第一章 スカウト
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しばらくすると万理が反対方向から走ってくるのが見えた。
「迎えにいこうと思ったのに来てくれたのか」
「まだファンの子達いるのに迎えに来たら大惨事だよ。2人のファンは少なくないんだから」
「あはは…。それもそうだな」
2人はそんなことを話しながら控室までの道を並んで歩く。
途中、今日出演していたバンドの人ともすれ違い、奏はすれ違う度に会釈をしていた。
「で、俺たちの演奏はどうだった?」
「……」
「奏?」
「それはちゃんと話したいから千さんがいる時に話すね」
奏ははっきりとした声で万理に答えた。
「…そうか。分かったよ」
「そういえば千さんに私の病気の話した?」
「いや、話してないけど…」
「…そう。分かった」
万理は奏の身体のことを受け入れてくれたが今考えてみれば千に奏は自分の事情を全く話してない。
受け入れてもらえるか奏は少し不安になった。
そんなこんなで話していると2人は控室に到着する。
万理がドアを開け、奏に中に入るように勧められる。
奏が少し躊躇っていると万理はもう終演時間からだいぶ経っているし、他のバンドの人はいないからさっさと入れ。ともう一度奏を部屋に入るように促した。
「…お邪魔します」
奏は諦めたように万理の開けたドアを通って控室の中に入る。
その顔は少し緊張しているようだった。
奏が控室に入るとそこにいたのは机に顔を突っ伏している千。
バタンとドアの閉まる音に千は顔を上げた。
「あ」
「連れてきたぞ」
「で、どうだった?」
「返事はこれから」
「…」
千は黙って奏を見つめる。
「で、千も揃った。返事を聞かせてくれるか?」
「…その前に千さんにお話ししないといけないことがあります」
「…なに?」
千は早くしてほしいと言いたげな顔で奏を見ていた。
奏はそんな千を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「…私、生まれつき気管が細いんです」
「…は?それとこれのなにが…」
「黙って聞いてろ」
口を挟もうとした千を万理は制する。
万理に制されて千は口を閉じた。
「……」
「…風邪をひけば呼吸困難を起こして入院するような不完全な、欠陥のある身体です。ライブに穴を開けるかもしれません。いつ窒息して死ぬかも分からない身体です。それでも貴方は私を欲しいと言いますか?」
プロになればスケジュールに穴を開ければ信頼、信用に関わる。
重要なことだ。
グループの評判に影響もする。
そんなことになったら千と万理には多大なる迷惑をかける。
その可能性を奏は千に話した。
いらない。と言われれば奏の夢は今度こそ儚く散るだろう。
奏の瞳は不安そうに揺れていた。
「…そんな身体だろうが、お前がいればRe:valeはもっと上に行けることは事実だ。答えは変わらない」
千は面倒くさそうにでも、はっきりと言った。
「っ…。確かに私がいればRe:valeはもっと上に行けるかもしれません。でも、私は突然いなくなるかもしれません。その時、Re:valeは必ずダメージを負います。新しい人を探さないといけなくなる。なら、私以外を使った方が安定する。そう思わないんですか?」
「メンバーが辞める、居なくなるなんて日常茶飯事だし気にならない」
奏の言葉に千は即答した。
「あはは…。そうだな。それに穴を開けると言うか…遅刻もよくあることだし…」
万理も苦笑いを浮かべてチラッと千を見やったが千はそんな視線に気がつかなかったようだった。
千とそりがあわなくて辞める。
千自身から切る。
そんなことをRe:valeは何度も体験している。
その度に苦労をしているのは万理なのだが…
「それに奏は死にたがりじゃないし、そう簡単に自分が死ぬような真似しないだろ?」
「…それは、できる限り生きようとは思っているけど…」
「なら、問題ないじゃないか。過剰な運動と発声、健康面に気をつけていれば問題ないだろ?」
言葉を濁す奏に万理は何も問題なさそうにキョトンとした顔で言った。
どうして、彼らはそんなことを言うのだろう。
奏の瞳には涙が溜まっていた。
壊れかけの身体。
いつ壊れ、機能を停止するか分からない身体。
そんな身体を持つ自分自身をリスクを負ってまで欲しいと言ってくれる。
それが奏は嬉しくてたまらなかった。
「欠陥があろうが壊れかけだろうがまだ動けるなら動けなくなるまで僕たちはお前を使い続ける。その時のことなんてその時考えればいい。僕たちにはお前が必要だ。…お前の身体が奏でる音が僕たちは欲しい」
「…そんな身体でも奏の奏でる音楽は最高だよ」
「っ…!」
2人の言葉に奏の涙腺は限界を迎え、涙が頬を伝う。
「うぅ…っぅ…」
「ははっ、泣くなよー。呼吸困難になるぞ」
「だ、だって…!」
とうの昔に諦めていた夢がやっと叶おうとしている。
こんな自分を欲しいと言ってくれた2人への感謝と嬉しさに奏は泣かずにはいられなかった。
「……それで、奏、今度こそ答えを聞かせてくれるか?」
万理の優しい声色に奏は泣きながら口を開く。
「…私を、リヴァ…、レに、コホッ、入れて、くだ、さいっ!」
涙と嗚咽で途切れ途切れな奏の声だったけれど万理と千の耳にはちゃんと届いた。
「ああ。もちろん。歓迎するよ。奏」
「…」
そうして万理は優しい笑みを浮かべて奏に手を差し伸べる。
奏は迷わずゆっくりと手を重ねた。
これが新しいRe:valeの誕生だった。