短編
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開拓期のアメリカ西部の夜みたく薄暗く、どこか落ち着く暖かい光の灯るログハウス。
少しのウイスキーの香りと、それによく合うシャンソンが控えめに流れる店内。
目の前にはバランタインでもヘネシーでもなく、香りのとても良いアップルティー。
どこからどう見ても、制服を着た高校生の僕には場違いな場所。
しかし客層は良いのか、一人で窓際のテーブルに座る僕を笑う客はいない。
僕には気を止めず、みんなそれぞれの時間を楽しみお酒を嗜んでいる。
それでも、なんだか居心地は良くない。
こんな場所に連れてきた元凶が現れるのを、グラスに入ったアイスアップルティーに映るキャンドルを見つめて待っていた。
「月島くん、今日の夜空いてる?」
遡ること約10時間前。
まだ完全に働いていない脳に、どこか癖のあるアルトソプラノが響いた。
顔を上げると、珍しくそこそこ仲のいいクラスメイト、月咲マイが眠たそうな顔で僕を見ていた。
「部活終わって、7時ぐらいからなら空いてるけど。いきなり何?」
「じゃあその時間、あたしのバイト先きてよ。奢るからさ」
月咲の突拍子もない発言に、少し戸惑う。
学校で話したり山口も交えて昼食を取ったりはするものの、一緒に出掛けたりなんかはする仲では無いはず。
もちろん僕が女子とコミュニケーションを取るなんてあまりない話だから、これでも彼女には結構好意を抱いてるほうだ。
嬉しい気持ちはあるけど、彼女がどういう意図で誘ってきたのか分からないから素っ気なくに徹することにした。
「開口一番それ?どういうつもり?」
「うーん、ちょっとしたおもてなし?」
「何それ…答えになってないんだけど」
僕がそう答えると、彼女はちょっとむくれてため息をついた。
「まー、何でもいいから、来れるんだったら来てよ。来るでしょ?」
「…僕に言う意味が分からないから気乗りしないんだけど。僕一人で?」
「うん。じゃあ部活終わったらここ来て」
月咲は返事を聞かず勝手に約束を取り付けると、何やら携帯に打ち込んだ。
月咲が携帯を閉じたと同時に、僕の携帯が音を立てる。
メールを開くと、さっき彼女が打ち込んでいたらしき物。
chansonと書かれた店名らしきものと、ここからさほど遠くはない住所。
何のお店なんだよ…
それを聞こうと再び顔を上げると、彼女はもう離れた席に座って授業の準備をしていた。
結局、聞けずじまいで今に至る。
当の月咲はというと、まだ来ていない。
勝手に約束しといてどういうつもりなの、と一人愚痴ていると、突然店内の音楽が鳴りを潜めた。
同時にさらに暗くなる店内。ピアノやドラムセットのある隅のステージと、テーブルの上に置かれたキャンドルだけが灯りをともしていた。
何事だろうと目の前のピアノを見つめていると、客が控えめな歓声とともに拍手を始めた。
拍手に送られ、黒いスーツを着た上品な中年男性とダークパープルのロングドレスを着た若い女性が登場した。
…え?!月咲?!
いつも二つに結んだ長い髪を下ろし、華奢な身体に良く似合う上品なドレスをきた月咲。
高校生に見えない色気を醸した彼女に、ウエイターが淡い色の飲み物が入ったグラスを渡す。
彼女はカクテルグラスに口をつけると、薄い笑みを浮かべてグランドピアノの端に手を掛けた。
男性がピアノの伴奏を控えめに始める。
この旋律は知ってる。シャンソンのle temps des cerisesだ。
学校とは雰囲気の全然違う月咲が、赤く艶めく唇を開く。
「Quand nous chanterons le temps des cerises,Et gai rossignol et merle moqueur
Seront tous en fête !
Les belles auront la folie en tête
Et les amoureux, du soleil au cœur !」
聴き慣れた旋律に、彼女の癖のあるアルトソプラノが綺麗に乗る。
歌唱力は圧巻で、マイクを使っていないにも関わらず店の中すべてに透き通った声が響いていた。
客達は男女問わずうっとりとした視線を月咲に送る。
まるで、そこに存在するのは月咲だけであるかのような空間。
僕も同じように静かに聴き入っていると、曲が終わり、何処からともなく拍手と歓声が湧いた。
店内の明かりが再び灯り、彼女が軽く一礼する。
もう一度グラスに口をつけて、それを持ったまま彼女が近づいてきた。
「いらっしゃいませ月島くん」
月咲はそう言って僕の前に座ると、ウエイターにアイコンタクトをする。
「…こんな店だって聞いてないんだけど。僕、浮いてんじゃん」
「だって最初に言ってたら敬遠してこなかったでしょ?」
まさか制服でそのまま来るとは!と零して彼女が笑う。
色気の中に垣間見える歳相応のあどけなさを傍目に、香りの良いアップルティーに口をつけた。
「で、君の飲んでるソレは何?まさかお酒なの?」
「善良な女子高生がそんな物飲むわけないでしょ!月島くんのと同じだよ」
月咲は伏し目がちに笑いながら自分のグラスを僕に差し出す。
口に含んでみると、たしかにそれは僕のアップルティーと同じだ。
正面に視線を移すと、彼女がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「ねぇ、今のなんて言うか知ってる?」
「…曲?さくらんぼの実る頃デショ」
「そうなんだけど…そうなんだけど違う!まぁ、いいや」
彼女は愛おしそうにグラスの縁を指でなぞると、僕の方に視線を移した。
ああ、そういう事…ソッチね…間接…
さっきの言葉が何を意味するのか気付いてしまい、少し恥ずかしくなる。
彼女がどういうつもりでそんな事をするのか全く見当もつかない。
「こんな所でバイトしてるなんて、初めて知った」
「言ってないもん。まぁ、普段はこんな格好あんまりしないけど。歌う日だけ」
「ふぅん」
それにしても絵になる。頬杖をついてキャンドルの炎を見つめているだけで、本当に同じ高校生なのが疑問に思うほどに。
「で、なんで僕が呼ばれてんの?歌自慢?」
「それもあるけど、おもてなしって言ったでしょ?月島くん、今日誕生日じゃん」
面食らう僕に月咲は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、丁度ウエイターが運んできた物を僕の前に置いた。
「…なんで僕の誕生日と好きなもの知ってんの」
月咲の唇と同じくらいつやつやと光るイチゴの乗った、控えめな大きさのショートケーキ。
ケーキに対し大き過ぎる皿には、散らされた色とりどりのドライフルーツと、チョコレートで happy birthday Kei の文字。
「山口くんに聞いたら教えてくれたの。今日の事も言ってあるから、あっさり離してくれたでしょ?」
「確かに、そういえば」
「それにしても月島くん反応薄いよー。歌の後にしても、今も!」
目の前のケーキにフォークを突き立てる。
甘さも丁度いい具合。
「…どうも」
「やっぱ反応薄っ!まぁ、そこが好きなんだけど」
月咲の独り言のような言葉にはっとする。
月咲本人も、失言なのか目を見開いたまま固まって、ぎこちなく徐々に僕から視線を外した。
今、何て…
「マイちゃん、もう一曲歌ってくれよ!」
二人ともがフリーズしている中、客の一人が月咲に声をかけた。
「いっ、いいですよ!何がいいですかー?」
「じゃあ、la merでも」
そう言って彼女はそそくさと席を立つ。
再びステージに戻ると、ピアノの伴奏が始まった。
暗い照明。赤く揺れるキャンドルの炎。透き通る歌声。
さっき言われた言葉を思い出し、その旋律に浸る。
生き生きと、でも何処か憂いを含んでシャンソンを歌う彼女はいつもより魅力的に見えて、僕の中で何かが色々とこみ上げてきた。
僕はもしかしたら彼女に言われるまでもなく、ずっと彼女が好きなのかもしれない。
そうじゃないと辻褄が合わない。
普段から女子と話すのは面倒だから大体避けてきたし、何を言われようが見せられようが惹かれることはなかった。
でも、彼女は別で。
サラッと学年で一番をとる聡明さも、狡猾で飄々とした性格も、意外性のあるこんな姿も素敵に見える。
そんな事を考えていると、だんだん恥ずかしくなって顔が赤らんだ。
「なぁ、兄ちゃんはマイちゃんの彼氏か?」
「?!あ、はい…」
突然、さっきの客に話しかけられる。
煙草を加えた中年の男。咄嗟に認めてしまった。
客はさっきまで月咲が座っていたところに腰掛け、彼女を見つめる。
「そうだよなぁ?今日、マイちゃんすげえ嬉しそうなんだよ。あんたの誕生日だったからなんだな」
「いつもあんな風じゃないんですか?」
「ん?いつもかぁ。いつも可愛いけど、もっと気怠げかな。それにしても、良い声してるよなぁ」
それより兄ちゃん背ぇ高えなぁ、と客が笑ったところで、曲が終わって月咲が戻ってきた。
「あれ、知り合いなの?」
おじさんが退かないから、月咲は僕の横に腰掛けた。
柔らかい香りに、更にどきっとした。
「いや、マイちゃんの彼氏っつうから、どんな奴かなと思ってよー」
「えっ!え?!ちっ、ちが…」
明らかに戸惑う月咲。
その妖艶な姿と行動が合っていなくて、なんだか揶揄いたくなってしまう。
「ナニ?好きって自分から言っときながら否定すんの?」
「……ちょっと表出な!!」
そう言って月咲は僕の手を強引に掴み、足早に店の外へと誘導する。
ホントに表出たし…
外はもう暗い。段々と冬に近づく風が吹いている。
暗くて月咲の表情はあまり分からない。
けど、静まり返った外の空気は、僕たちの鼓動だけを大きく伝えている。
「……」
お互い黙り込んで、沈黙の間が続く。
暗いのと月咲が小さいのが相まって、月咲がどんな顔をしているのか全く見えなくなった。
「ねぇ、さっきの本当?」
先に口を開いたのは僕。
とりあえず、それを早く確かめたかった。
「……嘘だと思う?」
「さぁ…人の気持ちなんかわかんないよ」
僕がそう言葉を繋げると、彼女は完全に黙ってしまった。
「でも…嘘じゃない方が、嬉しいかもしんない」
相変わらず月咲の返事はない。
元々小柄な身体が小さく固まって、無理をしているようなハイヒールがカタカタと震えている。
「僕もさっき、あのオジサンに君の彼氏って言ったんだけど」
「…」
「ねぇ君ずっと黙ってるけどさ、そろそろどういう事か分かるよね?ホントのことなんでしょ?」
無理矢理顔を上げさせる。
ほんのりと光が当たった彼女の顔は、今にも泣きそうな表情をしている。いつもの余裕の態度は微塵もない。
なんだかとても愛おしくなって、僕は考える間もなく月咲を抱きしめた。
「?!」
「だから…僕もそういうことだって」
お互いの鼓動が早くなる。
表情は未だに確認できない。自分でも何をしているのかよく分からなかった。
「…そっちこそ、冗談とか、からかってる訳じゃないよね?」
「からかってこんなこと出来る性分じゃない事ぐらい、わかるデショ。どっかの大王様じゃないんだから」
「あたしその大王様ってよく知らないし」
「…屁理屈」
月咲は少し間を置いてフフッと笑った。
彼女が、上を向く。
月明かりに照らされた白い肌は宝石の如く輝き、瑞々しい唇の鮮やかさも際立っていた。
きらきらと光を反射するつり気味の大きな目が僕を見つめる。
その目が一瞬閉じられるのと同時に、僕達は唇を重ねた。
見たとおりの、弾力のあるライチの実のような感触。
さっき飲んだアップルティーが仄かに香る。
身長差が余りにもありすぎるから、僕の体勢はきっとおかしな事になってる。
きっと、彼女もヒールを履いた足で目一杯背伸びをしていると思う。
ゆっくりと重ねた唇を離す。
彼女の瞳はさらに潤んでいて、僕は更に色香に当てられる。
「ねえ、リアクションは?」
「頭がクラクラして付いていかないです…」
そう言って次は彼女から僕に抱きついてきた。
きっと僕は今世紀最大に情けない表情をしているはずだ。
もうどうなってもいいような気がして、普段なら言わない言葉が次々に出てくる。
「月咲」
「なんですか」
「僕のこと好きなの」
「…そうだって言ってるじゃん」
「じゃあ、付き合って」
僕の声に月咲が固まる。
不安になるような間をおいて、蚊よりも小さな声で彼女が答えた。
「当たり前でしょ…」
夜風に乗るアルトソプラノ。
さっきのシャンソンがまた、僕の頭の中で流れた。
☆☆☆☆
なっがぁ〜〜〜〜い!!!テヘペロ☆
こういうキザな空気…憧れなんですよ…
そしてだいぶ前に書いたもののリメイクです。
お読み頂きありがとうございました!!
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