戦乱の刻
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どれ程の時間が経ったのか。
もしかすると、そんなに経っていないかもしれない。
敵陣営の真っ只中で、未だ井上さんの頭を抱えたまま動けない私。
あの日から、二度と大切な人を失いたくないという一心で鍛錬し、強くなった筈。
それなのに、私は彼を守る事が出来なかった。
戦乱の世。
思想の違いや、自らの家族や藩士達を守る為、寝返るのは仕方のない事。
わかってはいるけれど、目の前の敵に沸いてくる怒りと、殺意を抑える事が出来なかった。
「覚悟は…出来ていますか…」
井上さんを腕から降ろし、力を全て開放させた私は、ゆっくりと立ち上がった。
沈む夕日を背に、剣を抜いた姿は、正に鬼。
斬りかかろうと、片足に力を込めた瞬間。
断末魔を響かせながら、次々に倒れる淀藩の兵士達。
「淀藩の同行を見に出向いてみたが…誇りとは何なのか…人間は本当に、滑稽な生き物だな」
周囲の敵を全て斬り伏せ、ゆらりと此方へ歩んで来る男。
「この男の最期は…人であり敵でありながら、見事だった」
彼は、そっと手を伸ばし、私の中に渦巻く怒りの感情を抑えるように、優しく腕の中に閉じ込めた。
「風間さん…」
彼の体温が心地良くて、騒ぐ心を落ち着かせる。
「ゆき! 」
後ろを振り返ると、土方さんと山崎さんが千鶴に先導され、駆け付けてくれた。
「この男は、池田屋の時に居た‥‥!」
即座に剣を抜く山崎さん。
「待ってください…! この人は、私を助けてくれただけです!」
風間さんと、山崎さんの間で両手を広げ、制止する私。
「井上さん!」
千鶴の声に反応した二人は、地面に伏している井上さんを見て、目を見開いた。
「ゆき…こいつはお前と同じ鬼なんだろう…左之と平助に聞いた…人間の力じゃ到底敵わないともな」
自身の懐から、紅い小瓶を取り出す土方さん。
「だがな‥‥それがどうしたってんだ…俺たちは元から愚か者の集団だ…バカげた夢を見て、それだけをひたすら追いかけてここまで来た…」
中の液体を一気に飲み干し、言葉を続けた。
「今はまだ、坂道を登ってる途中なんだ…こんなところでぶっ倒れて…転げ落ちちまう訳にはいかねぇんだよ!」
漆黒から、白銀へ変化する髪色。
「変若水か‥‥愚かな者だ…たとえ羅刹になったとしても、所詮紛い者…真の鬼の敵ではない」
今にも斬り合おうとしている二人の間に、立ち塞がった。
「土方さんも…風間さんも、やめてください…争う必要なんてない筈です…!」
羅刹となった土方さんを、冷たい視線で見遣る男。
「理由はどう有れ…向かって来る敵に背を見せるなど…俺に出来る筈がない」
彼は、私を押し退けると、静かに剣を抜いた。
「いい加減我慢ならねぇ…腰抜けの幕府も、邪魔臭ぇ鬼供も…紛い物だと?…俺たちは今までも散々武士の紛い物として扱われてきたじゃねぇか…」
風間さんの正面に立ち、鞘に手を掛けた土方さん。
「だけどな…何があっても信念だけは曲げねぇ…紛い物だろうが何だろうが貫きゃ誠になるはずだ…羅刹の力でお前を倒せば、俺は…俺たちは本物になれるってことだろう!」
地面を蹴り、目の前の鬼へ、風の如く斬りかかって行った。
「この姿を人前で晒す事になるとはな…」
紅い瞳が、黄金へ変わる。
白銀色の髪に、二本の角。
その美しい姿は、真の鬼である証。
常人ならば、目で追うことも困難な程の、壮絶な斬り合いを始めた二人。
それを止めようと試みても、斬撃に押し出され、私は彼らに近づく事すら出来ずにいた。
「もうやめて…」
互角の闘いをしていた二人だが、一瞬の隙を突かれた土方さんの刀が、宙を舞う。
「終わりだ…」
風間さんはゆっくりと、土方さんの方へ歩み寄り、刀を振り上げる。
「待って…!風間さん…!」
冷酷な刃が、静かに振り下ろされた瞬間、飛び出して行った男。
「…山崎!!お前どうして‥‥!」
その斬撃を受け止めたのは、土方さんではなく、隣りに居た筈の、山崎さんだった。
「何してるんですか副長…あなたは頭で…俺たちは手足のハズでしょう…手足ならたとえなくなっても替えはききます…」
赤い鮮血が、地面を一色に染めていく。
「ですが…頭がなくなってしまっては…何もかもお終いです‥‥副長と局長は二人で一人…なのですから…」
懸命に、自分の想いを伝えようとする山崎さん。
土方さんの、瞳の奥が僅かに揺れる。
「山崎さん…お願いします…飲んでください…」
もう二度と、大切な人を失いたくない。
私は涙を拭うのも忘れ、懇願するように、薬を差し出した。
「大丈夫…俺はまだ死ねない…自分で飲みます」
瓶を受取り、中を殻にした山崎さん。
羅刹と姿を変え、無事にその傷を癒やした。
その瞬間、突然私達の前に現れた天霧さん。
「これ以上の戦いは、犠牲を増やすだけです」
彼の登場により、風間さんは剣を鞘に収めた。
「土方さん…千鶴さんと山崎さんを連れて先に行ってください」
遠くの方に、山道を此方に向かい進んでくる淀藩の大軍を確認した私。
「ゆき、お前も来い…そうでなければ、俺達も残る」
彼もまた、大勢の兵士に気付き、眉間に皺を寄せる。
「土方さん…厳しい事を言うようですが‥‥今の貴方は足手まといに過ぎません…それに、二人を無事に皆の所へ連れていけるのは…貴方しかいないんです」
迫り来る敵に剣を抜きながら、私は決断を迫った。
新撰組 副長として、選ぶ道は一つ。
「すまねえ…ゆき…必ず追って来い…先に江戸で待ってる」
彼の出した答えに深く頷き、微笑んだ。
私の道も、一つ。
ここから先は、一兵たりとも通さない。
「天霧…長州から手を引く…同胞達に知らせ、里に戻る手筈を整えろ…」
静かに、口を開いた風間さん。
「畏まりました」
天霧さんが消えると、私の傍に歩み寄り、彼は再び、剣を抜いた。
何故か、楽しそうに微笑んでいる男。
「風間さん…状況と顔の表情が似つかわしくありません」
呆れた様に彼を見つめると、彼は口角を上げたまま、口を動かした。
「ゆき、前を向け…あの数だ…傷一つつかぬ様…守ってやるにも限界はある」
夕日を背に、剣を構え、鬼と化して微笑む彼の姿。
高鳴る鼓動が、自身の中に隠れていた、一つの想いに気付かせる。
「行くぞ…」
芽生えた気持ちに蓋をして、今は襲い来る敵に集中する。
「はい…」
次々と敵を薙ぎ払う私の表情は、先程の彼と同様、笑みを浮かべていたに違いない。
もしかすると、そんなに経っていないかもしれない。
敵陣営の真っ只中で、未だ井上さんの頭を抱えたまま動けない私。
あの日から、二度と大切な人を失いたくないという一心で鍛錬し、強くなった筈。
それなのに、私は彼を守る事が出来なかった。
戦乱の世。
思想の違いや、自らの家族や藩士達を守る為、寝返るのは仕方のない事。
わかってはいるけれど、目の前の敵に沸いてくる怒りと、殺意を抑える事が出来なかった。
「覚悟は…出来ていますか…」
井上さんを腕から降ろし、力を全て開放させた私は、ゆっくりと立ち上がった。
沈む夕日を背に、剣を抜いた姿は、正に鬼。
斬りかかろうと、片足に力を込めた瞬間。
断末魔を響かせながら、次々に倒れる淀藩の兵士達。
「淀藩の同行を見に出向いてみたが…誇りとは何なのか…人間は本当に、滑稽な生き物だな」
周囲の敵を全て斬り伏せ、ゆらりと此方へ歩んで来る男。
「この男の最期は…人であり敵でありながら、見事だった」
彼は、そっと手を伸ばし、私の中に渦巻く怒りの感情を抑えるように、優しく腕の中に閉じ込めた。
「風間さん…」
彼の体温が心地良くて、騒ぐ心を落ち着かせる。
「ゆき! 」
後ろを振り返ると、土方さんと山崎さんが千鶴に先導され、駆け付けてくれた。
「この男は、池田屋の時に居た‥‥!」
即座に剣を抜く山崎さん。
「待ってください…! この人は、私を助けてくれただけです!」
風間さんと、山崎さんの間で両手を広げ、制止する私。
「井上さん!」
千鶴の声に反応した二人は、地面に伏している井上さんを見て、目を見開いた。
「ゆき…こいつはお前と同じ鬼なんだろう…左之と平助に聞いた…人間の力じゃ到底敵わないともな」
自身の懐から、紅い小瓶を取り出す土方さん。
「だがな‥‥それがどうしたってんだ…俺たちは元から愚か者の集団だ…バカげた夢を見て、それだけをひたすら追いかけてここまで来た…」
中の液体を一気に飲み干し、言葉を続けた。
「今はまだ、坂道を登ってる途中なんだ…こんなところでぶっ倒れて…転げ落ちちまう訳にはいかねぇんだよ!」
漆黒から、白銀へ変化する髪色。
「変若水か‥‥愚かな者だ…たとえ羅刹になったとしても、所詮紛い者…真の鬼の敵ではない」
今にも斬り合おうとしている二人の間に、立ち塞がった。
「土方さんも…風間さんも、やめてください…争う必要なんてない筈です…!」
羅刹となった土方さんを、冷たい視線で見遣る男。
「理由はどう有れ…向かって来る敵に背を見せるなど…俺に出来る筈がない」
彼は、私を押し退けると、静かに剣を抜いた。
「いい加減我慢ならねぇ…腰抜けの幕府も、邪魔臭ぇ鬼供も…紛い物だと?…俺たちは今までも散々武士の紛い物として扱われてきたじゃねぇか…」
風間さんの正面に立ち、鞘に手を掛けた土方さん。
「だけどな…何があっても信念だけは曲げねぇ…紛い物だろうが何だろうが貫きゃ誠になるはずだ…羅刹の力でお前を倒せば、俺は…俺たちは本物になれるってことだろう!」
地面を蹴り、目の前の鬼へ、風の如く斬りかかって行った。
「この姿を人前で晒す事になるとはな…」
紅い瞳が、黄金へ変わる。
白銀色の髪に、二本の角。
その美しい姿は、真の鬼である証。
常人ならば、目で追うことも困難な程の、壮絶な斬り合いを始めた二人。
それを止めようと試みても、斬撃に押し出され、私は彼らに近づく事すら出来ずにいた。
「もうやめて…」
互角の闘いをしていた二人だが、一瞬の隙を突かれた土方さんの刀が、宙を舞う。
「終わりだ…」
風間さんはゆっくりと、土方さんの方へ歩み寄り、刀を振り上げる。
「待って…!風間さん…!」
冷酷な刃が、静かに振り下ろされた瞬間、飛び出して行った男。
「…山崎!!お前どうして‥‥!」
その斬撃を受け止めたのは、土方さんではなく、隣りに居た筈の、山崎さんだった。
「何してるんですか副長…あなたは頭で…俺たちは手足のハズでしょう…手足ならたとえなくなっても替えはききます…」
赤い鮮血が、地面を一色に染めていく。
「ですが…頭がなくなってしまっては…何もかもお終いです‥‥副長と局長は二人で一人…なのですから…」
懸命に、自分の想いを伝えようとする山崎さん。
土方さんの、瞳の奥が僅かに揺れる。
「山崎さん…お願いします…飲んでください…」
もう二度と、大切な人を失いたくない。
私は涙を拭うのも忘れ、懇願するように、薬を差し出した。
「大丈夫…俺はまだ死ねない…自分で飲みます」
瓶を受取り、中を殻にした山崎さん。
羅刹と姿を変え、無事にその傷を癒やした。
その瞬間、突然私達の前に現れた天霧さん。
「これ以上の戦いは、犠牲を増やすだけです」
彼の登場により、風間さんは剣を鞘に収めた。
「土方さん…千鶴さんと山崎さんを連れて先に行ってください」
遠くの方に、山道を此方に向かい進んでくる淀藩の大軍を確認した私。
「ゆき、お前も来い…そうでなければ、俺達も残る」
彼もまた、大勢の兵士に気付き、眉間に皺を寄せる。
「土方さん…厳しい事を言うようですが‥‥今の貴方は足手まといに過ぎません…それに、二人を無事に皆の所へ連れていけるのは…貴方しかいないんです」
迫り来る敵に剣を抜きながら、私は決断を迫った。
新撰組 副長として、選ぶ道は一つ。
「すまねえ…ゆき…必ず追って来い…先に江戸で待ってる」
彼の出した答えに深く頷き、微笑んだ。
私の道も、一つ。
ここから先は、一兵たりとも通さない。
「天霧…長州から手を引く…同胞達に知らせ、里に戻る手筈を整えろ…」
静かに、口を開いた風間さん。
「畏まりました」
天霧さんが消えると、私の傍に歩み寄り、彼は再び、剣を抜いた。
何故か、楽しそうに微笑んでいる男。
「風間さん…状況と顔の表情が似つかわしくありません」
呆れた様に彼を見つめると、彼は口角を上げたまま、口を動かした。
「ゆき、前を向け…あの数だ…傷一つつかぬ様…守ってやるにも限界はある」
夕日を背に、剣を構え、鬼と化して微笑む彼の姿。
高鳴る鼓動が、自身の中に隠れていた、一つの想いに気付かせる。
「行くぞ…」
芽生えた気持ちに蓋をして、今は襲い来る敵に集中する。
「はい…」
次々と敵を薙ぎ払う私の表情は、先程の彼と同様、笑みを浮かべていたに違いない。