短編集
【短編用】名前変換
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『ありがとうございます、名無し。』
そう言ってにっこりと微笑んでくれる宗次郎様。
たとえ特別なことではなくても、私は…。
私を疑ってください
「これで終わりですね。」
「ええ。」
問い掛けに対する名無しの頷きを見届けながら、宗次郎は刀の血を拭い鞘に納めた。
「名無し、同行ご苦労様でした。」
「いいえ…お礼には及びません。」
「ふふ、そうですか。」
相変わらず笑顔で接しつつ視線を切り離すように顔を背ける姿に、名無しは複雑な想いを抱く。
…やっぱり早々に場を離れようとする雰囲気を感じてしまう。
最近、宗次郎様に距離を置かれるようになった。
以前はもっと接してくださっていたような気がする。
特段、特別な扱いとかではなく、任務を遂行出来た部下に対するほんの情けのようなものだったと思うけれど…
…きっと、宗次郎様は儀礼的に淡々と行っていただけに違いない。
でも…たとえ宗次郎様にとって特別なことではなくても、私にはその一つ一つが嬉しかった。
「…名無し。」
「!」
名前を呼ぶ声にはっとする。
ゆっくりと振り向かれる様に思わず緊張してしまう。
「はい…?」
「……」
そのまま見つめられる。暫しの膠着状態。
「何でしょうか…?」
「…いいえ、大したことじゃありません。失礼しました。」
…情けをかけられなくなった、としたら。
もうじき私は任務から外されるようになるのだろうか。
宗次郎様の遠ざかる姿を見ていると、そのような考えばかりが浮かんできて…
「…あの、宗次郎様…!」
再度あちらに向こうとしていた動きが止まる。
「どうしました?」
「……聞かせていただけませんか?」
「なんですか?」
「私…至らないことをしてしまいましたか…?そうであれば…」
「随分と変わったことを聞くんですね。」
胸がきりきり、と締め付けられるよう。
「名無しは何も感じる必要はないんですよ?」
「…」
『改善の余地をください』…私の言葉は声にならなかった。
可笑しい、とでも言うような、弾むような宗次郎様の声に遮られて。
「心配なんて抱く必要ありませんよ。今後もこの調子でお役目お願いします。」
…何も感じずにただ命令を聞いていればいい、とでもいう宗次郎様の気持ちの表れのような気がした。
「わかりました…」
そう言葉を吐くと、にっこりと微笑まれた。
所詮、私は志々雄様の、そして宗次郎様の部下…道具。
でも、そんな形でいいから少しでもお役に立ちたい。そう願ったのは他ならない自分だ。
だから、今はとても…幸せなのに。
…なんだかとても悲しかった。
じっと堪えるようにしていたその時、
「!名無し、伏せて!」
突如叫ぶ宗次郎様の声。それでようやく背後に迫る呼吸と殺気を認知する。
「…っ!」
宗次郎様の素早い抜刀。
身を伏せた私の上空を裂く一太刀の後、どさ、と肉塊が地に落ちる音。
そして身体中に血飛沫が浴びせられる。
その一瞬の中で確かに、私は殺気を感じていた。
…宗次郎様の殺気を。
――
静かに歩み寄る宗次郎様を見て我に戻る。
座り込んだままの私にゆっくりと向けられた顔には…いつもの余裕や微笑みはなく…瞳孔は開かれていた。
「も…申し訳ありません、迂闊でした…」
「…」
背筋を冷や汗が伝う。
「残党に背後を取られたのにも気付けず…」
「…」
「ましてや宗次郎様、に…、」
突然、両の肩を掴まれる。
思わず見上げた視線のすぐ前には差し迫る宗次郎様の瞳。
「そ、宗次郎様…?」
じわじわと肩を掴む力が強くなる。
強い眼差しで見つめられ恐怖と混乱で頭が回らない。
そのまま、視線を逸らせないでいると、
「…よかった。」
「!」
優しい微笑みを向けられる。
その微笑みと穏やかな眼差しに瞬く間に頬が熱を持っていく。
「…いけませんね、僕も遅れを取ってしまいました。」
「…いえ、そんな…」
茫然としていると、宗次郎様は布を取り出して血塗れになった私の顔を拭い出した。
「!そんな、大丈夫です!」
「…なぜ?」
「宗次郎様の手が汚れてしまいますっ…」
慌てて告げるも、拭おうとする手は動きを止めない。
「あ、あの…」
「……」
視線はこちらを見つめたまま。思わずドキドキしてしまう。
恥ずかしさで目を逸らすも、宗次郎様はそのまま私を捉えたままだった。
…宗次郎様はどうしてしまったのだろう…?
いつもと違う様子に戸惑いながらも惹かれていく。
優しく触れる手に一々視線を奪われそうになってしまう。
…それ以上互いに言葉を紡ぐことはなく、一刻と時間は進む。
やがて手を止めると、綺麗になった頬に手をそっと当てて宗次郎様は呟いた。
「…名無し。」
「…?」
「僕は…わからないんです。」
「僕はなんだかおかしくなってしまう。…あなたが傍にいると。」
「えっ…」
身体が固まる。それは宗次郎様の言葉に心が不安になったから。そして、宗次郎様に抱き締められていたから。
「えっ…?そ、宗次郎様…?」
「…やっぱりわからない。」
背中にゆっくりと回される腕。
「あなたをこうしたいと思ったからした。だけど間違っているんですよね…」
「…宗次郎様…?」
宗次郎様は寂しそうに微笑えんだ。
「あなたといると…余裕がないや。」
「……」
きつく抱き締められて、そして…離された。
「…今後は志々雄さんの直下で任務をお願いします。」
「どうしてですか…?もう余計なことは言いませんし…遅れも取りません。」
「……」
「だから、ずっと宗次郎様のお傍に…」
突然告げられて。
なんだか混乱していた。
「…僕はあなたといると思うようにいかない。弱くなってしまうんです。」
「…」
「あなたを傍に置き続けられません。」
いくつかの言葉を突きつけられ、その場に立ち尽くすしかなかった。
そんな私を瞳に映し、宗次郎様はそれ以上何も言わず去っていった。
その姿を見ながら、宗次郎様の仕草に思い上がってしまったような自分を愚かしく思う。
…宗次郎様に気づいてもらいたかった。
あなたを慕っているのは、尊敬や憧れの気持ちからだけではないということを。
そんなことまで思ってしまう自分はほとほと情けないと思う。
目元から雫が流れ落ちる。
拭おうと頬に触れると宗次郎様の手の温もりが蘇り、望みもしないのに雫は溢れ続けた。
私を疑ってください
(望んではいけない、それでも欲してしまう。)