初夏、予感。
dream
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帰り道、月島くんは私にパーカーを着させてくれた。
パーカーからふわりと柔軟剤の香りがして、自分のものじゃないそれに顔が熱くなる。
さっき頬についたケーキをとってくれた時から心臓の音はずっとうるさくて、月島くんに聞こえていないか不安になるほどで。
バス停が近づく。
バスが来るまであと15分もある。
「あとはバスに乗るだけだから、ここでいいよ」
月島くんにパーカーを返そうと脱ぎ始めたところで私の肩に月島くんが手を乗せた。
「そのまま着てなよ、家まで送るから。だいたい、女の子がこんな時間に1人とか危ないデショ」
「……う、ありがと……」
メガネ越しに見た月島くんの目は、それ以上何も言わせないと訴えているように見えて、素直に従う他なかった。
「……問題。叙任権闘争渦中において、自身の身を守るためにハインリヒ4世が3日間贖罪を行い、破門の撤回と教皇からの許しを願ったことを何というでしょう」
「へっ……」
「なぁに、簗瀬さん。これはさっき教えたばっかデショ」
バスを待つためにベンチにふたり並んで腰掛けていた時、いきなり月島くんから出題された世界史。
「わ、わかるよ!カノッサの屈辱……だよね?」
「ふーん、正解。よくできました」
正解すると月島くんは頭をぽんと撫でてくれる。
別に、問題の答えが分からなかったわけじゃない。
月島くんの教え方は本当に分かりやすくて、今まで世界史を暗記物だと思っていたけど、人が生きて現代に繋いでくれた証なんだと思うとひとりひとりのストーリーの面白さや悔しさ、波乱万丈な人生に思いを馳せることで、難易度が一気に下がったような気がした。
私が驚いて声も出せなかったのは、横文字を覚えるのが苦手な私が単語帳を持っていたのとは対照的に、テスト期間中なのに普通に小説を読んでいて、私に質問を出した時も、教科書や参考書なんかノールックで出題したことだった。
「月島くんって苦手科目とか、ないの?」
「……無いね」
読んでいた小説から目を離し少し考えて応える月島くんは本当にスマートで、同い年の、この間まで中学生だった男の子とは思えないものだった。
「やっぱりすごいね、月島くん……」
私が羨望の眼差しを向けているのに気がついたのか、月島くんはコホン、と咳払いをひとつした。
「それでも、苦手なことくらいは僕にもあるよ」
「えっ、何?」
月島くんは私を暫く見つめたあと、フイとそっぽ向いた。
「……君には教えてあげない」
「えええ〜、何それ」
月島くんは冷たく私を見た後、遠くに光るバスの灯りを見つけて立ち上がる。
「ホラ、くだらないこと気にしない。バス来たよ」
月島くんはバスの中も、道中も静かで、さり気なく車道側を歩いてくれたりしてくれていた。
「あ、私家ここだから……ほんと遅くなっちゃってごめんね」
「明日はどうする?」
パーカーを返すためにカバンを一旦床に置く。
明日……?
もしかして、明日も勉強教えてくれようとしてる……?
「そっ、そんな!月島くんの教え方本当に分かりやすくて助かったけど、月島くんだって試験あるのに、これ以上迷惑かけられないし……」
「そう、それじゃ、僕は帰るけど、戸締りちゃんとしなよ」
私は月島くんにお礼を言ってパーカーを返した。