終焉の刻
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「土方さん…本当に平気なんですか…」
地面を見つめながら、問い掛ける。
「大丈夫だ…行くぞ」
数刻前、千鶴を連れて出掛けた土方さん。
それなのに、戻って来た彼は、一人だった。
大切に想う人の、幸せを願って決断した事。
私には、それ以上何も言えなかった。
「副長、準備が整いました」
私達を、迎えに現れた斎藤さん。
「わかった…すぐに発つ」
土方さんは空を見上げ、瞼を落とす。
「これでいいんだ…」
風に消えた小さな声。
会津ヘ向かうべく、私達は千鶴を江戸に残し、屯所を後にした。
「千鶴さん…どうか…お元気で…」
彼女の悲しむ顔が、目に浮かぶ。
けれど、前を向いた私達は、二度と振り返らなかった。
江戸を出た矢先の事。
誰かに腕を捕まれ、思わず転びそうになる私。
「誰…」
振り返った視線の先に居たのは、意外な人物だった。
「ゆき、原田がやべぇ…!あいつを救ってやれるのは…お前だけだ…一緒に来てくれ」
焦る不知火さん。
「何故あなたが…? 原田さんは何処に…」
怪訝な思いで、彼との間に距離を取った私。
「あいつは…お前達が無事に江戸から出れるように、一人で敵の目を引きつけてたんだ…そしたら 雪村 綱道 が羅刹隊を連れて現れて…」
自然に、私の身体は動き出す。
気付いた時は既に、彼の腕を引き、走り出していた。
「不知火さん…案内してください」
口角を上げ、頷く男。
私達は力を開放し、全速力で原田さんの元へ向かった。
辿り着いた先に待っていたのは、悲惨な光景。
「邪魔が入りましたね…お久しぶりです…姫様」
周囲の羅刹を瞬時に斬り伏せ、目の前の男を睨みつけた。
「雪村 綱道…」
千鶴がこの場に居合わせなくて、本当に良かった。
「貴方とは…いずれゆっくりと、話をしないといけませんが、今は分が悪いので失礼します…私の部下達を可愛がってあげてください」
不敵な笑みを浮かべた綱道は、追い掛ける間もなく、深い霧の中へと、溶けて消え去った。
辺りには、まだ沢山の羅刹が残っている。
「時間稼ぎなら…任せとけ!」
私を庇うように、銃を構えた不知火さん。
「原田さん、無事ですか…!」
私は直ぐに、息絶えそうな男の側に駆け寄った。
「ゆき…お…前…」
早く手当をしないと間に合わない。
「原田さん…しっかりしてください」
身体を起こすと、腹部から流れる鮮血が、彼の衣服に滲んでいく。
周りには、血に飢えた羅刹の大群。
焦った私は、彼の懐に入っている筈の、小瓶を探る。
「ゆき…あの…く…りは…捨て…」
それは、羅刹になる事を拒んだ彼の意思。
それなら、他に方法はない。
「では…嫌かもしれませんが、我慢してください」
腕を切り、彼の口に押し当てる。
「何故…!飲んでください!」
緩やかに、首を横に振る原田さん。
「惚れ…た女…の血…なん…める…訳ねぇ…だろ…」
大粒の涙が、彼の胸元を濡らす。
「原田さん…」
羅刹達を相手にしている不知火さんにも、限界が迫っている。
意を決した私は、自身の唇を深く噛み切った。
「貴方の想いには…応えられません…けれど…貴方は私にとって、大切な人…貴方を失うなんて…耐えられません…どうか…許して」
重なる唇に、染み渡る鉄の味。
男の喉が鳴り、腹部の血が止まる。
瞬間、木々の間から垣間見える蒼い空が、私の視界に広がった。
「なんだよ…許すって…」
消え入るような切ない声。
「原田さ…」
彼の名を口にする前に、塞がれた唇。
私は再び、大粒の涙を溢した。
彼の表情が、余りにも辛そうだったから。
「おい、そろそろ手伝ってくれねぇかな」
不知火さんの呼び掛けで、我に返った原田さん。
「…ゆき、悪い」
罰が悪そうに身体を起こした彼は、側に落ちていた槍を拾い上げ、闘いを再開した。
動揺を抑える為、深く息を吸う。
気持ちを落ち着かせ、体制を立て直した私は、剣を抜いた。
最後の一体。
その心臓を貫いたと同時に、辺りは一気に静まり返る。
「御免なさい…」
俯く私の頭を、普段の通り、優しく撫でる原田さん。
「お前が心に想うのは…あいつか…」
以前感じた通り、彼には全てを見透かされている。
「お前が幸せならそれでいい…なんて、格好付けた事言うつもりはねぇが…命を助けてもらった恩もあるし、今は大人しくあいつに譲ってやるよ」
彼の優しさに、音を立てて痛む私の胸。
「余計な揉め事起こすのも面倒くせぇし、俺は何も見なかった事にしといてやるよ」
こんな時でも、心に浮かぶのは、ただ一人。
「不知火さん…有難うございます…」
私は振り返り、原田さんの瞳を、真っ直ぐ見つめた。
「もう行かないと…」
微笑んだ彼は、此方に背を向ける。
「俺も新八を待たせてるんで、行くぜ」
振り返る事なく、去って行く原田さん。
「俺は…此処で、少し休んでいく」
不知火さんは、近くの木に凭れ掛かかり、瞼を閉じた。
「ゆき、不知火、忘れるなよ…これからだって俺達は同じ空の下、どこかで一緒に戦ってるんだからな」
澄みきった空の様な、眩しい笑顔。
必ずまた会える。
微笑み合った私達は、互いに背を向け、別々の道へと歩を進めた。
地面を見つめながら、問い掛ける。
「大丈夫だ…行くぞ」
数刻前、千鶴を連れて出掛けた土方さん。
それなのに、戻って来た彼は、一人だった。
大切に想う人の、幸せを願って決断した事。
私には、それ以上何も言えなかった。
「副長、準備が整いました」
私達を、迎えに現れた斎藤さん。
「わかった…すぐに発つ」
土方さんは空を見上げ、瞼を落とす。
「これでいいんだ…」
風に消えた小さな声。
会津ヘ向かうべく、私達は千鶴を江戸に残し、屯所を後にした。
「千鶴さん…どうか…お元気で…」
彼女の悲しむ顔が、目に浮かぶ。
けれど、前を向いた私達は、二度と振り返らなかった。
江戸を出た矢先の事。
誰かに腕を捕まれ、思わず転びそうになる私。
「誰…」
振り返った視線の先に居たのは、意外な人物だった。
「ゆき、原田がやべぇ…!あいつを救ってやれるのは…お前だけだ…一緒に来てくれ」
焦る不知火さん。
「何故あなたが…? 原田さんは何処に…」
怪訝な思いで、彼との間に距離を取った私。
「あいつは…お前達が無事に江戸から出れるように、一人で敵の目を引きつけてたんだ…そしたら 雪村 綱道 が羅刹隊を連れて現れて…」
自然に、私の身体は動き出す。
気付いた時は既に、彼の腕を引き、走り出していた。
「不知火さん…案内してください」
口角を上げ、頷く男。
私達は力を開放し、全速力で原田さんの元へ向かった。
辿り着いた先に待っていたのは、悲惨な光景。
「邪魔が入りましたね…お久しぶりです…姫様」
周囲の羅刹を瞬時に斬り伏せ、目の前の男を睨みつけた。
「雪村 綱道…」
千鶴がこの場に居合わせなくて、本当に良かった。
「貴方とは…いずれゆっくりと、話をしないといけませんが、今は分が悪いので失礼します…私の部下達を可愛がってあげてください」
不敵な笑みを浮かべた綱道は、追い掛ける間もなく、深い霧の中へと、溶けて消え去った。
辺りには、まだ沢山の羅刹が残っている。
「時間稼ぎなら…任せとけ!」
私を庇うように、銃を構えた不知火さん。
「原田さん、無事ですか…!」
私は直ぐに、息絶えそうな男の側に駆け寄った。
「ゆき…お…前…」
早く手当をしないと間に合わない。
「原田さん…しっかりしてください」
身体を起こすと、腹部から流れる鮮血が、彼の衣服に滲んでいく。
周りには、血に飢えた羅刹の大群。
焦った私は、彼の懐に入っている筈の、小瓶を探る。
「ゆき…あの…く…りは…捨て…」
それは、羅刹になる事を拒んだ彼の意思。
それなら、他に方法はない。
「では…嫌かもしれませんが、我慢してください」
腕を切り、彼の口に押し当てる。
「何故…!飲んでください!」
緩やかに、首を横に振る原田さん。
「惚れ…た女…の血…なん…める…訳ねぇ…だろ…」
大粒の涙が、彼の胸元を濡らす。
「原田さん…」
羅刹達を相手にしている不知火さんにも、限界が迫っている。
意を決した私は、自身の唇を深く噛み切った。
「貴方の想いには…応えられません…けれど…貴方は私にとって、大切な人…貴方を失うなんて…耐えられません…どうか…許して」
重なる唇に、染み渡る鉄の味。
男の喉が鳴り、腹部の血が止まる。
瞬間、木々の間から垣間見える蒼い空が、私の視界に広がった。
「なんだよ…許すって…」
消え入るような切ない声。
「原田さ…」
彼の名を口にする前に、塞がれた唇。
私は再び、大粒の涙を溢した。
彼の表情が、余りにも辛そうだったから。
「おい、そろそろ手伝ってくれねぇかな」
不知火さんの呼び掛けで、我に返った原田さん。
「…ゆき、悪い」
罰が悪そうに身体を起こした彼は、側に落ちていた槍を拾い上げ、闘いを再開した。
動揺を抑える為、深く息を吸う。
気持ちを落ち着かせ、体制を立て直した私は、剣を抜いた。
最後の一体。
その心臓を貫いたと同時に、辺りは一気に静まり返る。
「御免なさい…」
俯く私の頭を、普段の通り、優しく撫でる原田さん。
「お前が心に想うのは…あいつか…」
以前感じた通り、彼には全てを見透かされている。
「お前が幸せならそれでいい…なんて、格好付けた事言うつもりはねぇが…命を助けてもらった恩もあるし、今は大人しくあいつに譲ってやるよ」
彼の優しさに、音を立てて痛む私の胸。
「余計な揉め事起こすのも面倒くせぇし、俺は何も見なかった事にしといてやるよ」
こんな時でも、心に浮かぶのは、ただ一人。
「不知火さん…有難うございます…」
私は振り返り、原田さんの瞳を、真っ直ぐ見つめた。
「もう行かないと…」
微笑んだ彼は、此方に背を向ける。
「俺も新八を待たせてるんで、行くぜ」
振り返る事なく、去って行く原田さん。
「俺は…此処で、少し休んでいく」
不知火さんは、近くの木に凭れ掛かかり、瞼を閉じた。
「ゆき、不知火、忘れるなよ…これからだって俺達は同じ空の下、どこかで一緒に戦ってるんだからな」
澄みきった空の様な、眩しい笑顔。
必ずまた会える。
微笑み合った私達は、互いに背を向け、別々の道へと歩を進めた。