彼に食って掛かられる
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あの笑顔に、きゅんとしてしまった。
そしてあのキスと、立て続けにされたキスのことをことある毎に思い出してしまう…
「名無しさーん。頼んでた記帳終わりました-?」
「あ、もう少しかかるー。」
文机に向かいながら返事をした名無しさん。出来具合を確かめようと覗き込んだけど、思わず固まってしまった。
「…名無しさん、途中から筆に墨ついてませんけど?」
「…あっ!?」
しかも。
「それで、何に書いてるんですか?」
「え?何って……うわあ!これ号外の裏じゃん!!」
悲痛な声を上げて、彼女はあたふたし出した。
「わああ!面目ない…!!」
「うわの空はだめですよ?仕事はちゃんとしてください。」
「ごめんごめん!!」
がたがたと慌てて支度をやり直す名無しさん。…はあ。仕事に支障が出ているみたいだなぁ。
この間まで変だったけど…
昨日ようやく普通に戻った気がしたんですけどね、不思議だなぁ。
「えっと…新しい紙はどこだっけ、あ、あそこだ。」
よいしょ、と背伸びをして、棚の上の方に手を伸ばす名無しさん。
壷やら書物やら置物やら、色々しまってある棚だけに、それを見ててなんだか不安に駆られた。
「あー…危なそうなんで僕が取ります。」
回避するに越したことはない。名無しさんの後ろから両腕を伸ばすと、一瞬名無しさんの肩がびくっと跳ねた。
「?名無しさん?」
「えっ、あ、えーと大丈夫だよ、取れ、……」
「いえ、そんなこと言って何か落とされたら困…る、んで……」
背後にいる僕と目を合わせるべく、こちらを振り向いた瞬間、名無しさんの声が途切れる。そのまま数秒後、彼女の沈黙の意味に気付いた僕も、暫くして声を途切れさせた。
まるで、名無しさんを壁際に追い込んで、覆い被さろうとしているようで。
僕の方が少し背が高いから、名無しさんにとっては追い詰められて見下ろされてるような状況で。
──目のやり場に困って俯く名無しさん。何と声を掛けてやればいいものだろう。
「…えーと。」
「え、えっと…!宗次郎、ど、退きますのでっ。」
……なんだか、そそくさとするみたいに。
思わずむっとした。
「邪魔ですか?…そうやって、かわすんですか?」
「え?」
「…それが、本音ですか?」
思うままに、言葉が口をついて出る。
「宗次郎…?」
「…名無しさん。」
静かに見つめると、名無しさんは身動き一つ取らない。否、取れない。その隙に僕は心の内を彼女に告げる。
「…名無しさん。この間から、色々と困ってるとは思うんですけど。」
「!」
「でも、僕は一切、引くつもりありませんから。」
名無しさんの丸い瞳に向かって囁いた。
「引かない。名無しさんには遠慮しませんから。」
「……」
「だけど、仕事は割り切って、」
「……宗次郎。」
くい、と胸のあたりをすがりつくように引っ張られる。
か細いけど、しっかりと届く声で彼女は呟く。
「…私は割り切れるほど賢くないもん、宗次郎みたいに。」
「…」
「引きずって粗相してばっかだし……やっぱり、私馬鹿だから、何が何だかわからなくて。癪だけど、宗次郎が言った通り…」
「…理解できないですか?」
「うん。わかんないです…」
半ばやさぐれたように、だけど、しょんぼり呟く彼女。
…わからない、本当にそうだったんだな、と少々参ったのは本音。
でも、思わず笑みが漏れた。
「あ、また!馬鹿にしてるでしょ。」
「…ええ、してます。」
「…ふーんだ!馬鹿にしたけりゃどうぞお好きにー。」
それみたことか、という表情を浮かべる名無しさんの頭に柔らかく手のひらを乗せる。
「でもね、名無しさん。」
「?」
「それはそれで可愛いなって思ってます。」
「えっ…!?え、えっ!!?」
「だから、いいんじゃないですか。というか、もう諦めてます。」
「そ…それは、けなされてる…わけ?」
純朴そうな顔は紅く火照っていく。
「さあ?それは名無しさんの解釈に任せます。」
「で、でも…っ、そんなこと言われても」
「…困りますか?」
こくこくっ、と首を縦に何度も振る姿に
「じゃあ…」
つい含み笑いを溢してしまう。
「真実を聞かされたいってことですか?僕の口から。」
「…う、えーと…!」
「…一つ、気になったことがあるんですけど。いいですか。」
「……なに?」
「そんなに動揺するってことは…」
細い両肩を両の手に優しく収める。
「…名無しさん、意識してますよね…?僕のこと…」
「ッ!?」
真っ赤な顔で見開かれる瞳孔。
「ひょっとして…?」
「うわあああ//近い!!」
「…減らず口はしまっておきましょうね?」
ぴっ、と人差し指を彼女の唇に当てて閉ざす。
いつもとは違い、まっすぐ見つめてくる視線に押され、名無しは緊張した面持ちを浮かべる。しかし、宗次郎は彼女に向けた瞳を決して逸らさない。
「だ、だって…」
しどろもどろとしながら口を再び開く名無し。
「意識するよ…なんであんなことするのかなって…
…いつもは、食って掛かられて出し抜かれてああだこうだ言い合ってて。そんな風じゃなかったのに。な、なんで急にあんな…///」
「……急にじゃないですよ。」
「…えっ?」
急に、ではない。たぶん、ずっと前から…
想定外のことに名無しは目を丸くしている。でも、そうやって呆然とする彼女に僕は微笑みかけた。
「知りたいですか?」
「え…?」
「僕のこと…名無しさんをどう思ってるのかってこと。」
「……!」
あの時──口付けされた時と同じ目をしている彼に、名無しの心臓は高鳴る。
──理解したい、知りたいと思うのは…どうして?
「それならもう…教えてあげます。」
「……」
「…鈍い名無しさんの頭に合わせてあげます。わかるように。」
「宗次郎…私…」
…わからない、宗次郎が一体何を考えてるのか。
──でも、私と一緒で…素直になるのが気恥ずかしいだけ。そんな気がした。
…このまま知らなければ。
私達は今までと同じ…食って掛かられて弄られてけなし合って。でも、互いに心の片隅では、互いのことちゃんと思い遣ってて。──私は本当は、宗次郎が優しい奴だって知ってるから。
腹が立つことはあるけど、かけがえのない存在同士…
そのままの関係であり続けることだって、楽しくて幸せなことだけど…
以前…一緒に帰り道についた時の宗次郎の姿を思い出す。
不機嫌なような、困ったような…
もどかしそうで、何か言いたげな…そんな表情を浮かべていたのが、いつまでも印象に残っていた。
──宗次郎は、今も…待ってくれてるのかな…?
追いかけたら、手を引いてくれるのかな…?心から微笑んで…
名無しは暫し俯いていたが、やがて気持ちを固めたようにゆっくりと彼を見上げた。
「うん。知りたい。…それで…」
「……」
宗次郎の着物の裾を握りしめる。
…このまま、投げ出したくない。本当の宗次郎の気持ち、見失いたくない。
受け止めたいからこそ、本音を明かさなきゃ。
──だって…多分、私……
「宗次郎のことも、ちゃんと知りたい。」
透き通った瞳に宗次郎は応えるように微笑む。そしてもう一度、名無しを真正面から見据えた。
「…二言はないですね?」
「う、うん。」
「じゃあ、」
宗次郎は少し頬を赤らめ…
一瞬伏し目がちになりながらも、意を決したようにもう一度名無しを見つめて、告げた。
「…キスしてもいいですか?」
躊躇いがちに、だけど抑えきれない思いが溢れるように伝えられた言葉。
「……!//」
「……もう、わかったでしょう?」
照れたように、でも手放すまいと名無しを見つめる宗次郎。
名無しも再び頬を染め……暫しの空白のあと、首を僅かに縦へ傾けた。
それを合図に、宗次郎は名無しに微笑みかけ──、ゆっくりと口付けを落とした。
三度目の正直
HAPPY START…?