短編集

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うっかり…そう、うっかりだった。

宗次郎は一応、私の上司で。けれど私と同年代の宗次郎は、以外となんでも話を聞いてくれる存在でもあった。

──実にあっけらかんとしてるので、聞いた話をすぐ忘れるようで「ああ、そんなこともありましたよね」と言われることも多かったけど、私にとってはさして問題ではなかった。


そんな調子の間柄だったので、顔を合わせれば世間話やお菓子の情報交換やお茶をするばかりだった。

その時も、二人きりで他愛ない時間を過ごしていたんだけど。なぜか、つい。



「宗次郎のこと好き。」



──本当はずっと、この先もずっと、宗次郎には言わないでしまっておくはずの想いだった。
はっと我に返り、慌てて取り繕うとしたけれど。



名無しさん…僕のこと好きなんですか…?」



ぱちぱち、と瞬きをしながら、呼吸を忘れたかのようにこちらにまっすぐな視線を向けた宗次郎。
笑みはなくて、ただただ驚いてしまっている──そんな表情だった。
その宗次郎の顔が忘れられない。


(あ、やっぱり私は、この人の心の中にはいないんだ。)

そう感じた。



自然と笑顔を作りながら、


「そうそう好きなの。好き、大好き。宗次郎は優しいし、お茶菓子美味しいの教えてくれるし。」



好きを連呼することで打ち消そうと試みた。
言葉に自分の想いは重ねないようにしながら。だって、みっともない。



「今更だけど、“宗次郎話しやすいし、好き”って思ったの。」

「そうなんですか。」

「うん。」







内心、宗次郎はやれやれと溜め息をついた。

──にこにこと告げてくる名無しさん。
とっても可愛いんですけど……いや、名無しさんは可愛い人なんだから。何も悪くない。仕方ない。でも。



(…早く僕のこと好きになってくれればいいのにな。)



まだもう少し時間がかかりそうだと思っていた。
それがまさか、いきなり好きと告げられたためびっくりしてしまった。けれど…僕が名無しさんに抱いてる“好き”とは違ったみたい。


(やっぱり僕からもう少し近付いた方がいいのかなぁ…いっそ好きって言ってもいいんだけど…けどこの調子だと、きっと名無しさん困ってしまうだろうからなぁ…)



もう少し、機会を窺うか──

普段名無しさんと楽しく茶会をしている時のように笑いかける。けれど。





「…名無しさん。」


告白なんて困らせる言葉は言わないけど、せめてほんの少し、僕の気持ちを──今は気付かれなくてもいいから、ひっそりと伝えてもいいですか。



「僕も名無しさんといると楽しくて、好きだと思っていますよ。」



──今はこれでいいや。少し気恥ずかしくなってしまったけど。

誤魔化すようにあはは、と明るく声を放って名無しさんを見ると。



「……っ///」



名無しさんは大きく目を見開いて、そして何かに耐えるように唇をきゅっと結んで。
そして、みるみるうちに頬が赤く染まっていった。



名無しさん?どうしました?」

「…えっ?……なにがっ…?」

「顔…すごく真っ赤ですけど。」

「え、気のせいじゃ、ないかな…」



必死に何かを隠そうとしてるみたいに。噛みながら濁すように答える。

何を慌てているんだろう?何を隠そうとしてるんだろう。さっきまでは普通だったのに。


──僕は何か言ってしまっただろうか。好きという言葉は伝えたけど、“名無しさんを女性として好きだ”なんて本心は告げちゃいない。



………あ。さては。



「…名無しさん。僕のこと何か意識してます?」



僅かに瞳孔が開いたかと思うと、さっと目線を外される。
けれど僕がじっと眺めていると、罰が悪そうに僕の方へ目線を戻して「そんなことないよ」と言う。

──それらはあっという間の時間での出来事だったんだけど。


…わかっちゃいました僕。



「…なんでもないの、大丈夫。」

名無しさん。」



そうとなれば。この機会を逃してなるものか。

落ち着かせるように名無しさんの両肩にそっと手を乗せると、一瞬震えはしたけど硬直したように大人しくなってこちらを恐る恐る見上げる。



「宗次郎…?」



──まっすぐ視線を向ける。



「…逃がしませんよ、ずっと名無しさんのこと好きだったんですから。」

「え。」

「好きでは収まらないくらい、あなたのことをずっと想ってます。あなたのことだけを。」

「…!」



驚いて見開いた瞳。思わずその仕草に笑みをこぼす。可愛いなぁ。



「宗次郎、本当に…?」



信じられない、と呟いた彼女の顔は“信じたい”と言いたげにこちらを見上げていた。



「本当です…一緒にいる時間がほしくてお話ししてたんですよ。あなたに、少しずつでも近付きたかった。少しずつでも好きになってもらいたかったんです。」

「うそ…」

「…何の下心もなく、名無しさんに接していたと思ってましたか?」

「……うん。」



躊躇いがちに、こくこく、と首を縦にする名無しさんを笑顔で見守る。



…言いながら、さすがにこちらも恥ずかしくなってくる。

けれど──
今まで名無しさんを待っていたつもりだったけれど、いつの間にか…そう、いつからだったのか。実は名無しさんを待たせてしまっていた。その事実が僕を駆り立てる。


名無しさんはまだぎこちないけれど、頬を赤らめて柔らかな笑顔を浮かべて。やがて、“そっか”と嬉しそうに笑った。



「…お菓子がなくても名無しさんといたいってことです。名無しさんはお茶菓子がないと駄目ですか?」



恐らく伝わっているとは思う。

けれど冗談めかして笑いながら問いかけると、名無しさんは恥ずかしそうにまた笑った。



「お菓子なんてなくても宗次郎が好きです…!」



互いに顔を寄せて笑い合った。





閉じておいた夢が芽吹くまで




(そっか、私を待ってくれてたんだね。私も実はずっと宗次郎のこと好きだった。)

(…いつから?最近でしょう?)

(……ずっと前から。宗次郎の下についてから間もなかったと思う。)

(…ほぼ同じ時期からだったみたいですね。)

(え?)

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