四季彩り折々
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「名無しさん、大丈夫ですか?」
「も、もうちょっと待ってー!」
「…今日都合が悪ければまた今度でもいいんですけど…」
「もうちょっとだけですから…!待っててー!」
かれこれ、少しばかり長い時間が経過しようとしていた。
宗次郎としては。特に急かしたり意地悪で言ったりしているわけではないのだが、彼女──名無しには何やら手掛けていることがあったようで。
それならば一緒に初詣に行くのは今日ではなくとも、またゆっくりと時間が取れる日でも良いと宗次郎は思ったのであるが。
帰ってくるのは“待ってて”という言葉であった。
(無理やり誘ってしまったかなぁ…)
三回目だろうか。再度訪ねた彼女の部屋の前にたむろし続けているのも如何なものかと思い、また一度、自室へと戻ろうかと身体を翻したのであるが。
「──宗次郎!お待たせしましたー!」
「…あらら。」
高らかな声が響いたかと思うとばたばたばた、と慌ただしい物音がする。
転ぶんじゃないか、彼女のそそっかしさを思い返し自ずとそう危惧して、扉の向こう側に想いを馳せる。
そうしながら名無しが部屋から出て来るのを待っていたけれど。
「…ね、宗次郎!」
「なんです?」
「ちょっと部屋に入ってきてくれない?」
「?」
なんだろう、と思いはしたけれどそれ以上は深くは考えずに、名無しに誘われるがままに扉を開いて中へと足を踏み入れる。
そこで目にした彼女の姿に宗次郎は思わず息を止めた。
「……」
「…ちょっと頑張ってみたんだけど、変かな…?」
「…変じゃないです。」
「そお!?よかった!」
ほっとしたように笑いかけ、彼女は満面の笑みを宗次郎に向けた。
金銀の絹糸の刺繍が施された、彩り豊かな着物に立派な帯締め。豪華な振袖に身を包み、髪もきちんと結い上げ。丁寧にお化粧もし、可愛らしい色の紅を差して──なんだか、花のような良い香りも漂う気がする。
綺麗に着飾った名無しは改めて、照れたような笑みを宗次郎に向けた。
「せっかくの…宗次郎とのお出掛けだから…」
「…そっか、それで支度をしてたんですね。」
「う、うん//」
落ち着かない様子で名無しはちらちらと宗次郎を見つめる。
「…可愛くなれてるかな…?」
その仕草に思わず宗次郎の胸は高鳴る。
──とても一生懸命に着飾ったのだろう、それは自分にそう思ってほしい、という気持ちもあってのことで…それを可愛くないだなんて、そんなこと。
「可愛いです…!」
柄にもなく、宗次郎はせき立てるように告げていた。
「…えっ///」
「その、可愛いですよ…」
「え、あっ、えっ…!?」
やはり恥じらいがあるのか、頬を染めて連呼する宗次郎だったが、普段なかなか面と向かってそのような言葉を聞くことのない名無しは、自分から聞いてみたことではあるものの、あたふたと宗次郎の瞳を見つめる。
「…えっとごめん、無理に、」
「名無しさんに言わされてるんじゃないですからね…?」
「あ、はい…///」
矢継ぎ早に返されて、にべもなくその先の言葉を見失うと同時に、再び、今度は急速に込み上げてくる熱に名無しは酔い痴れてしまいそうだった。
「…ありがとう。なんだか一生、大事にしまっておきたい言葉、かも…」
「…多分、そんな大それた言葉ではないですよ。大げさですよ。」
謙遜なのか、暖かなものを見るような瞳でそう穏やかに宗次郎は言ったけれど。
「だ、だって!嬉しいんだもん!」
──自分でも思っていた以上に大きな声を発していて。名無しは思わず赤面するけれど。
「嬉しいんだもん…宗次郎の口から聞けるなんて…」
「…そっか。」
「……な、なのでっ、こ、これからもそうあり続けたいと思った所存。」
…何を言ってるんだろう、ああ。こういう時に限って出てこない、伝えるべき言葉が。
それでも宗次郎の舎弟か。いや、舎弟じゃなくて。
「そう…ですか。わかりましたよ。」
勢いに気圧されたのか、大人しく、けれどふんわりと優しい声音で呟いた宗次郎の視線がこちらへと絡まる。
未だ淡く火照った頬に清んだ瞳。思わず照れて、その瞳から目を逸らしそうになるけれども。
代わりに、いや、頑張って。一度噤んで結んだ口元を、笑みの形に綻ばせて。
「…宗次郎の恋人なので、嬉しかったです。」
「……どういたしまして。」
眉の力を抜いてふっと笑った宗次郎。
それを見てこちらもいくらか緊張感が解れ、惚れ惚れとした気持ちに想いをくゆらせていく。心地よい快さを感じていたのだが、最中。
宗次郎はまた言葉を紡ぐ。それは、これはしかと彼女に伝えなければならない、とでも言うように。
彼は少しだけ、目を泳がせて、でも。
「まあ…今日の名無しさんは可愛いです。」
「も、もういいよ///褒め殺しは馴れてないのでなんだか…」
「でもね、名無しさん。」
「?//」
「…元々可愛いですからね、名無しさん。」
悪戯っぽく笑って、楽しそうに佇む宗次郎に。いよいよどうすればいいかわからず、名無しは真っ赤になって立ち竦むのであった。
「ほら、そろそろ出掛けましょうか。」
爽やかな笑みとともにこちらに差し出した手は容易く名無しの手を絡み取り。そっと初空月の世界へと名無しを誘うのであった。
名無しの部屋の押し入れで、ことり、と鳴った物音と共に彼女たちのため息交じりの声が漏れた。
鎌「なんだかんだいいムードじゃない?///宗ちゃんと名無し!」
由「まさかあの子達でこんな微笑ましい光景見れる日が来るとは思わなかったわ///」
一人で晴れ着の着付けが出来なかった名無しは、頼もしい二人のスタイリストにお手伝いを頼んでおり。
その見返りとして…
由(支度出来たら、宗次郎を部屋に呼んで“私可愛い?”って訊くのよ!)
鎌(私達はここで見てるから!)
名無し(ええっ!///出来ないですよぉ!第一、宗次郎そういうこと絶対言いませんってば~!)
鎌(私達がいなければ…ね!)
由(こんなに可愛く着飾った名無しと二人きり、坊やだって必ず男を見せるわ!)
鎌(上手くやんなさいね!)
名無し(えぇーっ!?///)
──そういう経緯があったのですが、肝心の名無しはというと、宗次郎が部屋に訪れて、そして宗次郎からの嬉しい言葉を聞いた頃合いに、二人が見ていることを忘れてしまっていたのでした。
初春に咲き揃う
「わあ!!やったー!大吉だ!なんだろう、宗次郎にいっぱい美味しいもの買ってもらえるのかな!」
「…そういえば名無しさん。」
「はい?」
「一人でこれ準備出来たんですね?」
「…あ。」
「………てっきり部屋には名無しさん一人だけだと思ってた…しまったなぁ…」
宗次郎は一人恥じらう様子を見せながらため息を吐いた。
1/17ページ