彼に食って掛かられる
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あれからというもの、名無しさんと顔を合わせてない。
そう、あの日彼女が出掛けたきり。夕暮れ時を迎えようとしているのに、彼女は帰ってこない。
──そして四乃森さんも見かけない。
いつもなら何かと喧騒が響く部屋に今は一人でいる。いつもなら「私も食べたい」と連呼する彼女に渋々与える茶菓子も、今は独り占めしている。
そう、悠々自適というやつだ。そう割り切って僕は久々に一人の時間を満喫している。
仕事で足を引っ張られることも、尻拭いをすることもなかった。
いつも以上に無難に仕事を終えた僕は、時間を有意義に使おうと思い立ち、読書なんてしている。──だけど。
ソファに寝そべりながら次々とページを捲りはするが、内容が全く頭に入ってこない。
かわりに、楽しげな彼女の姿を思いがけず想像する。そしてその傍らには──
…おそらく、そういうことなんだろう。
ぽいっと本を投げつけた。
「名無しさんのくせに。」そう言葉をこぼしていた。
不意打ちアンブラッセ
──それから数時間後。僕はわけがわからなかった。
「失恋しちゃった。」
ようやく帰ってきた名無しさんは笑いながら呟いた。と思うと、みるみる目が充血していく。
「…振られたんですか?」
「…うわーん!!聞いてよ宗次郎!聞いてくれる!?」
僕に飛びついて彼女はわんわん泣き出した。突拍子もなかったから少し驚きはした。
けど、小さな背が震えていたから、思わずそっと手を添えた。
「…はあ。するとこういうことですか?」
どうやら、手紙を渡そうと街まで追いかけていったけど、渡すと決めて声を掛けようとしたまさにその時、四乃森さんがとある女の子に文を渡したようで。
「私よりっ…全然かわいくて、華奢でっ!かわ、いらしくて女の子、らしい、ひぐっ、めっちゃ、かわいい子…えぐっ!だった…!!」
「何回かわいい言うんですか。」
「だってだってぇ…!」
鼻水だらけの顔でしがみついて胸に埋めてくる名無しさん。普段なら名無しさんの黴菌が遷ると小突くところだけど、あーはいはい、と頭を撫でてやるしか出来なかった。…気迫負けというやつかな。
「もう恋なんてしないなんて!言わないよ絶対!」
「…ぼやく暇あったら鼻水拭いてください。」
がしっと捕まってるせいで身動きが取れない。
──その頃、京都の葵屋では、蒼紫から手紙を受け取ったちゃうちゃうガールズ達が、蒼紫の頼み通りに翁へとその手紙を渡していた。そう、蒼紫から手紙を受け取ったのは彼女達の中の一人だった。
つまり、名無しが危惧するようなことは何一つ起こっていなかったのである。そんなことを彼女はつゆ知らず、今に至る……
「…そろそろ、落ち着きました?」
「わかんない…」
ひしと抱きしめられ伝わる彼女の温もり。まだ離さないで、とでも言いたげに感じた。
「…わかんないはないでしょ。…今までどこ行ってたんですか。」
「…散歩。」
泣き腫らした瞳のまま笑みを浮かべてみせる彼女。それ以上詮索はしなかった。
「…で?諦めるんですか?」
「ぐすっ…」
「泣いててもどうしようもないですよ?」
「ううっ…ぐすん…っ」
しがみつく力が強くなる。背中をぽんぽん、と撫でてやると名無しさんは溜め息をついた。
「諦める…。四乃森さんのこと諦める…」
「……」
伏し目がちに、でも自分に言い聞かせるように呟く姿を見るとなんだか苦しくなる。
「……本当に、それでいいんですか?」
思わずそう言ってしまって、しまったと感じた。
潤んだ瞳が縋るようにこちらを見つめるので、咄嗟に頬が熱くなるのを感じた。
「…ごめんなさい。」
「……宗次郎が恋人だったらな……」
ぽつんと呟かれた言葉に胸が締め付けられる。
「え。」
「こういう時、甘えられるのに…」
「……」
「本当は優しくて、頼りになって…後押ししてくれて…。それでこうやって、話聞いてくれて…」
「…」
「私、宗次郎のこと、好きならよかった。」
「…っ…」
「…!!わっ、ごご、ごめんっ!」
がばっと身を離し、あたふた慌てふためく名無し。
「ごめんっっ!本っ当にごめんっ!!///なんか私っ、勢いに任せて変なこと言った!///な、なんて釈明したらいいんだろ!?本当ごめんっ、今の忘れ──」
正面から、ぐっと胸倉を掴まれ、彼の方へ強い力で手繰り寄せられる。
その所作により、必然的に彼を見上げる形になる。そのまま、戸惑う名無しの顔に影が落ち────
(──え?えっ?)
気が付くと、宗次郎の唇が重ね付けられていた。
不意打ちアンブラッセ
愛しい人への、くちづけ
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