重ね傷
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繋がれていた腕が解放された。
手首を見ると、赤くなっているものの傷はない。
どうやら蓮二は私に傷をつけないということに強いこだわりがあるらしい。
そういえば、私の身体を拭く時にも、怪我をしていないか隈なく確認していた。
…バカみたい。
心はズタボロになるまで傷つけておいて、見た目の傷ばかり気にするなんて。
こうして得られたのは、望みよりもだいぶ小さな自由だった。
今までギリギリ保っていた心が、ついに崩壊し始めたのを私は感じていた。
「何か食べたいものはあるか?」
食事を用意しても少ししか手をつけない私を見かねてか、蓮二はそう聞いてきた。
食べたいものなんてない。
空腹なはずなのに、食欲がないのだ。
口に入れても味を感じられない。
噛んで飲み込むことすらも疲れてきた。
私は本当は食べたくもないくせに、「ナポリタン」と答えた。
今まで和食を出されていたから、当てつけのつもりだった。
「そうか。少し待っていてくれ」
蓮二は私の頭を撫でて、キッチンに向かっていった。
私はベッドに横たわったまま目を閉じて待っていた。
「口に合わなかったらすまない」
食器を置く音で、再び目を開けた。
ケチャップの香りが鼻をかすめるが、やっぱり食欲は湧いてこない。
蓮二は私を抱き起こし、フォークを握らせた。
「ほら」
「……」
食べるよう促されたが、私はフォークをじっと見つめていた。
鋭利な先端。
これを自分に突き刺したら…蓮二はどうするんだろう。
傷1つもつかないよう厳重に管理している物に、消えない傷跡を残してやるのだ。
怒るのか、悲しむのか。
怒ればいい、悲しめばいい。
思い通りになんてさせてやらない。
「どうした?」
なかなか食べないことを不思議に思ったのだろう、蓮二が顔を覗き込んできた。
その瞬間、私は剥き出しのままの腿に、フォークを振り下ろした。
「あ"あっ!!」
あまりの激痛。
思わず悲鳴のような声が出た。
フォークを引き抜くと、3つの点からみるみるうちに血が溢れ出てくる。
「何をするんだ!!」
蓮二はフォークを取り上げ、必死に傷口を抑えた。
それでも隙間から漏れ出してくる赤。
ああ、おもしろいくらいに動揺してる。
なんだか笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ…」
「美春?」
「あはは!」
止まらない。
狂ったように笑い続ける私を、蓮二は困惑したように見つめている。
予想以上の痛みと出血量、今まで溜まった疲労と空腹によるものか、しだいに目眩がしてきた。
「美春!」
目の前がぐるぐる回る。
遠のく意識の中で、繰り返し呼ばれる自分の名前が聞こえていた。