短編集
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シリアス。※宗の幼少時代描写あり、幼児虐待描写ありなので注意。
名無しはどちらかというと感受性が豊かだとでもいうのかな。直感や感情に従って動く性分の持ち主で。
待てと命じれば待つことはできるのだろうけど、とにもかくにも感情が織り成すままに表情も行動も変遷していく。
そして、いわゆるお人好しだ。
「名無し、それは。」
「ごめんなさい…」
今日もようやく帰ってきたと思えば。
いち早く気付いた僕に大人しく謝ってきた名無し。
「……“また”、ですか。」
「…はい。」
「世話が焼けるなぁ。」
思わず息を吐いて──少し片足を引き摺っている彼女の腕を取りこちらの肩に回させる。微かに漂う血の匂いに視線を辿らせるけど、名無しは素知らぬ風な表情を浮かべて。
「でも、大したことないよ。」
「…僕より弱いくせに。」
いつものように応答して、そして笑みを返した。
浮かべたその笑みの意味を知っているのは…僕とそして名無しの二人だけ。そのまま名無しを担ぎながら一緒に場所を移した。
「後は自分で手当てする」などとぼやく名無しを少し小突いて座らせると不服そうな顔をしていたけど、構わず足をこちらに向けさせてまずは消毒を施していく。
滲みたのか僅かに顔を歪ませた彼女。
そこでようやく、僕は名無しの頭を優しく撫でた。
「…今日はどうしたんですか?」
「……子供がいたの。」
「子供……それで?」
「うん。」
名無しが何をしたのか。それは言わずもがな…彼女らしいことだと察知したけれど。
「“うん”、じゃわかりませんよ。」
「…追われてたみたい、だったから。」
沈んだ声に沿うように俯き加減になった彼女の顔。包帯を手にしてするすると彼女の患部に巻き付けていきながら。
「…その子は助けられたんですか。」
僕もまた。静かにそっと呟いていた。
少し目を丸くさせた名無し。やがてふんわりと優しい笑顔を浮かべて。
「うん、助けられたよ。」
朗らかに笑った。
僕らの付き合いは長い。
幼い僕が引き取られた先にいたのが、その場所で子供ながら住み込みの下働きをしていた名無しだった。
彼女もまた子供なりに過酷な環境だったのだろうけど、僕とは違い給金を得ている身で、それなりの処遇を受けているようだった。
ただそれだけ、少しだけ同じ環境下にいるだけだったのだけれど。
──名無しはよく僕に寄り添ってくれてた。
子供だし、雇用の関係上彼女の出来ることには限りがあったけれど。
よく殴られたり怪我を負わされたりする僕の手当てをしてくれたり、時にはこっそりと、米俵を運ぶのを一緒に手伝ってくれたりもした。
寒い日に屋内に入ることを許されなかった時には、羽織り物や暖を取るものを貸してくれたり、人目を盗んで使用人部屋に入れてくれたりした。
ある時には、自分で買ったお菓子を僕に分けてくれたことがあった。
「宗次郎、これあげる。金平糖っていうの。」
「えっ…いいの?」
「うん。」
「ありがとう、名無し。」
金平糖に瞳を輝かせていた僕を暫し見つめながら、やがて名無しが掛けてきた言葉。
「宗次郎は…もっと笑ったり、怒ったり、泣いたりしていいんだよ?」
名無しの方に視線を辿らせると、悲しいような、憤りを隠しているような、そんな笑顔を浮かべていた。
咄嗟に甘えたいと感じた思いを押し隠しながら、理性と言葉を探す僕。
「…でも、誰も許してくれないよ、そんなこと。」
「…私の前でなら、いいんじゃない…?」
「…え…?」
「私は非力だけど、宗次郎の傍にはいれるから…。いつだって宗次郎の心に寄り添って、一緒に笑ったり悲しんだり怒ったりすることはできるから。だから…」
そっと繋がれて持ち上げられた手。隙間からこぼれ落ちる金平糖。ああ、せっかく名無しがくれたのに。勿体ない。そう思った一方で暖かい何かを感じていた。
ゆっくりと彼女の方に瞳を向けると、“信じられないなら、利用してくれればいい”そう言ってのけて笑った名無し。
恥ずかしながら、少し泣いてしまったのだけれど、名無しはそれ以上は何も言わず恐らくは暖かい眼差しで見守りながら、僕の背中を擦ってくれた。
──包帯を巻き終えて結び目を作りながら囁いた。
「能天気ですよね。名無しは。」
「え?…ああ、そうだよね…」
へらへらと笑う名無し。
名無しを見ていると、いつものことだけど、こうして詰まらぬこと、一利にもならないことに首を突っ込んで…損ばかりしている彼女の生き様は馬鹿だと思うし、もう少し器用に…僕みたいに割り切って生きられないものか、とも思う。
だけど口には出さず、そっと名無しの足を包帯の上から撫でた。その様を静かに見下ろしている名無しは。
「…でもね、宗次郎。」
口許に柔らかな笑みを浮かべて、照れくさそうにだけどこちらを見上げた。
「…宗次郎が私を生かしてくれたから。だから心置きなく振る舞える…かな。」
「…それ、僕がいなければ成り立ちませんよ?…僕が助けているんだから。そういうの依存って言うんですよ。」
「わかってるって。でも…私はあの時、宗次郎がいなければ…」
僕の手にゆっくりと重ねられる手のひら。
「だから、私のやり方を貫き通すだけ、いつ死んでも悔いのないように。」
「……正しいことだとは思えませんけどね。」
頭を垂れる。そっと、名無しは僕の頭を撫でた。
──正しいことだとは思わない。ましてやそのせいで怪我をしたり…あの時のような状況や、死んでしまうかもしれないような事態を招くことだってあるだろう。僕の生き方から鑑みれば愚かなことこの上ない。
けれど、名無しのその優しさが…ずっと、何度も僕を救ってくれたから。不器用だ、馬鹿だ、愚かだと思っていたって、僕はこの先もずっと名無しだけは見捨てない。
──ずっと一緒にいたい。
いつの日か、名無しと笑顔を交えて互いに紡いだ言葉。
まだそれなりに余裕があって幸せだった頃、そのようなやり取りを蔵の中で交わし合って、小さな肩を寄せ合っていたあの頃のことを思い出した。
同時にずっと消えない記憶も蘇る。
一つは──それはある寒い夜のことだった。
何か気にでも障ることがあったからなのか、それとも当たり前のように強いられたのかは忘れてしまったけれど…覚えていたところでさしたる意味などはない。とにかくその日、外で寝ることを命じられた僕は仕方なく米蔵の方で暖を取るべく向かっていたのだけど。
──向かう途中で、女の子の泣くような声と乱雑な物音が耳に届いた。
思わず目を見張った。そして体中が強張る感覚を覚えながらも耳を澄ませる。
ほんの一瞬、自分の耳を疑ったが、その声は紛れもなく──彼女の声だった。
「…名無し…!」
何かが自分の中で切れた気がした。
弾かれたように無我夢中で駆け出した。
取り憑かれたように必死に探し回ると…
屋敷に面した物置の中で──殆ど着物を脱がされかけてぼろぼろと泣いている名無しと…名無しは怪我もしているようだった──その名無しを組み敷いて下卑た笑みを浮かべたあいつがいた。
それと、もう一つの記憶。
それから程なくしての記憶──奔る雷。激しい雨の音。そして。
全てが終わった直後のこと。立ち尽くしている僕と。しゃがみ込んで僕の着物に縋り付き、あられもない声を上げて泣きじゃくる名無し。
血塗れの僕に触れることで自分も血に汚れるなんてことは微塵も気にしていないようで。ただただ、透明に透き通った涙を流していた。ああ、名無しも血に染まってしまう、そんなことをぼんやりと思っていたけれど。
どれだけそうしていただろう。
降りしきる雨がやがて小雨に変わる頃、僕はようやく刀を置いて──震えている名無しを抱き締めた。笑顔で虚空を見上げて。
「ありがとう、宗次郎。」
名無しの呼びかけに、はたと我に返ると目の前の彼女は静かに微笑みながら僕の肩に手を置いた。
そのまま彼女はゆっくりと立ち上がろうとしたのだけれど。
制止するように腕を掴み、目を丸くさせた名無しを見下ろしながらその隣に腰を下ろした。
「…どうしたの。」
「いちいち話さないといけませんか。」
放り投げるように呟いた言葉。けれどもやり投げだったわけではなく、それすら言葉に出すのが今更気恥ずかしくもあったり躊躇う気持ちもあったから、だ。
それをも恐らく察しているんだろう。やがて名無しは優しい笑みを浮かべた。
「…ううん。別にいい。」
「そうでしょう?」
「私も多分、こうしたいなと思ってたから。」
そっと触れ合い寄り添いながら。隣り合った肩から伝わる温もりを感じていた。
いつしか片手は固く繋がれていて。
──確かに、誰かを守るということ、それも僕より弱い人を助けるということは今の僕の意に反していることだけれど。
この先誰かに咎められようとも、僕自身が僕を否定しようとも、この人は何度も僕を救ってくれて傍にいてくれたから。何があっても名無しのことは絶対に見離さない。何を捨ててでも傍にいてほしい。
繋がれた手をもう一度強く握り締めた。
名無しはどちらかというと感受性が豊かだとでもいうのかな。直感や感情に従って動く性分の持ち主で。
待てと命じれば待つことはできるのだろうけど、とにもかくにも感情が織り成すままに表情も行動も変遷していく。
そして、いわゆるお人好しだ。
「名無し、それは。」
「ごめんなさい…」
今日もようやく帰ってきたと思えば。
いち早く気付いた僕に大人しく謝ってきた名無し。
「……“また”、ですか。」
「…はい。」
「世話が焼けるなぁ。」
思わず息を吐いて──少し片足を引き摺っている彼女の腕を取りこちらの肩に回させる。微かに漂う血の匂いに視線を辿らせるけど、名無しは素知らぬ風な表情を浮かべて。
「でも、大したことないよ。」
「…僕より弱いくせに。」
いつものように応答して、そして笑みを返した。
浮かべたその笑みの意味を知っているのは…僕とそして名無しの二人だけ。そのまま名無しを担ぎながら一緒に場所を移した。
「後は自分で手当てする」などとぼやく名無しを少し小突いて座らせると不服そうな顔をしていたけど、構わず足をこちらに向けさせてまずは消毒を施していく。
滲みたのか僅かに顔を歪ませた彼女。
そこでようやく、僕は名無しの頭を優しく撫でた。
「…今日はどうしたんですか?」
「……子供がいたの。」
「子供……それで?」
「うん。」
名無しが何をしたのか。それは言わずもがな…彼女らしいことだと察知したけれど。
「“うん”、じゃわかりませんよ。」
「…追われてたみたい、だったから。」
沈んだ声に沿うように俯き加減になった彼女の顔。包帯を手にしてするすると彼女の患部に巻き付けていきながら。
「…その子は助けられたんですか。」
僕もまた。静かにそっと呟いていた。
少し目を丸くさせた名無し。やがてふんわりと優しい笑顔を浮かべて。
「うん、助けられたよ。」
朗らかに笑った。
僕らの付き合いは長い。
幼い僕が引き取られた先にいたのが、その場所で子供ながら住み込みの下働きをしていた名無しだった。
彼女もまた子供なりに過酷な環境だったのだろうけど、僕とは違い給金を得ている身で、それなりの処遇を受けているようだった。
ただそれだけ、少しだけ同じ環境下にいるだけだったのだけれど。
──名無しはよく僕に寄り添ってくれてた。
子供だし、雇用の関係上彼女の出来ることには限りがあったけれど。
よく殴られたり怪我を負わされたりする僕の手当てをしてくれたり、時にはこっそりと、米俵を運ぶのを一緒に手伝ってくれたりもした。
寒い日に屋内に入ることを許されなかった時には、羽織り物や暖を取るものを貸してくれたり、人目を盗んで使用人部屋に入れてくれたりした。
ある時には、自分で買ったお菓子を僕に分けてくれたことがあった。
「宗次郎、これあげる。金平糖っていうの。」
「えっ…いいの?」
「うん。」
「ありがとう、名無し。」
金平糖に瞳を輝かせていた僕を暫し見つめながら、やがて名無しが掛けてきた言葉。
「宗次郎は…もっと笑ったり、怒ったり、泣いたりしていいんだよ?」
名無しの方に視線を辿らせると、悲しいような、憤りを隠しているような、そんな笑顔を浮かべていた。
咄嗟に甘えたいと感じた思いを押し隠しながら、理性と言葉を探す僕。
「…でも、誰も許してくれないよ、そんなこと。」
「…私の前でなら、いいんじゃない…?」
「…え…?」
「私は非力だけど、宗次郎の傍にはいれるから…。いつだって宗次郎の心に寄り添って、一緒に笑ったり悲しんだり怒ったりすることはできるから。だから…」
そっと繋がれて持ち上げられた手。隙間からこぼれ落ちる金平糖。ああ、せっかく名無しがくれたのに。勿体ない。そう思った一方で暖かい何かを感じていた。
ゆっくりと彼女の方に瞳を向けると、“信じられないなら、利用してくれればいい”そう言ってのけて笑った名無し。
恥ずかしながら、少し泣いてしまったのだけれど、名無しはそれ以上は何も言わず恐らくは暖かい眼差しで見守りながら、僕の背中を擦ってくれた。
──包帯を巻き終えて結び目を作りながら囁いた。
「能天気ですよね。名無しは。」
「え?…ああ、そうだよね…」
へらへらと笑う名無し。
名無しを見ていると、いつものことだけど、こうして詰まらぬこと、一利にもならないことに首を突っ込んで…損ばかりしている彼女の生き様は馬鹿だと思うし、もう少し器用に…僕みたいに割り切って生きられないものか、とも思う。
だけど口には出さず、そっと名無しの足を包帯の上から撫でた。その様を静かに見下ろしている名無しは。
「…でもね、宗次郎。」
口許に柔らかな笑みを浮かべて、照れくさそうにだけどこちらを見上げた。
「…宗次郎が私を生かしてくれたから。だから心置きなく振る舞える…かな。」
「…それ、僕がいなければ成り立ちませんよ?…僕が助けているんだから。そういうの依存って言うんですよ。」
「わかってるって。でも…私はあの時、宗次郎がいなければ…」
僕の手にゆっくりと重ねられる手のひら。
「だから、私のやり方を貫き通すだけ、いつ死んでも悔いのないように。」
「……正しいことだとは思えませんけどね。」
頭を垂れる。そっと、名無しは僕の頭を撫でた。
──正しいことだとは思わない。ましてやそのせいで怪我をしたり…あの時のような状況や、死んでしまうかもしれないような事態を招くことだってあるだろう。僕の生き方から鑑みれば愚かなことこの上ない。
けれど、名無しのその優しさが…ずっと、何度も僕を救ってくれたから。不器用だ、馬鹿だ、愚かだと思っていたって、僕はこの先もずっと名無しだけは見捨てない。
──ずっと一緒にいたい。
いつの日か、名無しと笑顔を交えて互いに紡いだ言葉。
まだそれなりに余裕があって幸せだった頃、そのようなやり取りを蔵の中で交わし合って、小さな肩を寄せ合っていたあの頃のことを思い出した。
同時にずっと消えない記憶も蘇る。
一つは──それはある寒い夜のことだった。
何か気にでも障ることがあったからなのか、それとも当たり前のように強いられたのかは忘れてしまったけれど…覚えていたところでさしたる意味などはない。とにかくその日、外で寝ることを命じられた僕は仕方なく米蔵の方で暖を取るべく向かっていたのだけど。
──向かう途中で、女の子の泣くような声と乱雑な物音が耳に届いた。
思わず目を見張った。そして体中が強張る感覚を覚えながらも耳を澄ませる。
ほんの一瞬、自分の耳を疑ったが、その声は紛れもなく──彼女の声だった。
「…名無し…!」
何かが自分の中で切れた気がした。
弾かれたように無我夢中で駆け出した。
取り憑かれたように必死に探し回ると…
屋敷に面した物置の中で──殆ど着物を脱がされかけてぼろぼろと泣いている名無しと…名無しは怪我もしているようだった──その名無しを組み敷いて下卑た笑みを浮かべたあいつがいた。
それと、もう一つの記憶。
それから程なくしての記憶──奔る雷。激しい雨の音。そして。
全てが終わった直後のこと。立ち尽くしている僕と。しゃがみ込んで僕の着物に縋り付き、あられもない声を上げて泣きじゃくる名無し。
血塗れの僕に触れることで自分も血に汚れるなんてことは微塵も気にしていないようで。ただただ、透明に透き通った涙を流していた。ああ、名無しも血に染まってしまう、そんなことをぼんやりと思っていたけれど。
どれだけそうしていただろう。
降りしきる雨がやがて小雨に変わる頃、僕はようやく刀を置いて──震えている名無しを抱き締めた。笑顔で虚空を見上げて。
「ありがとう、宗次郎。」
名無しの呼びかけに、はたと我に返ると目の前の彼女は静かに微笑みながら僕の肩に手を置いた。
そのまま彼女はゆっくりと立ち上がろうとしたのだけれど。
制止するように腕を掴み、目を丸くさせた名無しを見下ろしながらその隣に腰を下ろした。
「…どうしたの。」
「いちいち話さないといけませんか。」
放り投げるように呟いた言葉。けれどもやり投げだったわけではなく、それすら言葉に出すのが今更気恥ずかしくもあったり躊躇う気持ちもあったから、だ。
それをも恐らく察しているんだろう。やがて名無しは優しい笑みを浮かべた。
「…ううん。別にいい。」
「そうでしょう?」
「私も多分、こうしたいなと思ってたから。」
そっと触れ合い寄り添いながら。隣り合った肩から伝わる温もりを感じていた。
いつしか片手は固く繋がれていて。
──確かに、誰かを守るということ、それも僕より弱い人を助けるということは今の僕の意に反していることだけれど。
この先誰かに咎められようとも、僕自身が僕を否定しようとも、この人は何度も僕を救ってくれて傍にいてくれたから。何があっても名無しのことは絶対に見離さない。何を捨ててでも傍にいてほしい。
繋がれた手をもう一度強く握り締めた。