逸世紀ロマンス
そうして言葉をかわしていくうちに、私は彼女が好きだと分かった。きっと、手紙に書いている内容が詳らかになったため、彼女も薄々気づいていたのだと思う。それでも弄んだりはせず、ただ素直に彼女は私と同じように事細かな返事を送った。だが、ある日を境に彼女の文字は乱雑になり、内容も平坦になった。私は体調でも崩してしまったのだろうかとかなり心配したのだった。
八月二十八日
杏寿郎さん、こんにちは。
今日帝都は騒がしいです。何故なら、新しい首相様──……が故首相様から第代わりしたためです。かの方が急死してしまったこともあり、実はここ数日ずっと騒がしかったのです。言えなくてごめんなさい。だから手紙も急いで書いておりました。株価の変動が激しく、家の収支が上手くついていないためでもあります。私も喧騒に巻き込まれている中の一人ですね。
さて、貴方にお話したいことがございます。兼ねてから家族同士お付き合いのある陸軍少尉様と、祝言を挙げることになりました。御相手様は私よりも五歳程年上で、正直話したこともなく、興味なんてものすら毛頭もございません。お名前も知らないのです。父は立派な若者だとおっしゃっております。それでも、貴方は私の祝言をように喜んでくれますか?私、貴方が喜んでくれればあの方と結婚しても構いません。だって、私貴方のことを好いておりますから。姿なんて分からないけれど、貴方が好きなんです。杏寿郎さんが喜んでくれればそれ以上何も望んでおりません。
心陽
筆で書かれた文字は所々掠れ、泣きながら書いたのか雨に濡れたように歪んでいた。私は急いでペンを取り、「俺も君が好きだ」とまず初めに書いたのを鮮明に記憶している。今すぐにでも会いたかった。想いを伝えたかった。しかし、一日経っても返事は無かった。手紙が地面から無くなっているからきっと彼女は受け取ったはずだ。律儀に宛名と自分の名前を書いているので、一回も手紙のやり取りが絶えたことはなかった。他の誰かが持っていくことはおそらく無い……。
そうしているうちに八月三十一日になった。明日から高校が再開する。部活をしている最中、防災無線から防災の日の取り組みを実施している……という旨が流れた。そして、すぐ気がついた。
『杏寿郎さん、私の時代では一九二三年なんですよ。もう本当に、貴方の時代から百年くらい前なんですね』
私は部活後すぐ帰宅し、手紙を書いた。「明日昼に関東大震災が来る、どうか無事であって欲しい。被害は東京が甚大で、建物は倒壊する……」というようなことを書いて、例の防災コンテナの脇に添えた。そのまま私は座り込み、無意識に目の前に手を合わせた。どうか奇跡が起きてほしいと強く願った。ああ、嬉しいとも。君がその過酷な時代で幸せに生きてくれたら、生き残ってくれれば。俺の恋が砕けてしまっても構わない。
九月に入った。返事はなかった。体育祭が終わっても返事は無かった。クリスマスが来ても……。そして、私はもう出来事を振り返らないようにその公園に行くことは無くなった。
八月二十八日
杏寿郎さん、こんにちは。
今日帝都は騒がしいです。何故なら、新しい首相様──……が故首相様から第代わりしたためです。かの方が急死してしまったこともあり、実はここ数日ずっと騒がしかったのです。言えなくてごめんなさい。だから手紙も急いで書いておりました。株価の変動が激しく、家の収支が上手くついていないためでもあります。私も喧騒に巻き込まれている中の一人ですね。
さて、貴方にお話したいことがございます。兼ねてから家族同士お付き合いのある陸軍少尉様と、祝言を挙げることになりました。御相手様は私よりも五歳程年上で、正直話したこともなく、興味なんてものすら毛頭もございません。お名前も知らないのです。父は立派な若者だとおっしゃっております。それでも、貴方は私の祝言をように喜んでくれますか?私、貴方が喜んでくれればあの方と結婚しても構いません。だって、私貴方のことを好いておりますから。姿なんて分からないけれど、貴方が好きなんです。杏寿郎さんが喜んでくれればそれ以上何も望んでおりません。
心陽
筆で書かれた文字は所々掠れ、泣きながら書いたのか雨に濡れたように歪んでいた。私は急いでペンを取り、「俺も君が好きだ」とまず初めに書いたのを鮮明に記憶している。今すぐにでも会いたかった。想いを伝えたかった。しかし、一日経っても返事は無かった。手紙が地面から無くなっているからきっと彼女は受け取ったはずだ。律儀に宛名と自分の名前を書いているので、一回も手紙のやり取りが絶えたことはなかった。他の誰かが持っていくことはおそらく無い……。
そうしているうちに八月三十一日になった。明日から高校が再開する。部活をしている最中、防災無線から防災の日の取り組みを実施している……という旨が流れた。そして、すぐ気がついた。
『杏寿郎さん、私の時代では一九二三年なんですよ。もう本当に、貴方の時代から百年くらい前なんですね』
私は部活後すぐ帰宅し、手紙を書いた。「明日昼に関東大震災が来る、どうか無事であって欲しい。被害は東京が甚大で、建物は倒壊する……」というようなことを書いて、例の防災コンテナの脇に添えた。そのまま私は座り込み、無意識に目の前に手を合わせた。どうか奇跡が起きてほしいと強く願った。ああ、嬉しいとも。君がその過酷な時代で幸せに生きてくれたら、生き残ってくれれば。俺の恋が砕けてしまっても構わない。
九月に入った。返事はなかった。体育祭が終わっても返事は無かった。クリスマスが来ても……。そして、私はもう出来事を振り返らないようにその公園に行くことは無くなった。
