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部活が終わって、携帯の画面とにらめっこする。
みんなは今着替えてるみたいで、体育館の入り口には誰もいない。

「……」

なんて聞いたらいいんだろう。
谷地さんのアドバイスに従ってみることにはしたけど、徹なかなか意地悪だしバカにされるような気しかしない。

"徹さま どうすれば交際をすすめられますか"

これはだめだ。別れれば？って言われるオチだ。

"徹さま 付き合ったら何したらいいの"

…変な答えが返ってくる気がする。

打っては消し、打っては消しを繰り返す。
なかなか決まらない…

「チョット」
「うわっ？！」

メールに集中してたら、着替え終わった蛍があたしの手元を覗き込んできた。
慌てて携帯を閉じる。

「ナニ？大王様にメールでもしてんの？」
「え、うん、うーん」
「君、あの人に用があるときは電話なんじゃなかったっけ」
「そんなこと言ったかな…」
「何コソコソ隠してんの？やましい事でもあんの？」
「いや別に…」

知らず知らずのうちに挙動不審になってたのか、蛍があたしの携帯を奪い取った。

「ちょっと、何してんの！返してよ！」
「それはコッチのセリフだよ。何なのこれ、徹さま どうすれば交…」
「返せって言ってんだろボケッ！！！」

上に上げられた腕を思いっきり引っ掴んで、携帯を捥ぎ取る。
蛍は嫌な笑みを浮かべてうずくまるあたしを見た。

「へぇ、マイなりにもそういう事悩んでたんだ？」
「うるさい！なんでもいいでしょ！」
「でも相談する相手間違ってない？大王様にとか意味わかんないんだけど」
「じゃあ誰にすんだよ！もうあたし帰る！」
「チョット、待ちなよ」

バッグを肩に掛けて一歩踏み出したところで、蛍に肩を掴まれる。
や、やっぱ意外と力強い！クソ！

「何？！帰るんだけど！」
「悩んでる癖に僕と帰ろうとは思わないんだ？」
「はぁ？山口くんは？」
「もう先行った」
「じゃあ王様…」
「君は王様と付き合ってんの？」
「…いや、蛍だけど…」

理由をつけて逃げようとすると、蛍は機嫌悪そうな顔になった。
そういうのが嫌だから一人で帰りたいんだよ！

「…帰るよ」
「はぁ？道違うじゃん」
「家まで送る」
「…なんで？！」
「僕との関係に悩んでるんデショ。早く行くよ」

蛍に引き摺られて校門に向かう。
途中、3年生の人たちに冷やかされたけど蛍は華麗にスルーして帰路に着いた。

＊

「チョット、マイ」
「あ？」
「なんでそんな離れて歩いてんの」
「あんたの横立つと威圧感あるから」
「今更何言ってんの？」

蛍の後ろを歩いてたら、仏頂面の蛍にぐいっと手を引かれる。
確かに今更な話だけど、ほんとにあたしよりずっとでかいしなんか気まずい。

「君さ、ほんとに僕と付き合う気あった？」
「…あるよ」
「ならなんでそういう態度とるの」
「……」

なんでと言われても。
どうしたらいいか分かんないからこうなんじゃん。

「…僕はマイと一緒に居たいとか思うけど」
「……」
「マイは違うの？避けてばっかじゃん、あれから」
「避けてるわけじゃないし」
「じゃあ何？」
「……」

沈黙。
蛍は明らかにイライラしてるし、ほんとはあたしだって一緒に居たいと思うけど言ったら負けなような気がして言えない。

「…どうしたらいいか分かんない。付き合ったりするの初めてだし。距離感が分かんない」
「…はぁ。いつも図々しい癖に改めてそうなると弱気になんの？」
「なってないし」
「なってる。距離感が分かんないって、マイはいつも通りでいいの。付き合ってもないのにアレだったら問題だけど、仮にももう付き合ってるんだから」
「アレって？」
「…僕のスプーン使ったりとか、いきなり手掴んできたりとか。今まではダメだったけど今はいいよ」

今まで通りってこと？更に分かんない。
頭の中がぐるぐるする。
蛍は慣れてるのかな。あたしがこんなんなのに全然余裕って感じ。
なんか、むかつく。

「マイ」
「なに」
「僕だって初めてだし慣れてない」
「！」

暗い道で、蛍に抱き寄せられる。
あったかいのと恥ずかしいのとが相まって、だんだん鼓動が速くなる。

蛍のあったかくて華奢で大きな手が背中に回ってるのを感じる。
あたしとは全然違う身体。
どきどきするけど、すごく居心地がいい。

「…こういう距離感？」
「うん。マイだって僕のこと好きなんデショ」
「…ん」

正直、さらっとこういう事するんだから蛍慣れてるんじゃない？と思う。
制服に押し付けられて、蛍の表情は見えない。
けど、すごくふわふわして、その場で倒れ込んでしまいそうになる。
きっとあたしは今すごい変な顔をしてる。

「僕も普通がどうなのか知らないけど」
「？」
「深く考えなくていいんじゃない。こうやって一緒に帰ったり、ご飯食べたり、マイといる時間増やしてったらそれでいいよ」
「うん」

あたしといる時間。
蛍からそんな言葉が出たのが嬉しくて、蛍にバレないようにちょっとにやけた。

「…もし誰かに変なこと吹き込まれても、気にしなくていいから」
「変なこと？」
「…君んとこの大王様とか。言われても間に受けないでよ」
「…はぁーい」

だいたい想像つくけど想像つかない。そういう事にしておこう。
ちらっと視線をあげると、赤くなった蛍と目が合った。
クールに振舞ってるくせに本当はそういう表情してるんだ？
ちょっと蛍をからかいたくなる。

「蛍」
「ナニ」
「ちょっと目瞑って屈んで」
「ハァ？」

遠い昔(とは言っても2年前ぐらい)に徹がふと言っていた技。
もしかして使いどきってやつ？

怪訝そうにしつつもあたしの言葉に従う蛍。
蛍は意地悪だからあんまり屈んでくれない。
あたしが背伸びすると、やっと蛍の顔に届いた。

綺麗な白い肌と長い睫毛がすごく近い。どきっとする。
あたしは勢いに任せて、蛍に唇を一瞬だけ重ねた。


あったかくて柔らかい。初めての感触。



顔を離して蛍を見る。
なんとも形容し難い表情。

「…チョット、どこで覚えてきたのそんな事！」
「秘伝の技…」
「はぁ？！どうせ大王様から教わったんデショ！」
「徹にしたことなんかないよ、馬鹿じゃないの」

教えてもらったのは確かだけど徹とそんなのはしない。してもハグくらい。
蛍は尋常じゃないほど取り乱してる。
まあ、あたしも内心穏やかじゃないけど。

「…はぁ」
「何ため息ついてんの？」
「無駄に勢い良すぎる君に呆れてる」
「は？意味わかんない」
「だから…」

動悸を誤魔化すために、わざと喧嘩腰で答える。
蛍だって同じだ。悪態ついてる。

「…そういうの普通、僕からするもんなんだけど」
「あたしのこと普通じゃないって蛍言ってたじゃん。忘れたの？」
「屁理屈言わないでくんない」
「無理ですー」

それから少し会話が途切れた。
どうしよう！あたしのせい？！
なら、これだ！

「じゃあさー」
「ナニ」
「今から蛍があたしにしたらよくない？」
「え」

再び固まる蛍。
珍しく動揺した顔だったのに、急に真顔になってあたしの顔に手を伸ばした。
両手で頭を押さえられる。
けしかけたのはあたしだけど、気まずいし見つめられると逃げたくなる習性で視線を逸らした。

「チョット、自分で言っといて何目逸らしてんの」
「逸らしてない」
「逸らしてる。ちゃんとこっち向いて、目閉じてもいいから」

仕方なく言われるがままにする。
空気感で、蛍が近づいてくるのが分かった。
心臓が壊れそうなほどドキドキ言ってる。

最高まで空気が熱くなった時、唇が重なった。
さっきの一瞬じゃなくて、しっかりと。
もう何時間もそのままのような錯覚がしてくるほど。
頭がぐらぐらに溶けそう。

重ねているだけなのに、限界のような気がしてあたしは蛍を押しのけた。
いろいろな気持ちが混ざって息が上がる。

「……」
「…何その顔。自分がしろって言ったんデショ」
「……」
「何かご不満でも？」
「…これからずっとこんな事するの？」
「まぁ、そうだろうね」

恋人同士ってみんなこれが当たり前なのかな。
あたしは今すぐ溶けて死にそう。
耐えられるのかわかんない。

「……」
「何が言いたいの。ハッキリ言いなよ」
「…正直持たない気がします」
「持たせて貰わなきゃ困るんだケド」
「……」
「ほら、早く行くよ。こんな道端で時間食ってちゃダメでしょ」

蛍に無理やり手を引かれて歩く。
いつかにもあった光景。
でも前とは違う。
あたしの腕を掴む蛍の手も熱くなっていて、ふたりでそのまま道に溶けながら消えちゃうんじゃないかと思った。

6月の熱気に、むしむしと消える。
まだまだ序の口。
脳裏にはハッキリと唇の感触が染みついた。

「そういえばマイ、いつもいい匂いするけどなんか付けてる？」
「うん。ブルガリのオムニア」
「名前までは知らないけど。僕それ結構好きだよ」
「…蛍も使う？」
「遠慮しとく」