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幼馴染は人気者

 春が来た。胸踊る小学校の入学式に、琴子はワクワクしていた。今日は重雄が店を休んでやって来てくれた。悦子は残念ながら病院で入院中で来れなかったが、それでも、学校に通える事が何より嬉しかった。
 入学式を終えて、琴子はすぐさま病院に向かった。悦子に今日のことを教えるのだ。

 「お母さん!!」

 病室を開けて、悦子のいる場所に向けて声をあげる。そこにはすでに、紀子と重樹、直樹も居て、一緒にお話していたみたいだった。

 「こら琴子、大声を出すな。」

 重雄に注意されて、えへへと笑って、悦子のもとに駆け寄った。

 「こんにちは、琴子ちゃん。」

 「こんにちは! 直樹くんもこんにちは!」

 「おー。」

 相変わらず低いテンションで返事が返ってくる。が、琴子は気にしない。ニッコリ笑いかけて、視線を悦子に戻した。

 「あのね、今日入学式でね・・・。」

 要領の得ない琴子の話を、悦子は笑いながら聞いている。時折直樹が、琴子の間違った言葉を訂正するので、その度に話が止まってしまうけれど、話す琴子は楽しげだった。




 悦子が亡くなったのは、それから数日と経たない後のことだった。




 直樹達が駆けつけたとき、重雄も琴子も深く沈んだ顔をしていた。悦子は今手術中らしく、ランプが赤く光っている。
 おしゃべりな琴子が、静かに座って、祈るように手を固く握っていて、その不安が大きいことを物語っていた。

 「アイちゃん・・・。」

 重樹が小さく呟いた。重雄には聞こえていないようだった。直樹は何も言えなかった。


 それから数時間経ったような時間を感じた。実際には数十分とも経ってはいなかったけれど。手術室から青い服を着た医者が出てきた。重雄が跳ねるようにしてその医師に駆け寄った。

 「先生、悦子は・・・。」

 首を振った。厳しい顔をしていた。それだけで、賢い直樹は何を意味するかわかった。
 重雄が、がくりと膝をおった。床に跪いて、酷く項垂れていた。琴子には、どうしてお父さんがそんなふうになっているか分からなかった。分かりたく、なかっただけかもしれない。

 「琴子・・・。」

 ふと声をかけられて、ようやく直樹達がいることに気づいた。いつもなら、会えたことが嬉しくて、すぐに笑顔になるのに、今日は何故か笑えなかった。


 「ナオちゃん・・・。」


 いつかの呼び名。懐かしい渾名だ。知らぬ内に幼い頃の呼び名を呟いていた。

 「お母さん、もどって来るよね?お母さん、無事なんだよね?」

 誰が答えようとも構わなかった。ただ、誰かに頷いて欲しかった。それが直樹だっただけのこと。それなのに、直樹は顔を強ばらせて、首を横に振った。

 「うそ。」

 「・・・・・・。」

 「うそだ。」

 「・・・・・・。」

 「うそだ!!」

 分かっているくせに、涙をこらえてただただ首を振った。信じたくない。信じられない。


 「琴子。」


 重雄の声が静かに響く。
 何を言ったわけでもないのに、琴子はその声にようやっと現実を受け止めて、大声で泣いた。直樹は、崩れるように床に座った琴子の横に座って、その背中を優しく撫でた。





 「直樹くん。」

 今日は小学校の入学式だ。琴子より少し早めに終わったみたいで、琴子はまだ来ていない。重雄と紀子は売店に行ったために今は直樹と悦子の2人きりだった。

 「何?」




 悦子は笑った。



 「---琴子を、よろしくね。」



 とても儚い、笑みだった。




 「---わかった。」









 それが悦子と交した、最初で最後の約束だった。









 彼女があの時、何を思ってそれを頼んだのか、今も分からない。
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