短編集
【短編用】名前変換
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その綺麗な髪や、白い肌…黒い瞳。
「…名無しさん。」
綺麗な声に優しい笑顔…そして、ちょっと困ったような表情でさえも。
「きゃっ。」
すべて、愛おしい。
そう思うのは…
「…ちょっと、宗次郎…」
「…どうかしました?」
「いきなり抱き付かないで…」
そう思うのは…重荷ですか?
──僕の恋人、名無しさんは。
「びっくりするじゃない…」
「だって…名無しさん見てるとつい触れたくなってしまいまして。」
名無しさんは…なかなか、こちらになびかない。何というか、大人だ。たしかに僕より少しだけ年上だけど。
後ろから抱きしめられたものの、そっとその腕を持ち上げて振り向く。肩の辺りに手のひらを軽く押さえつけるように宛がわれ、諭すように微笑まれる。
別に気を悪くさせたわけではない。そのことは知っている。彼女が困りながら諫めるのは。
「……」
「…理性がないわけではないですよ?だけど…」
「ごめんね、どうしても…」
“気恥ずかしくて”
頰を僅かに朱に染めながらそう囁かれた。そんな風に言われると何も手出しが出来なくなるものの…一連の仕草や表情がまた、僕のことを火照らせていく。胸が締め付けられるように苦しい。
「ここ、往来だから…」
「人は見当たりませんよ?」
「でも、やっぱり外では…ね?」
「…ふふっ、心配性だなぁ。」
肩に添えられた手。手にとって、そのままくちづけたりしたいけど…優しく解放した。触れたところが傷を負った患部のように熱くなり、やがてそれは冷めていく。
「でも。」
「?」
「私だって宗次郎のこと、大事なのは一緒だから…」
「…!」
「ね…?時と場所は弁えて。」
優しく微笑まれた。…わかっている。わかっているのだけれども。少しでも、名無しさんに近づきたい。傍にいたい、ずっと名無しさんのこと見ていたい。
「…じゃあ、名無しさん。」
「はい。」
「…手を繋いでいいですか。」
…僕が触れてもいいって、名無しさんからの確証を得ていたい。
衝動を抑え込みながら出来るだけ落ち着いた調子でそう告げた。そして、そっと触れると…ふんわりと繋がれた。
──暖かい。思わず溜め息を吐きそうになる。柔らかい名無しさんの手。
「…拗ねちゃった…?」
控えめに尋ねられる。
「いいえ、まさか……でも、ドキドキしちゃって……どうしたらいいか。」
「…可愛い。」
「え?」
頭が真っ白になる。柔らかな微笑みをまっすぐ向けられ、胸の鼓動が早くなる。
「……好きよ、宗次郎。」
(……それがいけないんですってば。)
平静を装おうとしても、やっぱり…揚がってしまうのが本音で。満更でもない様子どころか、狼狽える様子が伝わってしまいそうで。
──そんな僕の胸中を知ってか、知らずか。彼女の細い指先は優しく絡み付き…僕もそれに応える。どちらともなくしっとりと熱を持っていく手のひら。
「……つい、言っちゃった。」
「そうですか。」
「宗次郎には…恥ずかしいって言っておきながら。ごめんね…」
「いえ…僕は別に…」
言葉を濁らせる。
むしろ、もっと…そういうところ、見せてほしい。そう思ったんだけどな…。名無しさんに嫌だと思われたくないし、こうして甘えられて。思い掛けない幸せな気持ちを貰った。だから今日はこれで。
「…嬉しいです。」
「そっか…」
そよ風のように柔らかな時の中で。彼女もまた嬉しそうに仄かに頰を染めた。
──やっぱり、いいな。
あったかい気持ちになる。触れたいあまりに歯痒かったりほとばしりそうになったりはするけれども。でも、愛おしい彼女はそんな僕を……恥ずかしがってはいるけれど、優しく受け入れてくれて。
僕も、大人になりたい。名無しさんに見合うように。名無しさんに頼られるように…
「…ね、宗次郎…」
そんなことを考えていると、躊躇いがちに呼ばれた。振り向くとこちらを覗いてる名無しさんの瞳とぶつかる。
「…?なんですか。」
「今だけいい…?」
反射的に名無しさんの方に向き直ると……腕に少しの重みと、あったかい感触。
「…えっ。」
「…変ね。ちょっとだけこうしたくなっちゃったの…」
髪に隠れて表情が伺えないものの、覗いた瞳は恥ずかしげに潤んでいて。──かああ、と頬が熱くなる。
名無しさんに抱きつかれていた。
「っ、なんですか、それ…」
「…お返し?」
「……」
「宗次郎のが遷ったのかな…?大人でいようと思ってたけど…積極的に甘えてくれる宗次郎が…たまらなくって…」
熱のこもった眼で見上げられる。
「たまには、私からも。」
「…あの、えっと…」
「…宗次郎、困ってる?」
「……えっと、その…どうすればいいのか……」
まさか、名無しさんからだなんて…
思い掛けず瞳を逸らすも…紅潮した顔は隠せそうにもない。向き直って正直に告げると…
「嬉しくて、困ってます…」
「…もう。離れられなくなっちゃうじゃない…」
悪戯っぽく微笑まれ…
たまらなくて、もう一方の手を名無しさんの背に…そして流れるように、名無しさんを胸の中に抱き止めていた。
Anthurium
(アンスリウム 恋にもだえる心)