短編集
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あるがままをすべてこの瞳に映して受け入れる──それは僕があらゆる物事に寛容だという意味ではない。
ただただ実在するもの──選び抜かれたものが結果として其処に存在すると捉えるだけ。
“強ければ生き、弱ければ死ぬ”。その理念をただなぞり上げて事実として掬い上げる。
そういった取捨選択は、特段、僕にとって変わったことではない。
そうやって僕はこの修羅の世界に生きてきた。…いや、生かされてきたと言うべきだろうか。まあ、そう生きてきたのだ。
だけれども。言い知れぬしがらみに囚われてしまうことがある。それは時々、足元から僕に不安という揺らぎを与えてくるのだ。
「名無し。」
「宗次郎、ごめんなさい。例の報告書ならまだ出来ていなくて…」
「ふうん。そうですか。」
「…?どうかしたの…?」
そうやってこの世界に適合してきたのに。
「本当に…あなたみたいな人がどうして志々雄さんの下にいられるのか。僕なら…」
役に立たないなら殺してしまうのに──だけれども、せいぜい脅迫めいた言葉で彼女を脅かす、結局はそれだけに留まってしまう。
「ごめんなさい…」
「…気の利かない女性はいらないんですよ。」
どうして。名無しの表情が切なさに滲む、ただそれだけで、何故何も口に出せなくなるんだろう、手出しすら出来なくなるんだろう。
僕にとっての当たり前の言葉を当然のように吐きながら、その実、途切れそうになる思考を必死で繋ぎ止めて慎重に言葉を選んでいるなんて。
…けれども。
「…宗次郎、ごめんなさい。私いつもあなたの気に触るようで…」
「…そうですね。あなたのせいです。」
でも、もう限界だ。あなたにこうして理路整然とした態度を向け続けるのは。溢れ出しそうになる衝動な存在を否定しながら押さえ込み、平然とした笑顔を浮かべているのは。
「馬鹿。あなたになんて興味など抱かなかったのに。」
「…宗次郎…?」
「あなたはどうして…僕を乱すんですか。」
名無しの輪郭に食い込んだ指先。こちらを向かせると戸惑う名無し。そして彼女の瞳の中に映る──焦燥感に駆られた笑みを浮かべた僕。
どうしようもなく、崩れていきそうな何かを抱えているようで可笑しくて、僕は新たに笑みを象っていた。
「…ずっと、忌々しかったはずなのに。」
「宗、次郎…」
「嫌いだ。あなたなんて。」
こんなにも僕を乱す彼女が傍らにいつもいつでもいるなんて。
──あなたなんて、消えてしまえばいい。
その答を諭し続けていた僕の思考はぷつり、ぷつり、と音を立てて切れていくようで。
ずっと、均衡を保ち続けてきた僕なのに。
──世界は僕を拒むのか。
重ね付けた唇は笑みを象ったまま。こぼれる笑みとともに、僕の中の何かもこぼれ落ちていくのを感じていた。