短編集
【短編用】名前変換
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──名無しさんには困ったものだなぁ。
時計の針が刻む時間を見届けて、宗次郎は溜め息を漏らした。
やはり自分としては…部下がいつまで経っても任務から帰ってこないというのは他の業務の進捗に差し支えが生じることに繋がるので少々困るし…
ましてや、その彼女が恋人でもあるのだから──どれだけ心配なのかなんて言うまでもない。
(そこまで手間取る仕事ではないと思うんですけど…)
彼女の腕は信頼している。
けれども、気の優しい名無しは、少々情に絆されやすいところがある。そこを利用されて敵の手に落ちるなんてことは…ないものだと考えたい。
一刻も早く戻ってきて安心させてほしいところなのだが…
「!」
「宗次郎、ただいまぁ~。」
「…名無しさん。」
いやに間延びした様子の彼女の声が響く。
おかしいと直感した。
建前上、公の場では名無しには自分の下の名前を呼ばせないでいる。それは宗次郎が志々雄の側近を務めており、おいそれと周囲に隙を見せてはならない身だからだ。
なのに…
「宗次郎、任務ちゃんと終わったよー!」
「名無しさん…」
場違いな朗らかさに少々訝しげに彼女を見つめると、
「やら、宗次郎怖い顔。」
「……」
けらけら、と楽しそうに声を上げた。
思わず押し固まるも、彼女は気の抜けたような、しゃっくりのような声を漏らす。
加えて、半分呂律の回っていない状態。言わずもがな…
「…名無しさん。酔ってるでしょ。」
「え!そんなことないよ~?」
「酔ってますね。」
「酔って、らいもん。」
「どこで何してたんですか。」
「えっとね、任務終えて鎌足さんと張さんと飲みに行ってた!」
「飲んでるじゃないですか…」
「飲んだよ!けど酔ってないもんー。」
ふにゃふにゃ、と溶け出しそうな満面の笑み。何一つとも悪びれずに言ってのけた彼女にさすがに眩暈を感じた。
「…酩酊状態じゃないですか。若い娘さんのくせして恥じらいもなく、僕の目の届かないところで…」
「…ううん、宗次郎…お部屋にお水持って来てちょうだい…」
「はあ、はい。」
いくら呆れ返っているといっても、いつ倒れ込んでもおかしくないような状態の彼女を放っておくわけにはいかない。
水を取りに部屋を出ようとしたのだが。
「宗次郎…」
「はい?」
背後で聞こえた衣擦れの音に名前を呼ぶ声。振り向くと。
「……!」
「ふふっ。」
唇の端に軽く小さく、口吻を落とされた。そして、するりと僕の着物の袖を握る指先。
思いがけず、あまりにも簡単に施されてしまったものだから瞬きをしてると。
──仕掛けておきながら顔を赤らめ、照れたように微笑みかけられた。
「…自分からしておいて照れてるんですか?」
そう言葉を放つと、片手で自分の口を覆いながら、どこかしら悪戯っぽい笑みを浮かべて見つめられる。
「……素面だと恥ずかしくてできないから、今ならいけるんじゃないかなって思い切ってみたけど…やっぱり恥ずかしかったぁ…!」
「なんですか、それ。
…やっぱり酔ってるじゃないですか。」
「自分から行くのは、やっぱり恥ずかしいもん…!」
「そっかぁ。」
名無しさんをじっと見つめる。
「さっきの、嬉しかったんだけどな。」
「…あっ、そう…だったんだ。」
「…可愛かったですよ。だから恥ずかしがらないでもっとしてくれていいのに…」
無意識に逃れようとする視線を逸らさせないように目を合わせていく。
「僕はいつでも歓迎なんですけどね?」
そう告げると名無しさんは目を大きく見開いて硬直した。
袖を掴んでいた腕をそっと手繰り寄せ、さらに顔を近付ける。
「……もっとしてほしいなぁ、名無しから。」
「…!」
息を飲む声。
明らかに動揺している彼女を前に楽しみながら、様子を伺うように覗き見、少し声の抑揚を落とす。
「…できないですか?」
「えっ、その…」
「酔ってるんでしょ?ならさっきみたいにできますよね。」
「…よ、酔ってる…けど…」
「…ここ。」
己の唇を指先でなぞる。
「さっき名無しが触れたところよりもう少し横…今度はここにしてほしいなぁ。」
「あ…」
「ねぇ…お願い…?」
目を細めて微笑みかけると、一呼吸置いて。
「…っ…!」
名無しからの口吻。
きちんと場所を確かめられるようにこちらを見て唇を寄せた彼女だったけど、触れた瞬間、強く目を瞑ってしまった心内を思うと愛らしくて何も言えない。
──そっと、彼女の頬を手のひらで撫でて包み、そして瞳を閉じた。
「…はあ…っ…」
「…今度は上手にできましたね。」
息を整えるのに精一杯な名無しが可愛くて、そう感じるままに僕は手を伸ばしていた。
「……お返し。」
にこ、と笑いかけてその体を抱きしめると、泣きそうなくらい顔を真っ赤にさせて困り顔になる名無し。
「あ、あの、身が持たない…」
「何言ってるんですか。…お楽しみはこれからでしょう?」
「…!」
「名無しがおねだり聞いてくれたから…僕もちゃんと責任取りますよ。ね?名無し?
──それに…こんな夜分まで出かけて心配かけた分のお仕置きもしないといけませんよねぇ…?」
「…あの、どうかお手柔らかにしていただけないでしょうか…?」
──それはできない約束ですね。
慌てふためく彼女に口吻を落とし、静かにそう囁きかけた。
君のすべてが可憐だと
(でも大丈夫、可愛がってあげますから。)
(…えぇ…///)
* * * * *
『鎌足さん、張さん、名無しさんに何をけしかけたんですか。』
『あ、ばれた?』
『別に鎌わんやろ、付き合ってるんやさかい。』
『楽しんでるところありますよね?やめてください。』