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「仁王くん、これ返すね」
駅に向かう途中、藤森に紙袋を渡された。
入っていたのは俺が貸したジャージだった。
「洗えてなくて申し訳ないけど」
「そんなん別にええよ。邪魔だし捨ててっても…」
「まだ使えるのにもったいないよ。お家でお母さんに洗ってもらって」
「…なして。俺に、帰れ言うんか」
「そうだよ。ここでお別れだよ」
繋いでいた手が離される。
急に温もりを失った手が震えた。
俺は今、どれほど情けない顔をしているんだろう。
「さようなら、仁王くん」
大きな瞳が俺を映す。
真っ直ぐで揺るがない目。
自分が守るべきだと思っていたか弱い藤森は、そこにはいなかった。
「なして、そんなこと言うんじゃ。俺も一緒に行く。1人でなんか行かせられん」
「ありがとう。そう言ってくれただけで嬉しいよ。でも仁王くんには帰らなきゃいけないところがあるでしょ?だからダメだよ」
「…」
「心配しないで。できるだけ遠くに行ったら、上手いことどこかの施設に入り込んでみせるから。ね?」
まるで小さい子供に言い聞かせるように藤森は言う。
自分だって子供のくせに。
寂しがりで甘えたのくせに。
わかってる。
俺たちはただの中学生で、子供だけで逃避行をしたところでなんの意味もないなんてこと。
俺がついて行ったところで、何の役にも立たないこと。
わかっていても、やりきれない。
ただ彼女を1人にしたくなくて、一緒にいたいだけなのに。
「…すまん」
「なんで謝るの?」
「俺はなんもできん。何もしてやれん」
「そんなこと言わないで。私が死にたいと思った時も、死にたくないと思った時も、助けてくれたのは仁王くんだよ」
藤森はうなだれていた俺の顔を両手で包み、自分の方に向かせた。
夜風で少し冷たくなった頬が、じんわり温かくなる。
その温もりが愛おしくて、自分の手もそっと重ねた。
「好いとぅよ」
「私も仁王くんが好きだよ。大好き。仁王くんがいたから頑張れたの。仁王くんがまた明日って言ってくれるから、明日が楽しみだった」
「藤森」
「だからお願い、またなって言って。そしたら私、また頑張れるから」
「…わかった」
藤森の後ろで流れ星が走った。
また一つ、今度は別の方向へ。
「いつかまた、仁王くんに会いに来てもいい?」
「ああ、もちろんじゃ。いくらでも待っててやるき」
「ありがとう」
「俺にはそれくらいのことしかしてやれん」
「ふふ、それで充分だよ」
「それまではヘマして連れ戻されんように頑張りんしゃい」
「うっ…もしすぐ戻って来ちゃったら慰めてね」
「どうかの。腹抱えて笑うかもしれんのう」
「ひどっ!悔しいから絶対戻って来ない!」
頰を膨らましてそっぽを向く藤森がおかしくて、つい吹き出した。
それを見て彼女も安心したように笑った。
「またな藤森」
「うん。またね、仁王くん」
まるで明日も会うかのように。
いつものように手を振って俺たちは別れた。