短編集
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──春爛漫。あたたかな陽気と色香に逆上せながら。
幸せのなか、あなたとずっとこのまま…
「あ、咲いてますね。」
「わあっ…綺麗…!」
辺り一面に広がる桜並木。見渡す限り、見上げる限り桜色の風景と香りに包み込まれる。
その情景に圧倒されながら名無しは再度感嘆の声を漏らした。
「満開だね…!すごい…」
季節は春を迎え。
──せっかく見頃を迎えたのだから桜を二人で観に行きたいという彼女の一声で今日という日が実現したのだけれど。
予想以上に満面の笑みを浮かべて感動の溜め息を漏らす彼女に宗次郎はにこりと微笑みかけた。
「よかったですね、名無しさん。」
「うん!」
──満開の桜の、素晴らしいこと。
名無しは幸せを噛み締めていた。良い時季に来ることができてよかったと。そして、この風景を大好きな彼と一緒に見ることができたこと。
春の嵐と云うのだろうか、一際強く風が吹き付けて桜木の枝を軽く揺らしていく。
散らばり広がる桜の花びらがまた一層美しかった。
「…わっ。」
「あ、名無しさん。桜いっぱい付いちゃいましたよ。」
無邪気に笑いかけながら、落ち着き払って触れてくる手。
思わず胸が高鳴った。
「はい、これでよし、ですね。」
「あ、ありがと…!」
まだ、心臓の鼓動が早いけれど。
露知らず、を装いながら名無しは桜に目を向けた。
知ってか知らずか、宗次郎は微笑みを浮かべたまま。隣を歩く。
「今の綺麗でしたよね。」
「だよね、私…桜吹雪って初めて見たかも…!すごかったよね!花びらが次々と…!」
歩き続けるなか、桜色の風景は尽きることなく。再び押し寄せる感動に名無しの心は魅了されていく。
「わあっ、本当に…綺麗…!」
「そうですね。」
ふと──慌てて我に返った。
自分だけ舞い上がり気味で。思わず深く見入ってしまって、宗次郎のことを置いてきぼりにしてしまってるような。
宗次郎と“一緒に”桜を楽しみたいと言ったのは自分なのに。その誘いに宗次郎は嫌な顔一つせずに乗ってくれたのに。
──それは“恋人”として、どうなのだろう。名無しの思いはそのような処に行き着いた。
「…宗次郎、なんかごめんね。」
そう呟くと振り返る綺麗な顔。
少し眉を上げたためか只でさえぱっちりと大きめの眼は見開かれ光を宿している。そうしている彼にまた桜の花びらが降りてきたりするものだから、思わずその美しさに見惚れてしまいそうになる。
「…私、はしゃいじゃってて…」
「いいんじゃないですか?」
「落ち着きがないかなぁって…」
「…またあなたは。小さなことばかり気にかけてますね。」
──完璧な、宗次郎の隣にいたいから。
「ううん、独りよがりな気が…」
「ふうん…そういうものかなぁ?」
宗次郎は優しく微笑みかけた。
「名無しの好きなもの見たいもの、見れて嬉しそうにしてる名無しが好きだからいいんです。」
──そう言って、彼女の左手に己の手を重ねた。
「さ、行きましょう。」
「…うん。」
「僕はそんな名無しの姿を見れるのが、とても嬉しいんですから。」
頬を桜色に染め上げる名無しに暖かい眼差しを向けながら微笑みかけ。
春の陽光に照らされた小道へ歩を進めた。
繋いだ手に感じた幸せは永遠に。