短編集
【短編用】名前変換
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ある夏の志々雄さんのお屋敷。
名無しは台所、倉庫、居間と移りながらある物を探していた。
「あれー?おかしいなぁ…かき氷器どこにしまったのかな…?」
探しても見つからない。
心当たりはすべて見てみた。
そうなれば、第三者に聞くのが今は一番だろう。
そう思い立ち、名無しは部屋を後にした。
……………
「宗次郎、ちょっと。」
「はい?」
畳の上に俯せに寝そべっている宗次郎の後ろ姿。
何やら本を読んでいる最中らしく、そのまま寝転んだまま返事をした。
「かき氷器知らない?」
「その辺にないんですか?」
「うん。探してるんだけど見つからなくて…」
「おかしいなぁ、去年適当にしまったような気がするんですけど。」
「どこに?」
「そこら辺に。」
……。
ぱら、とページを捲る音と共に、宗次郎は足を組み直した。
「…宗次郎も探してくれない?」
「え?そんなに必要なんですか?今?」
「だってこの暑さだよ?志々雄さんも由美さんも暑いだろうし…こういう時はかき氷で涼むのが一番かなって。」
「なぁんだ。」
「なぁんだって…」
「大丈夫ですよ、志々雄さんも由美さんも。暑さには慣れっこなはずですから。」
「どういう理屈なの、それ。」
…まあ志々雄さんは体温高い上に年中包帯してるから、やっぱり暑さには慣れてるのかも。
由美さんも、そんな志々雄さんにずっとくっついてるし。
…あれ?でもやっぱり夏は暑いんじゃないかなぁ…?同じシチュエーションでも季節が変わってくるんだし…
「放っといて、一緒に涼んでましょう?」
立ち竦む私の前には、いつ起き出してきたのか宗次郎の身体。
そして。
「口開けて?」
「?…んんぅっ!?」
反射的に口を開くや否や、後ろ手にしていたそれをいきなり入れられた。
「んぅっ!」
「冷たいでしょ?」
にこっ、と笑いかけられる。
視界と共に口に広がるのは冷たい蜜柑の甘酸っぱさと清涼感。
「……んっ、っ、げほっ…!」
「ああ、もう。ちゃんと味わってくださいよー。」
「だ、だっていきなり突っ込まれたら蒸せるよ…」
それを引き抜きながら笑う宗次郎。
頭も心なしか少しきんきんする。
「本当は一人で涼んでたんですけど、名無しなら分けてあげますよ。」
「え?食べかけのこれを?」
「はい。それは名無しに差し上げますから、代わりの僕の分を台所から取ってきてください。何個か置いてありますんで。」
……。
「不服ですか?」
「……ううん、別に。」
目をそらすと、頬に手を伸ばされる。
思わず視線を戻せば優しく微笑みかけられた。そして。
「名無し、あーん。」
「?…んふぅっ!!」
口を少し開くと、さっきよりも強引にそれを咥内に入れられた。
「んっ、んぅぅ!」
「あ、名無しの不服そうな顔とか、間を置いた返事なんてちっとも気にしてませんからね♪」
「…!」
楽しむように激しく抜き差しをさせられ、何度目かでようやく解放された。
「はぁっ…!」
「素敵な顔をしてますね。」
「どこが…?」
「ここが。」
顎を掴まれ、噛みつくような、でも優しい口づけ。
離されると、ふふ、と微笑まれた。
「名無しも蜜柑の味になっちゃいましたね。」
「…なるようにさせられた、という感じ?」
「それでいいんですよ。」
淡々、と告げられる。
決して呆けきったわけではないけれども。
団扇もいるかな、と私はぼんやり思った。
「じゃあお願いしますね。」
「…はーい。」
さっきまで口に含ませられたそれを手に取り、再び味わいながら私は一端その場を後にした。
宗次郎の思考が伝染してしまったよう。
行方がわからないものを探すよりも、甘い、涼しいことを優先させよう。
涼に絆される
(りょうに、ほだされる。甘くて冷たい心地。)