短編集
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彼女は、僕の笑顔が好きだなどと言う。
僕にとっては、名無しの笑顔の方がずっとずっと素敵だと思うのにな。
彼女は様々な人に笑顔を向ける。その笑顔は朗らかでたおやかで。周りの人も釣られて笑顔になる。そういう時、名無しは心の底から楽しいんだろうな、と感じる。
僕に向ける笑顔だって、そう。時にはちょっと照れたり涙ぐんだりしながら。時には狼狽えたりしながらも、でも僕の手を握り返したり、そっと彼女に触れた僕の手を愛おしそうに見つめたりしながら、心の中のものを滲ませるようにしてこちらに笑いかける。
そんな名無しの笑顔には、時には眩しさすら感じる。
──僕の笑顔とは違うと思う。
僕の笑顔には何も込められていない、何もない。ただただ取り繕っただけの、色んなことを難なく捉えるためだけの笑顔。
それについてとやかく考えることはしてこなかったけれど、名無しの溢れんばかりの笑顔を前にすると、その意味を考えてしまう時がある。
そんなことを彼女に告げたら。彼女は少し悲しげに眉を寄せたけれど。
「…私はそんな宗次郎の笑顔に心を奪われたんだよ。」
優しい笑顔を浮かべた。
「綺麗だなぁって。いつでも穏やかで冷静で、強くて。そんなあなたの笑顔だから惹かれたんだと思う。」
「……本当ですか?」
「本当。ずっと、憧れでした。」
──そっかぁ、そうなのか。
「だけど、」
「はい?」
「時には休んでもいいんだよ。」
「…?」
「ううん、何でもない。」
綻ぶように微笑みをこぼした名無し。
その時、なぜか顔を見られたくないと感じて。
名無しを自分の胸に抱き寄せた。
「…宗次郎?」
「名無し。少しだけ、こうさせてください。」
「…うん、大丈夫だよ。大丈夫だからね。」
背中に添えられた名無しの手は暖かかった。
あなたは僕のすべてを受け入れて、こんな笑顔を好きと言ってくれるけど。
──いつか僕も名無しみたいに笑うことができればいいなぁ。
名無しみたいに優しくて暖かくて…そんな風に笑える時を僕もいつか。
微笑みの在り方
(あなたの笑顔が、あなたの心が、好き。)