短編集

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「…瀬田様?」

名無しさん。」


──この部屋に趣いた理由を聞きたいのでしょう。
机に向かっていた名無しさんはすぐにこちらへ振り向き手を止めた。

どんなに仕事を抱えていても、またはその最中で忙しくしている状態であろうとも。名無しさんは愛想を放棄することなどはしない。
確かに僕は志々雄さんの側近で──彼女はというと、頭が切れる方とは言っても結局は替えが効く一介の戦闘員に過ぎない。そのような立場があるので、その反応は至極当然と言えばそうかもしれないけれど。

けれど、いつだって僕を見る瞳は真っ直ぐだったし、受け答えもその都度丁寧なものだった。周りの人達曰く「誠心誠意込めて接している様は好感が持てる」とのことらしいけど、これがそういうことなのかな、と思ってみたりする。
今も彼女の両の目は真っ直ぐと僕の姿を映している。



「何でしょうか?瀬田様。」

「大丈夫ですか?様子が気になってしまって。」

「ああ、順調ですよ。あと数刻もすれば終わらせられます。」


──進捗を、告げられた。


「そうですか。」

「すみません、まだ上がらないから気にされてますよね。わざわざ確認を取らせてしまって申し訳ありません。」

「いえ。ちょうど近くを通っただけですから、ついでに。」


我ながら、笑顔で取り繕うのは上手だと思ってしまう。
そんな僕の気持ちなんてよそに、名無しさんはにこ、と微笑んだ。



「…志々雄様もですけれど、瀬田様もとても尊敬しています。上に立つ方でいらっしゃるにも関わらず、こんな配下の者にまで気さくにお言葉を掛けてくださるなんて。」

「いえいえ、志々雄さんはともかく、僕はそれほどでもないですよ。」

「そんなことないですよ。」



謙遜と捉えたのだろう、また目を細めて笑う彼女。

名無しさんに伝えた“それほどでもない”という台詞。それは半分は正解で、半分は不正解。

志々雄さんが気に入っている人だから、邪険に扱う道理は僕にはない。その摂理も少なからず働いているのだから、だから純粋な“気さくな人”といったものには当て嵌まらないのであって。だから“半分は正解”。

もう半分の不正解…それはきっと、名無しさんには気付かれないことでしょう。



「──瀬田様こそお忙しいでしょう?何か…私でもお手伝い出来ることがあるようでしたら、お申し付けください。」

「…あなたは、本当に一生懸命ですね。」

「…この命は志々雄様や瀬田様の為にありますから。」


ほら、また。


「──せっかくですけど、今は間に合っています。お気持ちだけ頂戴しておきますね。」

「…そうですか。また、いつでも言い付けくださいね。」

「はい。」



眉尻を下げて微笑むあなたをもっと見つめていたかった。

…部屋を訪れた時、あなたは進捗のことを報告してくれたけど、本当に気になってたのは、きっと名無しさん自身のことで──
そんなこと、志々雄さんの右腕の僕が言えただろうか。

あなたは、僕が自分を気遣ってくれてるという意味の言葉を口にしたけれど。
本当はあなたと話がしたいから、だから構うだなんて──きっと名無しさんは気付かないだろう。いや、気付かれたくなんてないけれども。

どうしてなのかな、胸の奥が締め付けられているように苦しいのは。



「──それでは、僕はこれで。」

「…あ、待ってください、瀬田様。」

「はい?」

「宜しければ…お召し上がりになりませんか?」


呼び止めて、そしてさっと何かを取り出す名無しさん。



「…お饅頭?」

「本日、任務の折に街に出たので皆様と…瀬田様にと。すみません、本当はこの報告書が出来次第お持ちするつもりだったのですが…宜しければ、お先に。」

「いいんですか?」

「はい。」

「…では、有難くいただきますね。」



一つ一つ個包装されている菓子の中から一つを取り上げ、包装を解いていく。
そして、口にした。


「…お味はいかがでしょうか?」

「うん…美味しいです。」

「よかった…瀬田様は甘味にお詳しいみたいなので、満足いただけるか不安だったのですが、よかったです。」

「…ひい、ふう、みい…」


名無しさんが持ったままの箱の中、菓子の数を指差し数えていく。


「?」

「…もう一ついただいても…?」

「!ええ、どうぞ!」


嬉しそうに、とでも言うのだろうか、にこにこと笑みを浮かべる名無しさんを見て少し何かが満たされた気がした。

もく、と口にして再びその味を、食感を味わっていたのだけれど。
今思うに、多分それは決して唐突なものではなかったのだろうけど──名無しさんが呟いた。



「こんなこと、私などが申し上げても良いのか分からないのですが…瀬田様…何かございました?」



一瞬、固まりそうになるのを、なんともないという様に装いながら彼女に視線を向ける。
──なんともない。別に、何も。
いつだって、このひと時だって僕は。

口内に広がる甘味と風味を咀嚼しゆっくりと咽に嚥下させながら、ひとしきりの動揺もすべて流して。唇を開いた。



「何かって?」

「…いえ!…もしかすると、お疲れなのかなと思った次第です。…いつもお出掛けされていることが多くあられるので。無用な心配でしたら申し訳ありません、忘れてください。」

「僕なら大丈夫ですよ。気に掛けてくれてたんですね、ありがとうございます。」



にこ、と微笑みかける。
己の思い違いだと判断した名無しさんは顔を少し赤くさせている。

──思い違いではないですよ。多分。

そんな台詞をこっそりと思い浮かべながら、何故か胸の鼓動が速いことを感じ取っていた。





そうやって部屋を後にしたけれど。
扉を閉めたところで。


「はぁ……」



思わずため息を吐いてしゃがみ込んでしまった。

そして手のひらで額を押さえ込む。髪がくしゃ、となるけれども、どうだっていい。
ただ、ただ。嘆かずにはいられないだけ。

──何を、乱されているんだろう。


「……どうってことないのに。なんだか難しいや。」


笑いながら呟いた。







この愛がどこに続くのかは誰もまだ

──どんなに上手に隠しても。



(…瀬田様、いつもと変わりない笑顔のはずなのだけれど、なんだか少し元気がないというか…寂しげに見えてしまうのはどうして…?)

(名無しさんのことを想うと居たたまれなくなる、だなんて。)


■こちらのタイトルはまばたき様よりお借り致しました。
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