えっと…なんか怖い…」
「心外だなぁ。」
「だって…」
恐る恐る宗次郎を見上げる。場に飲まれないよう無意味に笑顔を貼り付けながら。
(え、なんだ、何企んでるんだろ…?)
──しばらくして。
「……!」
「…名無しさん。」
すっ…と真剣味を帯びた眼差し。
名無しの心臓は激しく脈打っていく。
「名無しさん…」
「な、なに…?」
「…何すればいいですか?」
「…は?」
「……」
名無しを見つめたまま固まる宗次郎。
その様子に名無しはようやく事態を把握した。
「え?…えっ?本気で言ってるやつ?」
「……名無しさん、思い付くまで待っててもらえます?」
「いやぁ、それなら逃がしてもらいたいんですけど…」
「どうしようかなぁ。」
「人の話聞いてください。」
うーん、と考え込み出した宗次郎。依然、両手を掴まれてる名無しは為す術もなく、そのまま彼の前でどうしたらいいものやら、と思いながら気まずそうに視線を浮かせる。
(なんだろ…この…宗次郎にいたずらされるのを待ってる状況…?)
「名無しさん。」
「…?」
「名無しさんは、どうしてもらいたいですか?」
ぷに、と宗次郎の指先が頬を突っつく。
まっすぐな眼差しで見下ろしながら。
「いやぁー…私に聞くのはおかしいでしょ。」
「だって…名無しさんの弱みにかこつけていたずらする気にはなれないですし。」
「な、なにそれ今更…今まで散々、」
答えようとするも。
ぷに、ぷに、ぷに、と宗次郎の指が繰り返し頬に当てられる。
「…っ、なに、この攻撃。」
「張りがいいので楽しくなっちゃって。」
「なんだそれ。」
依然、頬を突っつく指は止まらない。
妙な気持ちになりながら仕方なくじっとしていると、宗次郎は再び口を開く。
「いえ、ね?名無しさん、だって、」
「……」
「名無しさんは脆弱な人間ですからね。余裕ある僕がそこは汲んであげないと。」
一瞬、いつも通り食って掛かられているのかと思いかけたけれど。
やすやすと淘汰されるような根性は持ち合わせていないけれども、自分は弱者。
けれど宗次郎は…そんな自分を受け入れてくれているんだと。今の自分は空気のように宗次郎の傍に佇んでいる存在なのだと。あらためて感じた。
それは名無しを笑顔にさせるには十分だった。
宗次郎の指先が止まる。
「え、なんですか。急に締まりのない顔して。」
「な、なんでもなーい…って誰が締まりのない顔よ!」
「ここに名無しさん以外誰がいるんです?馬鹿ですね、馬鹿。」
「うるっさい、もう。」
再びぷに、ぷに、と頬に触れる指先。
でも…どうしてもにやにやと頬が緩んでしまう。
次第にその状況に耐えきれなくなって、宗次郎の手を払いのけて、顔を伏せようとするも。
やすやすと両手首を掴まれて、捕まえられる。
そして尚も、じっと見つめられる。
「あれ?なんかのツボに入っちゃいました?」
「…そうだよ、もう。」
「え?何かあったんですか?」
まじまじと覗き込んでくる笑顔。
…逃げられない。
逃げられないし、甘えたくなる。素直に本音を言いたくなる。
ようやく、小さな、小さな声で返した。
「……照れてるの。」
「え?」
「…嬉しかったの!」
もういいや、と僅かの時間だった我慢を解いて露わにすると、顔が火照っていくようで。
その一部始終を眼前で見守っていた宗次郎は。
「…名無しさん、反則。」
瞬間、妖艶な笑みを浮かべた。
その仕草を目にして、途端に激しくなっていく名無しの胸の鼓動。
優しく微笑みかけながら、そして滑るように頬に触れていく手のひら。優しく、優しく、逃げられないように包まれて。
「いたずら…しちゃいますね…?」
囁かれるように紡がれた言葉。恥ずかしくて、総毛立つような感覚。
間近に僅かに宗次郎の吐息を感じて──刹那。
頬の高いところに、そっと、くちづけを落とされた。
「っ…///」
「…あーあ。」
溜め息混じりの吐息が名無しの睫毛にかかり、ぶる、と思わず体が震える。
「…付け込んじゃいましたよ、もう。」
すうっと、距離を少し保ちながら見つめられる。
そして弧を描く彼の紅い唇。僅かに覗いた紅い舌。
胸の鼓動は高鳴ったまま。頬を染めた名無しはそっと呟いた。
「…今日だけ、特別。」
「……真っ赤になってるくせに、生意気だなぁ。」
宗次郎は優しく名無しの髪を撫でた。
お菓子といたずら
(どれもこれも甘くて溶けてしまいそう。)