彼に食って掛かられる
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「…はあ。少しだけ休憩しようかな。」
──久々に腕が重い。
鍛錬場で稽古をしていた宗次郎はようやく腰を掛けた。
「…ここのところ動いてなかったからなぁ。まあ仕方ないか。」
緩みかけていた手甲を整え直しながら、ふと先日のやり取りを思い返していた。
『すみません志々雄さん。入れ替わってる間に任務を滞らせてしまって。』
『まあ良くはないが…おまえもここのところ働き詰めだったからな。一日や二日くらいどうってことねぇよ。』
『すみません。今度いつ入れ替わっても大丈夫なように名無しさんを鍛えておきます。縮地が使えるようになるくらいまで。』
『多分それ名無し死ぬだろ。入れ替わらないようにしろよ。』
『はい。』
(──とは言ったけど。名無しさんには名無しさんの役目があるわけだし。
僕はこのまま、ずっと強くあり続けなきゃ。)
そう思い、再び立ち上がったのだが。
『志々雄さんを癒す役くらいこなしてますっ。私を見てると楽しいって言ってくれるもん!』
『知ってます?それ、笑われ者って意味ですよ?』
…以前名無しと交わしたやり取りを思い出し、宗次郎は笑みを浮かべた。
「まあ…名無しさんといると楽しいですよね、僕だってみんなだって。変なことに巻き込まれることが多い気がするけど。
僕も頑張ろう。」
「宗次郎…ずっと稽古してる。」
そっと鍛錬場の様子を窺ってみた名無しだが、いつしか静かに見入っていた。
(あんなに真剣な顔してるの初めて見たかも。…いや、時々はあるか。)
けれど、黙々と素振りをこなしている彼のその珍しい表情に、やはり少しばかりドキドキしてしまうのは否めなかった。
(そうだよね…ずっと笑顔だもんね。私には怖い笑顔とか白けた目とか向けてくるけど。)
まっすぐ目前を見つめる、揺れない眼差し。
“私には、本当の…飾らない素顔を見せて”
──そうは思わない。だって、多分これが宗次郎の自然体だから。入れ替わった時も、私の顔でずっとニコニコしてたし、宗次郎自身も癖でつい…と言ってたし。
(でも…自覚はなくても、どこか意識してたりはするのかな…疲れたりとかはないのかな…)
負担になってなければいいな──
「……いや宗次郎のことだから、聞いたところで馬鹿が馬鹿言ってますよーとか言うんだろ、どーせ。…起きてないこと考えたってね。うん!」
そう言って、もう一度鍛錬場の中を覗く。
「…稽古が終わったら、今日はすごいおもてなししてやろう!えーと、肩とか揉んでやろ!」
えーと肩ってどう揉むのかな、全力で力めばいいのかな、と手をグーパーグーパーさせる名無しであった。
* * * * *
「…名無しさん?」
鍛錬場を出た宗次郎は思わず、あれ?と声を漏らしながら目を丸くした。
壁に背を預けて俯き、居座っている彼女。名前を呼んだにもかかわらず反応しない。
「おーい?名無しさん?」
「宗次郎、もう食べられないよう…」
「は?」
「むにゃむにゃ…かすてらが一匹、かすてらが二匹…」
「どこから突っ込めばいいんですか。」
かくん、と首を傾けてこちらを向いた彼女の顔。言わずもがな、眠りの中に落ちていて。しげしげと興味深げに眺めていた宗次郎だったが、
「…見守ってくれてたのかな。」
微笑みを浮かべた。様子を伺い、優しくそっと頭を撫でてやる。
「……待ちくたびれたのかな。こんなとこで眠ってしまう神経はよくわからないですけど。」
見つめながら、ふと表情が緩んでしまう。
「…馬鹿だけど、かわいいな…」
「うん…」
「…えっ?起きてました?」
漏れる彼女の声に少し慌てるも。
「…う、うーん…」
「違う…?うなされてるのかな…?」
「志々雄さんが一匹、志々雄さんが二匹…!」
「………」
(数え方が間違ってるし、そもそもどうしてそういう夢をみるのかなとも思うんだけど。えーと、それ以前に…)
間もなくして宗次郎は黒い笑みを浮かべた。
「えい。」
「っっ!!?」
びくっ、と身体を揺らして目をぱちぱちと激しく瞬かせた名無し。
──眼前の彼に驚き、またこの状況に驚き声を上げる。
両手首を掴まれ、それぞれ頭の横に。宗次郎の手によって壁に縫い付けられていた。
「ええっ?何この状況…??」
「さあ、どうしてでしょうね?」
「あれ?もしかして私、寝てた…?」
「そうですよ、おはようございます。もう夕方ですけど。」
「えーと、私狩られるんですか?」
「もう狩りましたよ?」
「えっ?」
「なんてね、からかっただけです。」
ふふ、と笑いながら宗次郎は名無しを解放した。
「もー!心臓止まるかと思った…!」
「そんな繊細な心臓じゃないでしょ、名無しさんは。」
「なんだと。……あ、そうだ!宗次郎。」
「?何か?」
「後で部屋に行ってもいい?」
「え?」
唐突な提案に宗次郎は思わず瞬きをした。
「いや、なんか…肩とか揉んであげよっかなーって思って…。お稽古してたみたいだし、疲れが取れるといいかなーって。」
目を時々逸らしながら告げる彼女。
──なんだか、一瞬感じた悪戯心やらがすーっと消えていくのを宗次郎は実感していた。
「…などと思ったんですが、どう?宗次郎?」
「……」
上目遣いでこちらを窺う名無し。…思わず、わしゃわしゃとその頭を撫で擦った。
「わ!ちょ、なに!?」
「別に。なんとなく。」
「は、はい?」
「…お言葉に甘えます。ほら、早く。」
「わわ、もう!髪の毛ぐちゃぐちゃになったじゃん。」
──名無しに見えないように、少し色付いた頰を抑えながら宗次郎は心の中で呟いた。
(やきもち妬いたなんて…ああ、くだらないなぁ…)
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笑顔で君の横にありたい。
(……肩揉むの、下手くそだなぁ。)
(うそぉっ!?)