彼に食って掛かられる
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「なんでこうなるんだろうね、私たち。」
やや生気のない目で遠方を眺める名無し。
彼女の声に宗次郎の意識はまた先程のところに引き戻される──何回目だろうか。
「…それは僕の台詞です。」
「いや、嬉しかったんだよ…」
「嬉しい?」
宗次郎は目を見開いた。
「嬉しい…」
「え…?なぜ首を傾げる?」
「嬉しくて、なぜこうなるんですか?」
えーと…と慌てつつも思考を巡らせる名無し。
「だって…宗次郎が誘ってくれたんだもん。ワクワクして、何か漲ってきて張り切って…」
「だから?だからといって、せっかくのデートで階段から落っこちる女性がありますか。」
「ああっ…!そんなハッキリ言わないで…!辛い現実を叩きつけないで…!現実見たくない…!」
宗次郎の背中におぶさっていた名無しは再び取り乱し顔を両手で覆った。
──そうなのである。宗次郎からの誘いでデートをすることになった二人であったが…宗次郎の供述通りそういうことが起きて今この状況に至るのである。
「しかもあんな派手に。」
「うっ。」
「しかも…お茶屋さん目前だったのになぁ。」
「ううっ。」
どんどん居たたまれなくなっていく名無しは。
「…!や、やっぱりせめて食べてこ!宗次郎一推しの葛餅…!」
「なんで。やですよ。」
「そ、そんな。取り付く島くらい残そう。」
「足捻挫した女性を連れてるのに。」
「ううっ…!」
「応急処置はしましたけど…早く帰ってまともに手当てしないとダメですからね?」
珍しく眉間に少し皺を寄せながらこちらを振り返る宗次郎。
「…うん、わかった。」
「なら、よろしい。」
思わず頷くと、にこにこと笑顔を向けられた。…彼が言うのならば仕方ない。
だが。名無しには別の悩みが生じていた。
「…宗次郎さん…あの。」
「はい?」
「……もうちょっと人気のないとこ行きませんか?」
「は…?はあ?」
珍しく、驚いたように目を丸くさせて振り向いた宗次郎の顔を前にして。名無しは一瞬固まったが、慌てて彼の背中をぱしぱしと叩いた。
「あっ!!違うよ?違うよ!?違うからね!?宗次郎といちゃいちゃしたいって意味じゃなくて!!」
「…え?いちゃいちゃしたくないんですか?僕と。」
「いやそれは…ごにょごにょ。と、とにかく!こんないい年しておんぶされながら公道通るの恥ずかしい!」
「いや、歩いてて連れがすっごく騒がしく階段落ちていった僕の身にもなってくださいよ。」
「そうでした…!」
「わかったら背中叩かないでもらえますか。」
「はぁい…!」
取るに足らない会話を暫く続けていたが。
帰宅まであと少しというところで。名無しが取り出した行動に宗次郎の心は人知れず掻き乱されるのであった。
「…宗次郎の背中あったかい。」
「……」
「落ち着く。あとなんか匂いも落ち着く。」
「……(この人は…)」
仕舞いにはすりすり、と擦れる感覚。
ちら、と振り返ると少し微睡んだような表情の彼女が背中に顔を寄せていた。
「あの…あまり頬ずりしないでください。」
「どうして?」
(なんか、照れるじゃないですか。)
その言葉が喉元すぐに出てきたものの、宗次郎は押し黙って呟きかけた言葉を飲み込んだ。
「…名無しさん阿呆だから教えない。」
「あ、じゃあ止めてやんないから!」
まるで水を得た魚のように楽しむ名無し。
抱え込むように宗次郎の身体の前に手を回し、好き勝手勤しむのだが、宗次郎としてはついつい気になってしまう。
「…恥ずかしいんじゃなかったんですか?」
「え?…今なら人いないからいいかなって思って。」
「…ふーん。」
「宗次郎もデレなよー。」
「…やです。」
「けちんぼ。いいもんいいもんー。」
(…怪我があるから強く言えないけど、あまり抱き付かないでほしいなぁ…意識しちゃうんだけどな…)
宗次郎はひっそりと甘やかなため息をついた。
ときめきへ道連れ
(酸いも甘いも、恥も嬉しさもすべて一緒くた。)