Tomorrow is another day
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『…緊張するな』
いつものデスクの前、ではなく他社の会社のデスクを使わせて貰い資料を確認しながらそう呟く。
「大丈夫ですか?今日はそこまで大掛かりないものではないですけど…」
『確かに説明するだけなんですけど…やっぱり人様の前に出るのは大なり小なり緊張しますよ』
動く度にフワリと舞う栗色の髪がとてもよく似合う同僚がそういうものですかと答える。今日はこの間二郎君が会社近くまで送ってくれた時に片付けていた仕事の締め。というのは大袈裟だが、最後に相手方の会社に説明して終了という内容だ。
「そういえば最近ミョウジさん、なんか前より生き生きしていません?」
『生き生き…ですか。もしかして今まで無気力そうに見えてました?』
冗談めかして言うと同僚は可愛らしく笑いながら口に手を添える。
「フフッ、いえいえ!そうじゃないですけど…なんていうか前より明るい表情されてる気がして…彼氏が出来たとかですか?あ、これってセクハラになりますか?すみません」
『全然気にしないでください!それに彼氏は相変わらずいませんよ』
きっとそう見えたのは最近人と関わることが増えたからなのだろうかと思う。左馬刻さんや一郎君…今まで関わることが無さそうな人達と話して刺激を受けたのかもしれない。そんなことを考えていれば時間になり、特に問題もなくプレゼンは無事終了した。
『お疲れ様でした。それでは我々はこれで失礼を…』
「あぁ、待ってくれ。せっかくだからこの後飲みに行かないか?もう退社するだけだろう?」
この後は直帰するだけだと思っていたら先方の課長さんからそう言われた。労いも込めてという意味合いなのだろうが、課長さんの目は可愛い同僚を見ている。多分少しでもお近づきになりたいのだろう。
(でも残念ながら彼女には素敵な彼氏さんがいるし、正直髪が薄いおじさまには不毛な願いだと思うけど…)
「さぁ君達も行こうじゃないか。あぁ、観音坂。その書類私のデスクに運んでから来てくれ」
とっとと飲みに行きたいのか同じくプレゼンに参加していた部下にそう言いやると課長さんは他の人達を伴って先に行ってしまう。その様になんだかモヤっとした私と観音坂と呼ばれた2人がその場に取り残された。
『あの…良ければ手伝います。結構な量ですし』
「えっ!?」
見てはいけない資料は恐らくないだろうと踏んで声を掛けるとビクリと肩を震わせて驚かれた。隈が酷く顔色もあまり良くないように見えるので体調が悪いのかもしれない。
『お疲れの様に見えるので、場所教えて頂ければ全部運びますよ。こう見えて力はある方なんです!』
腕も脚も華奢で抱き締めたら折れてしまいそう…なんてものとは正反対の体格なのでこのくらいの資料は特に問題ないと思っていたら慌てて手に持った資料を奪われる。
「い、いやいやいや!全然!俺も元気なんでこれくらい…というか取引先の方に持たせる訳には…」
『では2人でやってしまいましょう。その方が早いですし』
「…す、すみません。ではお言葉に甘えて…」
『いえいえ。あ、私こういう者です。今更ですが…』
「あ、こちらこそ申し遅れました…」
お決まりの言葉と共に名刺交換をする。妙にオドオドとしたその人は観音坂独歩という印象的な名前。整った顔立ちに刻まれた隈を見る限り絶対飲み会なんて参加しない方がいいと思うが、貴女も参加されるのであれば行きますという言葉と共に一緒に飲み会に参加することになった。
「飲んでるかね?最近の若い奴らは飲まないからなぁ〜」
既に出来上がっているであろう課長さんは酒臭い息を吐きながら私の元へ来た。どうやら同僚と話してはいたがガードが固くてこちらに来たのだろう。そしてあろうことかぐいぐいとお酒を飲ませにかかってくる。
「どうした!俺の酒が飲めないのかぁ〜!」
『そんなテンプレみたいなこと言われても…お酒は飲みますけど自分のペースで飲みたいのでご容赦頂けませんか?』
酔っ払いだからしょうがないと思いつつどんどん近くなっていく距離には少し嫌悪感を抱く。ついこの間も危ういことがあったせいで体が勝手にビクリと震えてしまう。
「ここは俺に任せて下さい」
あっと思った瞬間にはお酒が注がれたグラスはすっと取られ、少し痩せた喉仏が数回上下をするのをじっと見つめてからふと我に返った。
『か、観音坂さん!』
「ウチの課長がすみません。ああなると止まらなくて…とりあえずガラスが空になっていれば文句は言わないので」
『すみません。私がきちんとお断り出来てないから…大丈夫ですか?体調が悪そうに見えるのに一気に飲んだりなんてしたら…』
「よくある事なんで…それにさっきのお礼というか…とにかく大丈夫なのでミョウジさんは気にしないで下さい」
そう言うとぐいぐいとグラスを煽っていく。確かに課長さんは空になっていれば何も思わないのか誰も聞いていないような自慢話を延々と繰り広げながらもお酒を注ぎ、それを観音坂さんが飲み干す。その結果…
「あンのハゲ課長…そもそもミョウジさんに距離が近いんだよ…クソ…」
『観音坂さん、お水飲んで下さい!そしてもう帰りましょう!皆さん自由解散みたいになっているので』
「んん〜…ミョウジさん…まだ行かないで下さい…」
『観音坂さんが心配なので離れられませんよ。元はと言えば私の代わりに飲んでくれたんですし…』
千鳥足の観音坂さんに肩を貸す形で店を出る。早くタクシーを拾って家に帰してあげたい。その時観音坂さんが小さくえづく音がした。
『!大丈夫ですよ。そのまま吐いちゃいましょう。丁度足元に下水道がありますし』
「うっ…うぅ…」
本当は吐瀉物はきちんと片さないといけないが生憎今は出来そうにない。そのまま下に流させて貰おう。さすさすと肩を撫でハンカチで口元を拭いてやると少し落ち着いたのかくたりと座り込んでしまった。
『さっきお水買っておいたのでこれで口を濯いで下さい。あ、タクシー来ました!1人で乗れそうですか?』
「……」
『無理そうですね…えっと住所言えます?』
モゴモゴと口ごもる住所をなんとか聞き取り運転手さんに伝える。乗る前に一度吐いているから多分大丈夫だろうけど内心ヒヤヒヤしながらそのまま揺られているとどうやら目的地に着いたようだ。
「スマホ…会計…」
『あ、じゃあ開いてもらって…はい、お願いします』
うつらうつらしながらお会計を済ませて貰いようやくマンションの扉の前まで辿り着いた。細身とは言え身長のある男の人を支えるのは大変で少し汗ばんでいるといきなりガチャリと扉が開いた。
「あれ?独歩ちんおかえ…」
『あ、突然すみません…ルームメイトさんですか?』
「ああああああ!!!」
『えっ!?』
派手な髪色をした男の人が出迎えたと思ったらいきなり悲鳴をあげられそのままものすごい勢いで後ずさってしまった。もしかして…不審者と思われているのかもしれない。
『すみません。怪しいものではありません。会社は違いますが同じ事業でご一緒させて頂いた者です。私のせいで潰れてしまったので送らせてもらったまでで…』
そう説明しても青ざめた顔は一向に治らず寧ろ酷くなっている。もしかして私の何かが怖いのかもしれない。
『……貴方に危害を加えるつもりはありません。観音坂さんを玄関に運んでも大丈夫ですか?それ以上は近付きませんので…』
ゆっくりとそう言えば目を逸らしながらこくりと頷きを返された。とにかく家に入ってしまえば後はルームメイトさんがやってくれるだろう。
『よっ…いしょと。観音坂さん、今日はありがとうございました。ゆっくりお休み下さい。すみません、夜分遅くに失礼致しました』
ガチャリと扉が閉まりほっと一息吐く。確かにこんな夜遅くに見知らぬ人間が自分のルームメイトを担いできたら驚くだろう。それにしても怖がられていた気がするけど。何はともあれ無事に送り届けることが出来たので私も家に帰ろう。
アプリでタクシーを呼びようやく家に着く。ずっと支えていたせいで肩が少し痛むけど大したことではない。それよりも観音坂さんの明日が心配だ。
『絶対二日酔いになりそう…すみません、観音坂さん…』
あの苦しみを想像してそっと懺悔をするしか出来なかった。
I didn't mean to upset you.
-脅かすつもりはなかったんだ-
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