四季彩り折々
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「なんです?名無しさん。」
「……」
呼ばれたから足を止めて振り返ったのに。名無しさんは黙りこくったままで。そうしている内に、それだけでは足りなかったのか目線を宙に泳がせ始めた。
「…名無しさん?」
「……」
依然、何かを躊躇っているかのように見える名無しさん。
あらら、どうしたのかな?とは思ったけれど。
「……」
「……じゃあ僕行きますね。」
「えっ?ちょ、ちょ、ちょっと!?」
背を向けるとようやく慌てたように叫び、着物の背中辺りを思い切り引っ張られた。
「な、なんでよ。」
「それはこっちの台詞です。だって名無しさん何も言わないですもん。」
「うう、ごめん。」
しゅん、とする名無しさん。背中に添えた手の力が僕を解放するようにすっと抜けていく。
その場を後にしようと思えばできるけれど。
「…言いづらいことですか?」
静かに訊いてみた。すると。
「まあ…言いづらいなぁ。」
「…え。」
訊いたからには予想していなかった訳ではないけれど。彼女の声でもたらされた言葉は存外、心に響き渡ってしまって。
その上名無しさんは、はあ、とため息を漏らしたりするから。急速に胸の中が締め付けられていく感覚に陥る。
──なんだろう、言いづらいことって。
そうっと窺うように背後を振り向くと、同じく、窺うように僕の顔に視線を向けた最中だったのだろう。名無しさんの瞳とかち合う。
その瞳は…何かに怯えたようにも、何かを決意しているかのようにも思える。
──なんだろう、僕らしくもない。
こくん、と名無しさんの喉が鳴る。思わず身構えていた。
「…名無しさ、」
「あ、あの、宗次郎!」
「!」
予想以上に大きな名無しさんの声に肩の辺りがびくん、と揺れる。
でも、それには気付きもしないのか、名無しさんの表情は真剣みを帯びて目はしっかりと見開かれてて。僕の姿を宿しながら。
──胸の鼓動が酷い。でも、絶対悟られたくない。
緊張を必死に押し殺しながら、平静を装った声で。
「…なんですか?」
「……お誕生日おめでとう!!」
最後には、ぎゅうっと目を瞑って。ありったけの声量で告げられて。
暫く状況を理解するのに時間がかかってしまった。
一呼吸も二呼吸も置いてから、先に言葉を発したのは悔しいかな、名無しさんの方だった。
ぱちぱちと、瞬きを繰り返しながら僕の顔を覗き上げた。
「…あれ?宗次郎??」
「……何かと思いましたよ。」
「いやぁ、面と向かうと恥ずかしくなっちゃって。」
思わず額を手で抑えた。
なのに、名無しさんは馬鹿みたいに、いえまあ馬鹿なんですけど、きらきらと瞳を輝かせて。
「そんなに驚くくらい、嬉しかったんだ!」
「……」
「あれ?まだ感極まってる?」
…これだから、はあ。
「名無しさん。」
「?」
「ありがとうございます。」
「!いひゃい、いひゃい、いひゃい!」
ほっぺたをぎゅうう、とつまみ上げると甲高い声が漏れる。
「なんで抓るの~!?」
「僕の心を弄んだ分です。」
「ええっ?」
訳が分からないという顔をする名無しさん。
やれやれ、という気持ちは消えないけど、次第に僕は微笑みを浮かべていた。
「…ありがとうございます。名無しさん。」
頭を下げると、釣られていつものように笑う名無しさん。
「こちらこそ、いつもありがとう。」
「…で、はい!これ!」
「わあ、もしかしてプレゼントですか?」
「うん!お納めくださいな。」
「すみません、気を遣わせちゃって……あれ。」
「♪」
小箱から取り出したのは何枚も何枚も綴り状になっている…
「肩たたき券…?」
「そう♪」
「どうしてこれを…?」
思わず訊くとあっけらかんと。
「え、いっぱいお得じゃん。肩が癒えるし、何より私と過ごせるし。」
「…まあたしかに。」
否定するいわれはない。
そう受け入れるしかなかったが、ふと澱みが澄みきるようにある思い付きが頭に浮かんだ。
「…じゃあつまり、名無しさんと。」
声色こそは平静でいたが、能天気に笑ってる名無しさんに黒い笑みを浮かべ、そして。
「ん、んっ…!?」
両肩を押さえ付けるように掴み、間髪を入れずそのまま、ぼんやりとしている唇に自分の唇を重ねづけた。
しっとりと重ねて、そうして何度も交わしていくと唇と唇が触れ合う音が弾み響く。
目を見開いたまま赤面させた名無しさんを満足気に見下ろして、瞳を閉じた。
何度も何度も、啄むように。食むようにくちづけを交わす。
「…っ、ん、はあ…っ…」
艶めいたような声に薄目を開くと、いつの間にか名無しさんも目を閉じていて。
恥ずかしがりながらも僕の施しに身を委ねてる様が愛らしかった。
「んっ、苦しい…」
「…あはは、すみません…」
ようやく解放すると、涙目でけれどはにかむような笑みを向けられたから。
もう一度、次は触れるだけのくちづけを施して唇を離した。
「……つまり、名無しさんといちゃいちゃできるってコトですよね?」
そう笑いかけると真っ赤になってしがみついてくるものだから。
優しく微笑んで頭を撫でて、じゃあケーキでも食べに行きましょうと声を掛けると。
「!」
今度は僕の両腕が押さえられて。
名無しさんにキス、されていた。
突然のことにそのままぼんやりと名無しさんを見下ろしていると。
「た、誕生日だから。私からもっ…」
恥ずかしげに見つめられて、そして抱きしめられた。
締め付けられていく想いと行き場を失いそうな程の嬉しさを抱き止めながら、その体を優しく抱きしめ返した。
君の気持ちは不透明で気まぐれで
──僕を弄んでばかり。
(名無しさん…)
(な、なんでしょう…)
(今の、もういっかい。)
(え、ええっ…!?//)