四季彩り折々
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『私、今日誕生日なんだ。』
──にこにこと笑みを浮かべた彼女が言い放った提案は、宗次郎の予想を遥かに上回るものだった。
“宗次郎になんでも言うこと聞いてもらえる券”
──そう書かれた短冊状のいくつもの紙を、扇状に広げてみせて名無しさんは僕に笑いかけたのだった。
『今日はこれを使わせてもらうから!』
『え?自作ですか?引くんですけど。』
『違うもん!由美さんと鎌足さんに貰ったんだもん!これでいい夢見なさいって!』
『………』
…まあ、今日一日仕方ないか。
名無しさんの、仮にも特別な日だし。
『なので…宗次郎とお出かけがしたいな…//』
──別に、流されたとかそういうのじゃないですからね。名無しさんの特別な日だから、です。
『分かりましたよ、今日は名無しさんの仰せのま…』
『やったー!じゃあ出かける前に肩揉んで♪』
『は?』
『分かりましたよって言ったよね?で、甘味処で餡蜜とおはぎ食べて…』
『明日を楽しみにしててくださいね。借りはきっちりお返ししますから。』
* * * * *
という経緯を踏まえて現在。
名無しさんに連れられて甘味巡りの旅と化した一日を刻んでいるのだった。
「名無しさん──」
「あぁ、美味しかったなぁ♪次はどうしようかなぁ。」
(……多分僕が好きそうな甘味処に連れて行ってくれてるんだと思うんですけど。)
笑顔を絶やさない彼女は、それはそれで、可愛い。けれど。
前以て控えていたのであろう、色々なお店を記した手帖を取り出し眺めていた名無しの横顔を見下ろしながら宗次郎は口火を切ったのだった。
「…名無しさん、」
「なに?」
「お持ち帰り用のお菓子買いません?僕いいお店知ってるんですけど。」
「本当?じゃあ行ってみたいなぁ。」
「じゃあ…」
名無しは思わず目を瞬かせた。
──宗次郎に不意に手を絡め取られて繋がれる。あまりにも容易かったのだけれども、まるで、離すまい、とでもいう風に。思いがけない感覚に自然と胸がときめいてしまう。
「…あ、//」
「こちらの方です。」
振り向いた端正な顔ににこりと微笑みかけられ、名無しは言葉を失った。
「……どういうつもりです?」
「え?」
──裏路地に入ったところで突如、雰囲気が反転し低く囁いた宗次郎に壁に追い込まれ逃げ場を失った。
「わっ…!?えっ…?」
「逃がしませんよ。」
顔の両横には宗次郎の両腕。
こちらを見下ろしながらにこりと微笑まれ、次の瞬間にはじろりとした目線を向けられた。
「どういうって……?」
「名無しさんは何がしたいんですか?」
「……宗次郎と…デートがしたかった。一緒に甘いもの食べて楽しいことして……ごめん、羽目外し過ぎてたよね、私……ごめ、」
言葉を遮るように伸ばされた宗次郎の手。そのまま手のひらに頬を包まれる──暖かい。
「……僕が言いたいのは、こういう特権があるのに、なんで、ということですよ。」
「…?」
「なんでも言うこと、聞いてもらえるんでしょう?」
静かに微笑みを携えて、宗次郎は名無しをまっすぐに見下ろす。
「正しい使い方、教えてあげますよ。」
「えっ…」
名無しの顔にゆっくりと影が被さる。真剣な眼差しで見つめたまま。迫り来る宗次郎の肌に名無しの心臓は高鳴る。
「だ、誰か来たら…!」
「こんなところ誰も来ませんよ。だから。」
安心してください、と恐ろしいほど穏やかな声がそう告げた。
「名無しさん。」
「っ!」
頬に添えられた手に優しく撫でられ、名無しの顔はやんわりと微熱を宿らせていく。ゆっくりと愛撫しながら、柔らかい指先が耳朶をそっと掠めた。
「あ…っ…」
「名無しさん。」
近付いた唇が耳元で優しく囁きかける。少し掠れた低い声と吐き出す吐息に身体が反応してしまう。
「ひ、ゃ……!」
「あはは、可愛い。名無しさん。」
「ん、宗次郎…」
いつの間にか片方の手は肩に這わされ、名無しの身体を抑え付けていた。
名無しは半ば混乱しながら縋るように宗次郎を見上げようとするのだが、そっと下唇を撫でられ、ふにふに、と指で優しく押される。
何故かとても恥ずかしい感覚に襲われ、一層頬を赤らめてしまう。
「あ、あの…?//」
「…してほしいこと、ないですか?」
「!」
「何でも言ってくださいよ。」
“僕になんでも命令できるんでしょ?”
無邪気な声で言葉を繋げながら、宗次郎は悪戯な笑みを浮かべて名無しを見下ろした。
「なんだって、しますよ。」
「え、え……っ…!?」
「ほら?いいんですか、このままで。」
ただただ戸惑う名無し。
「……名無しさん、何も言わないとこのままで終わっちゃいますよ?」
「ひゃ…っ//」
端整な宗次郎の顔が一層近付いて。ぴくり、と身体を震わせながら思わず固く目を瞑ると、頬に指とは違った柔らかいものが触れて。
「~~っ//」
恐る恐る目を開くと、眼前には瞳を閉じた宗次郎の顔。頬を滑るように辿っていく唇。
「名無しさん。」
「だって…それじゃ、宗次郎にこんな風にされたから欲しがってるみたいで…」
宗次郎はぴたり、と動きを止めた。
彼女の方にじっと視線を向けると、戸惑いながらも熱の籠もった瞳で見つめられた。
いじらしいとでも言うのだろうか。まだ宗次郎はその感情を理解していなかったけれど、名無しの頭をそっと撫でて笑いかけた。
「馬鹿ですね。名無しだからいいんですよ。」
「う……//」
「…じゃあこうしましょう。」
宗次郎は颯爽と告げた。
「早くお菓子屋さんに連れていってほしければ、僕に甘えてください。」
「え、えっ…でもそれじゃこの券の意味が…」
「券なしで何でも買ってあげます。」
「じゃあ!」
「変わり身早いですね。」
途端に乗り気になる名無しを見て思わず笑みをこぼす。つられて名無しも一瞬笑うのだけれど、一呼吸置いた後に心持ち緊張したように。
「……じゃあ、//」
「あれ、早速してくれるんですか。」
「…ちょっと黙ってて//」
「はいはい。」
じっと宗次郎の肩や首や胸元などに目を凝らして、狙いを定めるように。そして、名無しは彼にその身を寄せるようにして抱き付いた。
「…///」
「(おっ、と…//)」
名無しの匂いと温もりに包まれ。
さすがの宗次郎も頬に熱を浮かばせる。名無しに見えなくてよかった、と思いながらその手は彼女の頭を優しく撫でる。
やがて、頑張りましたねという様に名無しの肩をぽんぽん、と叩いたのだけれども、呼応するように名無しはその身を少し浮かせたかと思うと──
──え、えっ…?
宗次郎の唇に己の小さな唇を重ね付けた。
固く瞑った瞼がその決意を物語っていて、宗次郎は暫し目を瞬かせた。
暫く事の次第を飲み込めずにいたけれど。やがて名無しの頭を深く抱え込み、その口吻に応えるように瞳を閉じた。
「ただいま。皆でお菓子パーティーしよう!全部宗次郎の驕りだよー!」
無邪気に微笑んで朗らかな声を上げて帰宅した名無しとその傍らに立つ宗次郎。
その光景を見た由美と鎌足は思わず顔を見合わせ、そして同時に名無しに詰め寄った。
「「名無しっ!」」
「は、はいっ!?//」
「あんたまさか…!」
「これだけの為にあの券全て使ったわけじゃないでしょうね?」
「それがその、ち、違いマス…//」
名無しの真っ赤になる様を見て、はたと動きを止める二人。
「やだ…まさかしたの…?」
「外で…?」
「あ、えっと//…………うん」
「「え!?」」
「ちょっといいですか?」
こんがらがった糸を宗次郎が解くのに暫く時間を要したとか。