第三章 初めてのステージ
夢小説設定
本棚全体の夢小説設定魔法使いの約束以外の夢小説は一括で変更可能です。
魔法使いの約束は魔法使いの約束の名前変換場所からどうぞ。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ライブ終了後
観客のいなくなった店内ではスタッフが機材やスタンドの片付けや客席の掃除をしている。
そんな姿を奏は客席の端からぼーっと眺めていた。
(私、人前であのステージに立ったんだ…)
いつも練習しているステージが奏の目には特別なものに見えた。
肌を刺す照明の熱も観客の声も目を閉じれば鮮明に思い出せた。
「初めてステージに立ってみてどうだった?」
「あ、千…」
いつの間にか奏の隣には千がいた。
千は奏の方を見ながら奏に問いかけた。
「……すごく楽しかった。まだ夢なんじゃないかって思うよ…。私がステージに立てる日が来るなんて。ずっと叶わないと思って諦めていたから…。困惑しているお客さんも多かったけど純粋に楽しんでくれているお客さんもいて…。千の曲は演奏していて楽しかった!それに人と合わせるのってやっぱり楽しいね!」
奏はステージを見ていた顔を千に向けると花が咲くような満面の笑みで笑った。
その笑みは夢を叶える第一歩を踏み出せたことへの嬉しさと楽しかったという気持ちが滲み出ていた。
そして最後の言葉は奏が昨日、千と万理と合わせて思ったことだった。
毎日、毎日1人で弾いて、1人で録って、完成させてきていた。
奏自身、楽器を弾くのも曲を作るのも好きだ。
それゆえにそれがつまらなかったとは言わないがまた違う楽しさを感じていた。
1人で作る曲、自分自身の色しかない曲は1人ではどうやってもその色にしかならない。
しかし、他人と作る曲は他人の色も集まって互いに他の色を際立たせる。
そして何より1人でやっていた時には感じなかったグループとしての一体感が奏は好きだった。
「そう…」
その声は素っ気ない声色だったがそんな千の顔は奏には心なしか微笑んでいるように見えた。
「お、ここにいたのか。探したぞ」
奏か千と話していると客席の入り口から万理がギターケースを背負って2人の元に歩いてくる。
「あ、万くん」
「万」
「全く、2人とも勝手にどっか行くなよな」
「ごめんごめん。なんか見ておきたくなってさ」
そうして奏がステージを見れば万理も同じようにステージを見つめた。
「…余韻が抜けないか?」
「ふふっ。そうだね。でも、もう大丈夫。だから帰ろう?」
「そうか?じゃあ帰るか」
そして奏たちはまだスタッフの残る会場を後にした。
「奏!いい演奏だったな。流石俺の妹だ!」
帰り際、事務所に3人が立ち寄ると雅季が真っ先に駆け寄ってきて奏頭を撫でる。
「ちょ、!髪がぐしゃぐしゃになるよ兄さん!」
「!ああ、悪かったな」
そうして雅季は申し訳なさそうな顔をして奏の頭から手を離した。
「でも、褒めてくれて嬉しい。ありがとう。兄さん」
奏は髪を整えてから雅季の方を向き、髪が乱されたことによって言えていなかった言葉を伝える。
その顔は改めて言うのは少し照れ臭いのか少しだけ赤かった。
「あーーー…」
「どうしたんですか!?オーナー!?」
「あー、いつものことだから気にしないで…」
顔を抑えながら唸ってしゃがみこんだ雅季に万理は焦ったが、奏には見慣れた光景で苦笑いを浮かべながら雅季を見ていた。
「さて、改めて紹介するね。この唸っているのが私の兄の兆星雅季。兄さん、千はこの前知り合っただけだけど、万くんは幼馴染だよ。兄さんも知っているよね?」
「え?!万はあの万くんか?!」
「え?」
「いやー、そうかそうか君が…」
雅季の反応に万理がキョトンとしているのも気にせずに雅季は万理の方に視線を向けて話を続ける。
「君には感謝しているよ。小さい子はみんな外で駆け回るのが多いからその輪の中にも入れなくていつも羨ましそうにこいつは病室から外を見ていた。だけどある日友達ができた!って嬉しそうに言っていたんだ。それからは色々なことを笑いながら話してくれる日が増えた。まあ、音楽をやっている時も楽しそうだったんだけどそれ以上に嬉しそうで楽しそうだったんだ。君がいてくれたから奏は寂しい思いをせずに済んでいたんだ。ありがとう」
そして雅季は深く頭を下げた。
オーナーに頭を下げられていると言う状況に万理は焦った。
「か、顔をあげてください!そんなお礼を言われるようなことじゃないですし!」
「それでもありがとう。それに奏のことを誘ってくれたんだろ?おかげで奏は夢に向かって一歩を踏み出すことができたんだ。君にはお世話になってばかりだね」
「いや…、それは最初に誘ったのは千なので…。もちろん俺も千の意見に同意しましたし勧誘はしましたけどそのお礼は千に言ってください」
「ああ、そうなんだね。ありがとう、千。奏をRe:valeに引き入れてくれて」
そうして雅季は千に向かって深く頭を下げた。
「……別に。Re:valeの曲のためだ」
「ははっ!その答えは君らしいね。…今後とも奏のことよろしく頼むよ」
そう言った雅季の瞳は優しく奏への愛情が溢れていたが表情は真剣そのものだ。
それはまさしく兄の顔と呼ぶのにふさわしかった。
「はい」
「…」
はっきりと返事をした万理と無言で静かに雅季を見つめる千。
対照的な2人だったが雅季は何かを感じ取ったかのように微笑んだ。
「さて、今日はもう遅いし気をつけて帰るんだよ。それじゃあね」
そして雅季はひらひらと手を振りながら事務所を出て行った。
「…妹思いのいいお兄さんだな」
「…そうだね。兄さんがいなかったら色々大変だった。お世話になりっぱなしだよ」
奏は雅季の出て行った扉を見つめた。
その瞳は視線こそ扉に向かっているがいつもの凛とした瞳とは違う淡く優しい光が宿った瞳はここではない遥か遠くを見ているようだった。
毎日病室に通って遊びに付き合ってくれたり、言葉や文字を教えてくれたり、知らない外の世界の話をしてくれた。
母が恋しくなった時には母のコンサートのDVDや出演番組を一緒に見て、父が行き詰まって病室に来れなかった日には刺激になるようにピアノと歌を録音して届けてもらった。
父が入院してからは居候させてもらったことはもちろん仕事で忙しい中、ご飯や学校への教師への提出物まで色々面倒を見てくれた。
そして今もライブハウスを使わせてもらっている。
そんな思い出たちが奏の頭に走馬灯のように駆け巡った。
奏は目を閉じて少しするとその目を開き万理たちに向き直った。
その瞳は先程の瞳とは違い、いつもの凛とした光を持っていた。
「…さてと。じゃあ、私たちも帰ろうか」
「…ああ。そうだな」
「…」
そして3人はライブハウスを後にした。