アイドリッシュセブン 【Re:member編】
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真っ白な部屋。
窓を覆う白いカーテンは風に吹かれてゆらゆら揺れている。
個室であるその部屋のベットには1人の少女がいた。
日焼けを知らない真っ白な肌。
夜の闇を溶かしたような少し紫がかった黒髪。
時折、カーテンの隙間から入る日の光に、彼女は眩しそうに蜂蜜のような黄金色の目を細めた。
少女の名前は兆星奏。
数日前に久々に風邪をひいて緊急搬送された奏は現在、経過観察のために入院していた。
先天性気管狭窄症。
奏の生まれながらの病気である。
生まれつき気管が部分的あるいは全体的に細いという病気で医療の進歩した現代でも治療は大変と言われる難病だ。
この病気のせいで風邪をひくだけでも呼吸困難になりかける日々を奏は送っていた。
しかし、奏は軽度の症状のため喉や気管に負担をかけてはいけないこと以外はそこまで生活に支障は無かった。
奏の母は有名なピアニストのためいつも仕事で色々な場所を飛び回っている。
そのため、家族との時間が取れるのはほんの少しだった。
父はそこそこ有名な作曲家で時間が空いている時は見舞いに来てくれたが、打ち合わせの時や締め切り間近な時は奏に構っていられなかった。
去年までよく来てくれた兄も今年は中学3年生で高校受験の勉強に追われていた。
しかし、家族に会えなくても奏にはちっとも寂しくは無かった。
なぜなら、奏には大好きな音楽があったからだ。
母と父が音楽関係者、更に伯父も音楽関係者の音楽一家な兆星家に生まれた奏には生まれた時から音楽がそばあった。
だからか興味を持つのも早く、のめり込むのも早かった。
奏は暇さえあれば大好きな音楽を聞くようになっていた。
更にこの病院には祖父も入院していたため話し相手にも困らなかった。
四肢が不自由という訳では無く、症状が出なければ呼吸に問題もないためチューブも特に繋がれていなかった奏は祖父の病室を頻繁に訪ねていた。
規定の時間に看護師さんが持ってきてくれた薄味の病院食を食べ終え、午前中の軽い検査を終え、看護師さんに祖父の病室に行く許可をもらい、 奏は自分の病室を出る。
そして少し歩いた先にある「兆星宏」と彼女の祖父の名前とその他数人の名前の書かれた病室に足を踏み入れた。
「おじいちゃん!」
「おお。奏、おはよう」
「おはようってもうおひるだよ?」
「そうだな。じゃあ、こんにちはかな?」
「そう!せいかい!あ、おじさん、こんにちは!」
「こんにちは。奏ちゃんは、今日も元気だね」
「おおげさなんだよ。私はこんなにげんきなのにまだたいいんできない…」
「あはは。きっと、もうすぐ退院できるよ」
宏の隣には同室の患者がいた。
宏よりも年上に見えるその老人は話すのも少しゆっくりだ。
初めて会った時に自己紹介をしてもらった気がするがいつもおじさんと呼んでいるため奏は彼の名前を忘れてしまっていた。
宏は彼と話していることが多く、2人はとても仲良が良かった。
奏も彼と話したことがあった。
人生経験が豊富な宏たちからの話は外の世界をあまり知らない奏にとってはどれも興味深いことであり、聞いたり、話をするのはとても楽しいことだった。
だが、今日は見たこともない子が彼のそばにいた。
彼のお見舞いに来たであろうその子は綺麗な紺色の髪が特徴的な少年。
年は奏と同じくらいに見える。
奏が視線を移せばくりっとしたトルマリンのような青緑の瞳とバッチリ目が合った。
少年は奏のことをこの子、誰?と言わんばかりの視線で見つめていた。
「おじさん、その子は…」
「ああ。この子は私の孫だよ。奏ちゃんは会ったこと無かったね」
「もしかして万くん?」
「あはは。当たりだよ」
万くん。
それは奏がいつもおじさんと話す時に出てくる名前だった。
昨日は何かをしてくれたとか何かをもらったとか色々な話をおじさんから奏は聞いていた。
「おれのことしっているのか?」
小さな口から発された少し高い幼い声はスッと奏の耳に入ってくる。
先程まで不思議そうに奏を見ていた瞳は驚きの色で染まっていた。
「おじさんがよく万っていう子のはなしをしているからきみがそうかなって思って」
奏の言葉に彼は嬉しそうに微笑みながらそっか。と呟いた。
「おれ、大神万理!きみは?」
万理は奏に駆け寄って、元気よく自己紹介をする。
「わたし?わたしは兆星奏」
「兆星、奏…」
奏が自己紹介をすれば万理は噛み締めるように奏の名前を復唱した。
「…よろしくな、奏!」
そして子供らしい笑みで奏に笑いかけた。
幼くて無邪気で曇りの無い、純粋な笑みだった。
「!うん!よろしく!万くん!」
これが奏にとっての初めての友達…そして長年付き合っていく幼馴染との出会いだった。
不意に奏の意識は覚醒した。
机に突っ伏している顔をゆっくりと上げて目を開けると、暗闇に慣れた目には光が眩しくて思わず奏はその蜂蜜の目を細めた。
周りを見れば休み時間にはしゃいでいるクラスメイトが多く見える。
(……夢、か…)
授業終了後、昨日も徹夜で作曲をしていた奏はすぐに机に突っ伏し、眠りについた。
僅か数分の休み時間も奏にとっては貴重な睡眠時間だった。
授業の合間の少しの仮眠で夢を見るくらい深い眠りについたなんてよっぽど疲れていたようだ。
(懐かしい夢…)
あの夢の出来事は奏にとってはもう13年も昔の話だ。
そして、4年前、奏の父が病気で入院し、あの大神万理と名乗った幼馴染の彼とはそれを機に会えなくなった。
母は家にいないことが多く、兄は既に社会人として独り立ちをしており、家を既に出て1人暮らしをしていた。
当時中学生の奏を1人家に残しておくわけにもいかず、奏は兄の家に世話になることになったのだ。
いつも会いに来てくれるのは万理の方からで奏は万理の家を知らなかった。
万理が兄の家を知っている筈もなく、伝える間も無く引っ越しは行われ、会えなくなってしまったのだ。
そのため奏は万理が今頃どこで何をしているのかも知らなかった。
「あ、起きた?トキ」
「…ん。おはよう。アオ」
奏はまだ開きかけの目を擦りながら声をかけられた方を向いた。
そこにはミルクティー色の髪に澄んだ緑色の瞳の女がいた。
奏のことをトキと呼び、奏にアオと呼ばれたこの女の名前は園田葵。
学校で浮いた存在である奏の数少ない友達だった。
ピアノにドラム、ギターもプロ並みの技術を持ち、ヴァイオリンも始めたばかりだというのに経験者を既に追い越しそうな程早い成長速度である。
噂にならない方が無理だった。
そんな奏は1年生の頃、天才だと先生に持て囃され、期待され、先輩は嫉妬や怒りのこもった視線でこちらを睨み、同級生からは羨望の眼差しや言葉を幾度となく浴びせられた。
2年生になれば後輩は奏を尊敬の眼差しで見つめた。
確かに奏は天性の音楽の才能を持っていた。
しかし、そんな奏でも努力をしなければ技術は身につかない。
当然それ相応の努力をしていた。
授業が終わってからも毎日夜遅くまでヴァイオリンの練習は欠かさない。
作曲で徹夜の日でも自分の成長になる授業は眠い目を擦りながらも真剣に聞いて頭に入れ、実技もしっかりとこなしていた。
そんな奏を葵は天才だとも羨んだりもしなかった。
努力を分かり、労ってくれる理解者であった。
葵は奏が遊びよりも音楽な人物ということを知っていたし、そんな奏が好きだった。
奏程ではないが十分な音楽オタクで、幼い頃からヴァイオリンを習い、数々の賞を受賞していたかなりの腕前の持ち主だ。
そのため、幼い頃から天才と呼ばれ、努力を一言で片付けられることに葵自身、不満を感じていた。
似たような彼女たちだからこそ意気投合したのかもしれない。
「うん。おはよう。次、実技だよ?もう行く?」
「うん。行こうか」
(万くん…。久々に、会いたいな…)
奏たちは授業で使うヴァイオリンを手に教室を出た。
今思えばあの夢はこれから起きることの前兆だったのかもしれない。
運命の出会いと再会の時はすぐそこまで迫ってきていた。