彼に食って掛かられる
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「──名無しさん、大丈夫です?怪我はありませんか?」
「私なら大丈夫、どこも平気だよ。」
「そうですか…よかった…」
私を抱き抱えたまま宗次郎は胸を撫で下ろしていた。
──私の身柄が引き渡されるや否や、宗次郎は私を抱えてその場を離脱して。遠く遠く離れて、アジトに向かう帰路に差し掛かったのだと思う。ようやく宗次郎は私に話しかけた。
今は二人きり。ゆっくりとその場に降ろしてもらった。
「…ありがとう。」
「いいえ。」
なんでもない、というような笑顔を向けられるけど。今日も沢山の任務があっただろうし、ましてやそんな中、ただの部下の救出に駆り出されることになってしまうなんて。
「ごめんね…」
「何がごめんなんですか?」
「ドジ踏んじゃって…でも私、志々雄さんのことも十本刀の皆のことも、宗次郎のことも何も話してないから…!」
「…」
「隙を付いて逃げようとしたんだけど、取り囲まれて掴まれたり、刀抜かれそうになったりして…どうしても逃げられなかった。」
「…そうだったんですね。」
「これじゃダメだなって、馬車が止まったタイミングで不意を突いて飛び出そうかなーとか、馬車から降りる時が逃げるチャンスだなーとか考えたんだけどさ…」
「…名無しさん。」
「でも…色々考えながらも、やっぱりさすがにちょっと怖くて…どうしようって不安だった。」
「…もう黙ってください。別に名無しさんのせいじゃないですし。それに…おあいこ、です。」
「…へ?」
言葉の意味が分からなくて宗次郎の顔を見上げたら。そうっと抱き竦められた。
「えっ、まさかのっ…!?//」
「…」
「…わ、私、記憶喪失状態の宗次郎にも惚れられちゃった?」
「………」
「…え、ちょ、なんか突っ込んでくださいよ、居たたまれないよ瀬田様ァ!///」
「……いついかなる時も、やっかましい口ですね。」
わあわあと声を上げると宗次郎は溜め息混じりにそう呟き、ゆっくりと私の身体を離した。
「思い出しました。」
「???」
「だから、名無しさんのこと思い出したんです。」
「………ドッキリ?」
「じゃないです。」
「……エイプリルフール?」
「違います。日自体が違うでしょ。」
「………私のことこれでお払い箱にするから、最後にって何かお情けかけてくださってる?」
「違うって言ってますよね。殺しますよ。」
穏やかな笑顔を浮かべてはいるけれど、どこか後ろめたそうな口振りに。減らず口を仕舞い込んで、じっと宗次郎の目を見つめる。
──そっか。そうなのか。
「…宗次郎、ありがとう。」
「……悲しい想い、させたでしょう?」
僕にはあまり分別ができない感情だけどきっと──そう自信なさそうに呟いてこちらを哀色の目で見下ろす。
それなのに、どうしてだか私は和やかで明るい気持ちでいっぱいになれた。
「いいの!宗次郎は変わらず優しかったもん。…記憶がなくても、宗次郎の隣は心地よかったし。」
「…本当?」
「うん。宗次郎がどんなに変わっちゃっても、私は何度でも宗次郎と仲良くなれるし、何度でも宗次郎のこと好きになるなって思った。」
直後、張り詰めたように宗次郎の表情から笑顔が消えた。
「あ、あれ?どした…?」
「あなたって人は…もう一回、抱きしめていいですか?」
そう告げて真一文字に結ばれる彼の唇。かああと顔中に熱が集まっていく。
「そっ…!そういうこといちいち真顔で聞かなくても…//」
「あーその顔で大体わかりました、いいってことですね。」
ええっ、と戸惑っていると、ぎゅうっと抱きしめられた。…あったかい。
自分のことも私のことも離しはしまい、というように強く、しっかりと。
「ごめんね。名無しさん。」
「…いいよ。」
宗次郎の背中にそっと腕を回して、撫でた。
背丈はあまり変わらないはずなのに、すっぽりと宗次郎の暖かな体に埋められて。宗次郎の表情は伺えない。
けれど幸せな圧迫感と、否応なしに感じる宗次郎の胸の鼓動に、こちらの心臓もどきどきと高鳴っていく。
きっと今、宗次郎は瞳を閉じて穏やかな笑顔を浮かべているんだろう。
「……ねぇ、名無しさん。その。」
「?なぁに?」
「もう少し、触れてもいいですか?」
思考停止する。“もう少し触れても”って、な、何をどう…?
「…だんまりは“いい”って意味だと捉えちゃいますけど。」
「……だって、いや…それで、いいよ。」
「嫌ならやめますけど。」
「…瀬田様あいらぶゆー!って言ってるじゃん。」
「いや言ってないじゃないですか。まあ…そう思ってくれてること知ってますからね。」
恥ずかしくなるような台詞を聞きながら──くす、と笑みとともにこぼれる宗次郎の息を感じて、「ああこの人はこの人なりに、今、嬉しさを噛み締めているんだなぁ」と思った。
宗次郎の体躯も、肩や背中を包み込んでいる腕も、どこかしこも暖かくて。私も嬉しいなぁと感じていく。
恥ずかしいけれど、でも。気持ちよくて楽しくて嬉しくて。
宗次郎の肩口に顔を埋める。宗次郎から隠れるためではなく、このぬくもりに深く深く埋まっていたくて。
すると。
「…はぁ。」
ため息まじりに吐かれた、心からの感嘆のような宗次郎の声。
そうして背中に這わされる彼のてのひらは熱を持っている気がして。思わず身動いだ。
「……//」
どうしよう、と今更ながら内心慌てふためくけれど。
でも、いいって言った。でも、心が持たなくなるような気がする、でも、でも…
そうこうしているうちに衣擦れの音がして、宗次郎にゆっくりと愛撫される。
「…名無しさん…もう離しませんから。」
「…っ…//」
「不安にさせちゃいましたね、ごめんなさい。」
「…そ、宗次郎が言うほど堪えてなんかないもん…」
「そんなに強がらなくてもいいんですよ。」
「…私だって強いもん…宗次郎の女なら、これくらい朝飯前。」
そうして両腕を宗次郎の身体に回すと、また力強く抱きしめられ。
「そっか、僕の女ですか。」
明るい彼の声音が木霊した。
内面では甘い恥じらいと満足感の入り混じったものに翻弄されている様子が彼からは伺えた。そしてそれらの感情を彼自身は決して嫌ってはいないということにも。
あやすようにとんとん、と背中を優しく叩かれて。諭すように告げられる。
「…名無しさんに新しい役目をあげてもいいですか。」
「役目…?」
「僕の妻になってください。」
……は。
今なんて。
瞬きを繰り返していると、宗次郎は身体を少し離し、顔を覗き込んだ。
「…沢山不安にさせてしまったと思います。でも罪滅ぼしという意味で言ったんじゃありません。」
「…宗次郎。」
「“これから先、何があっても名無しさんは僕のものだ”という保証を名無しさんには渡しておきたいので。」
まっすぐな真剣な眼差しに射抜かれる。肩に寄せられた手のひらが熱い。
「そしてもう決して名無しさんを離さないと約束します。僕と結婚してください。」
…いつか祝言あげようって宗次郎が言ってくれた時、びっくりしながらも嬉しくて仕方なくて。「いつかはそうなるんだ」って心のどこかで思いながら今までやってきた。
「……いいの?こんな私で、宗次郎は大丈夫なの?…幸せになれる?」
「馬鹿ですね。名無しさんがいるから僕は、“嬉しい”とか“楽しい”とか思ったりしてるんです…多分ね。」
「…本当?」
「今はまだ呼び方が分からない気持ちばかりですけど、それらが嫌な心地だなんて思いませんよ。だから、むしろ…」
照れるように笑む彼の頬が少し赤らむ。
「一緒にいてもらいたいのは僕の方です。ずっと一緒にいてくれますか。」
──私は笑顔で頷いた。
うるさいやかましいって言っても絶対離れてやらないからねーって言うと「念押しうるさいです」って笑いかけて、また私のことを抱きしめた。
「…宗次郎、ずっと一緒にいるよ。ありがとう。」
やれやれいとしい
(あなたを好きなことといったら)
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