終焉の刻
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「ゆき…」
心から、恋慕う人の優しい囁きで、瞼を開けた私。
ゆっくりと辺りを見回す。
「風間さん…?」
私の名を呼ぶ、愛おしい人の声が、確かに聴こえた筈なのに、その姿はどこにも見当らない。
それどころか、目に映るのは果てしなく続く闇。
音もない漆黒の世界。
「私…」
記憶の断片が、頭を過る。
あの時、平助君を庇った私は、複数の敵に斬りつけられた。
酷く傷付いたような表情を浮かべ、風間さんがゆっくりと歩んでくる。
そんな彼を視界に納め、彼の名を口にした瞬間、私は意識を失った。
伏していた身体を起こし、立ち上がる。
もう一度、辺りに目を凝らしてみたが、何度見渡しても、静寂に包まれた暗闇が、悪戯に広がっているだけの場所。
不意に、何かの気配を感じた。
それは、何度も夢に見た、あの日の炎。
「これは…夢…」
私は、恐る恐る歩を進めた。
目の前に現れたのは、血に染まった懐かしい風景。
地に伏した、沢山の同胞の中に、両親の姿を見つけた。
「…雪村…綱道…」
両親の亡骸の傍で、こちらを見据える男。
「ゆきか…まぁいい…何故お前がここに居るのかは知らんが、早く戻らねば永遠に帰れなくなるぞ…」
何故こんな場所に。
「貴方は…ここで何を…ここは…私の夢の中の筈…」
私の問に、僅かに微笑んだ綱道は、ゆっくりと歩き出した。
「まだ青臭い歳の頃の話だ…初めて人の町に降りた日…俺は、一人の女と出会った…無表情で、口数の少ない俺とは違って、よく話し…よく笑う器量の良い女だった…人間である事以外は、完璧だった…」
男は自ら、自身の過去について語り始めた。
「愛していたんだ…心から…二日と空けずに町へ降り、逢いに行った…俺は女も同じ気持ちだと思い込んでいたが…違った…俺の知らない間に、別の男と通じ合っていたんだよ…」
立ち止まり、振り返った綱道。
「まさか、そんな相手がいるなんて微塵も考えてはいなかった…!怒りに支配された俺は…二人を殺そうとしたが…勘付かれたんだろう、上手く逃げられ…どれだけ探しても、見つからなかった…」
瞼が切ない影を落とし、泣いている様にも見えた。
「その頃だよ…俺が全てを支配する…新たな鬼の国を創ろうと考え始めたのは…本家の血を継ぐ双子が誕生した時は、心から喜んだ…理想の国を創るのに必要な純血の鬼…それが、二人も産まれたんだ」
自分勝手で、可哀想な男。
「薫君が、あんな風に変わってしまったのも…あなたのせいなんですね…身勝手な野望を叶える為…」
拳を握り締め、男を見据える。
「俺が憎いだろう…ゆき…だが、俺は鬼としての誇りなど、とうに失っていたんだよ…愛する女に裏切られ、誰にも愛されないと悟った時にね…欲しいものは、力で手に入れる…そう考える事しか出来なくなっていた…」
遠くを見つめたまま、言葉を続ける綱道。
「薫と千鶴が大きくなるに連れ、お前達…総本家の連中が、邪魔な存在だと気づいた…お前達がいる限り、俺が全てを支配することは出来ない…できるだけ自然に消そう…俺だと気付かれないように…そう考えた…」
自然と、溢れる涙を堪える事が、出来なかった。
「許せない…貴方を…許すことなんて出来ない…」
私から、全てを奪った仇。
「許さなくていい…当然だ…何より、大切なものを奪ったんだからな…」
一点を指差し、微笑む男。
視線の先を辿る。
そこには、暖かい光が満ちていた。
漆黒の闇の中、異様な程に輝く、美しい光の渦。
「この光は…」
優しく微笑みながら、綱道は言葉を紡いだ。
「帰るんだ…俺が侵した罪を、許すことなく…気高く、他に媚びず、誇り高く、全ての鬼を正しく導く統率者になれ…愛する男と共に…お前なら…なれる…」
今更、もう遅い。
「貴方にそんな事言われたくありません…!」
どうしたって、手遅れなのに。
「お前なら…創れる…新しい時代と共に、鬼が平和に暮らせる、理想の里を…人間に利用されることの無い、誇り高い鬼達の里を…」
彼もまた、一人孤独に、耐えていたのかも知れない。
有り触れた日常。
そんな普通の幸せを望んだ、極々普通の男だった綱道。
「ならば…貴方はそれを見届けてください…この暗い闇の中、永遠に一人で…寂しくても、逃げずに見届けてください…それが、貴方の償いです…」
決して許しはしない。
けれど。
私は、頷く男を視界に捉え、緩やかに、渦を巻く光に向かって身を翻した。
「ゆき…お前を護り、育てた夫婦が…!」
綱道の叫びは途切れ、私は再び意識を手放した。
心から、恋慕う人の優しい囁きで、瞼を開けた私。
ゆっくりと辺りを見回す。
「風間さん…?」
私の名を呼ぶ、愛おしい人の声が、確かに聴こえた筈なのに、その姿はどこにも見当らない。
それどころか、目に映るのは果てしなく続く闇。
音もない漆黒の世界。
「私…」
記憶の断片が、頭を過る。
あの時、平助君を庇った私は、複数の敵に斬りつけられた。
酷く傷付いたような表情を浮かべ、風間さんがゆっくりと歩んでくる。
そんな彼を視界に納め、彼の名を口にした瞬間、私は意識を失った。
伏していた身体を起こし、立ち上がる。
もう一度、辺りに目を凝らしてみたが、何度見渡しても、静寂に包まれた暗闇が、悪戯に広がっているだけの場所。
不意に、何かの気配を感じた。
それは、何度も夢に見た、あの日の炎。
「これは…夢…」
私は、恐る恐る歩を進めた。
目の前に現れたのは、血に染まった懐かしい風景。
地に伏した、沢山の同胞の中に、両親の姿を見つけた。
「…雪村…綱道…」
両親の亡骸の傍で、こちらを見据える男。
「ゆきか…まぁいい…何故お前がここに居るのかは知らんが、早く戻らねば永遠に帰れなくなるぞ…」
何故こんな場所に。
「貴方は…ここで何を…ここは…私の夢の中の筈…」
私の問に、僅かに微笑んだ綱道は、ゆっくりと歩き出した。
「まだ青臭い歳の頃の話だ…初めて人の町に降りた日…俺は、一人の女と出会った…無表情で、口数の少ない俺とは違って、よく話し…よく笑う器量の良い女だった…人間である事以外は、完璧だった…」
男は自ら、自身の過去について語り始めた。
「愛していたんだ…心から…二日と空けずに町へ降り、逢いに行った…俺は女も同じ気持ちだと思い込んでいたが…違った…俺の知らない間に、別の男と通じ合っていたんだよ…」
立ち止まり、振り返った綱道。
「まさか、そんな相手がいるなんて微塵も考えてはいなかった…!怒りに支配された俺は…二人を殺そうとしたが…勘付かれたんだろう、上手く逃げられ…どれだけ探しても、見つからなかった…」
瞼が切ない影を落とし、泣いている様にも見えた。
「その頃だよ…俺が全てを支配する…新たな鬼の国を創ろうと考え始めたのは…本家の血を継ぐ双子が誕生した時は、心から喜んだ…理想の国を創るのに必要な純血の鬼…それが、二人も産まれたんだ」
自分勝手で、可哀想な男。
「薫君が、あんな風に変わってしまったのも…あなたのせいなんですね…身勝手な野望を叶える為…」
拳を握り締め、男を見据える。
「俺が憎いだろう…ゆき…だが、俺は鬼としての誇りなど、とうに失っていたんだよ…愛する女に裏切られ、誰にも愛されないと悟った時にね…欲しいものは、力で手に入れる…そう考える事しか出来なくなっていた…」
遠くを見つめたまま、言葉を続ける綱道。
「薫と千鶴が大きくなるに連れ、お前達…総本家の連中が、邪魔な存在だと気づいた…お前達がいる限り、俺が全てを支配することは出来ない…できるだけ自然に消そう…俺だと気付かれないように…そう考えた…」
自然と、溢れる涙を堪える事が、出来なかった。
「許せない…貴方を…許すことなんて出来ない…」
私から、全てを奪った仇。
「許さなくていい…当然だ…何より、大切なものを奪ったんだからな…」
一点を指差し、微笑む男。
視線の先を辿る。
そこには、暖かい光が満ちていた。
漆黒の闇の中、異様な程に輝く、美しい光の渦。
「この光は…」
優しく微笑みながら、綱道は言葉を紡いだ。
「帰るんだ…俺が侵した罪を、許すことなく…気高く、他に媚びず、誇り高く、全ての鬼を正しく導く統率者になれ…愛する男と共に…お前なら…なれる…」
今更、もう遅い。
「貴方にそんな事言われたくありません…!」
どうしたって、手遅れなのに。
「お前なら…創れる…新しい時代と共に、鬼が平和に暮らせる、理想の里を…人間に利用されることの無い、誇り高い鬼達の里を…」
彼もまた、一人孤独に、耐えていたのかも知れない。
有り触れた日常。
そんな普通の幸せを望んだ、極々普通の男だった綱道。
「ならば…貴方はそれを見届けてください…この暗い闇の中、永遠に一人で…寂しくても、逃げずに見届けてください…それが、貴方の償いです…」
決して許しはしない。
けれど。
私は、頷く男を視界に捉え、緩やかに、渦を巻く光に向かって身を翻した。
「ゆき…お前を護り、育てた夫婦が…!」
綱道の叫びは途切れ、私は再び意識を手放した。