捧げ物
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正月明けで体重計に乗ってみたら当然の如く増えていた体重。
入隊してから何かとイヅルが腕を振るってくれるものだから、ついつい箸を口に運んでしまう。
長身で細身な彼と横に並ぶと悲しくも比較してしまう。
嗚呼、悲しすぎる。
できるだけ霊力の消費は控えよう。
市丸のことだ、感づかれたら食事を強要されるに決まっている。
あなたにはどうでもよくても私にとっては大問題。
微妙な体重の増減を気にしてしまうのは愛ゆえに。
時間をかけて説教しても無駄だと分かっているから言いはしないけど、並んだら一目瞭然。
あと何センチか差があったのなら対抗できたのだろうけど、突き放されてしまった天と地の差は目と心が痛い。
涙ぐましい努力も全てはあなたのためなのです。
「姫~」
三番隊にしては珍しく、市丸が職務時間中に詰所の中にいた。
昼寝か仕事の逃避の為にいつもはいないのに。
手招いて姫を自席まで呼びつける。
姫は不安ながらも予感が当たらぬことを祈り、市丸の元へと近付く。
どうか魂葬の依頼ではありませんように。
事務処理なら吉良副隊長の五倍であろうと望まれるなら、文句も言わずこなして見せますから。
だからどうか。
どうか霊力を削る事だけは勘弁して下さい。
「あのな、仕事の話なんやけど」
「はあ……やっぱり……」
一気に奈落の底へと突き落とされてしまったようだ。
長々と続けられる話の中には、魂葬の二文字が。
姫はがくり、と項垂れ俯いてしまった。
「どないしたん? 姫」
「いえ……魂葬でなく事務処理なら有難いんですけど……やっぱりだめですよね」
「現世行くん嫌なん? こっちと空気合わんのはボクも分かるんやけど……姫も合わへんか?」
ビルと呼ばれる建造物が立ち並び、都会は緑さえビルで覆われていて自然の力は減少している。
騒音と廃棄ガスに悩まされているものの、開発するばかりで中断しようとはしない。
理解し難い民族が住まう場所。
人込みを掻き分けて駆ける事も隊長からの指令でなければお断りだ。
こちらの空気と違っていて、見慣れぬ風景には幾度となく迷わされているから。
初めての道に方向感覚はなくなり、東西南北がわからなくなる。
西洋の服を身に纏い、歩道を歩く人々。
時には和服姿の者も見られるがどちらかといえば少ない。
現世という存在そのものを忌み嫌うわけではない。
魂葬がなければいいのだが、それなくして現世に向かわせることはないだろう。
魂葬には霊力と体力を使う。
空腹へと導き、こちらに戻れば腹ごしらえをしてしまう。
結果、体重は増えて終いには形を変えてしまうだろう。
だから姫は嫌なのだ。
「ええ……とてつもなく」
「魂葬が嫌なんか?」
「嫌ではないんです。ただ避けられれば……と思うだけです」
「要は嫌やいうことやな」
「い、いいんです。嫌だなんて滅相もない……!」
「あんま差別すると周りが煩ぉてしゃあないからなぁ……」
姫の髪をくしゃりと撫でて名残惜しむように抱き締める。
嫌だと駄々をこねさせまいと腕に力を込める。
こんな時に平でなかったら交際を公にできるのに、実行できないのは自分が彼よりも劣っていると信じているからだ。
彼に想いを寄せている女死神の多くは姫と同じ平隊員。
市丸は他の女に目も向けず、怠惰という短所はあるけれど迷うことなく愛情という施しを与えてくれる。
差が気になるから人前で手も繋げなければ、胸に顔を埋める事もできない。
だから市丸は姫の気持ちを汲み取って
人気のある場所では抱き締めもしない。
応えられるといえば仕事を成し遂げるだけ。
彼の怠惰ぶりを終始見逃さず、見つめるだけで一日を終えていた姫にとっては夢のような状況だ。
こうして抱き締めてくれることさえ現のようなのだから。
「不服やろうけど今はこれだけで堪忍してな」
「不服だなんてそんな……」
人目につかなければ抱き締めてもいい、そう君は約束してくれた。
それは行為を寄せてくれている何よりの証明だから、それ以上は何も欲さない。
遊びで続く恋愛なら長期間に渡ってつき合うこともなかったろうに。
姫の声で呼ばれる名が風よりも心地いい。
頭から爪先まで時雨で詰められていて、誰もが入る隙間もない。
脳内まで一色に統一される。
「そんな顔しとるから心配でなぁ……さっさと終わらして帰ってき。ええな?」
「そんな簡単にはいかないですよ…隊長みたいな霊力持ってるわけでもないですし」
「いっつも早よ終わらして戻ってくるやん?」
「あ、それは……」
遅くに帰って隊長に要らぬ心配をかけて困らせたくはないから。
気だるさの残る体に鞭を打って、任務に臨む。
体に傷が付こうと気にも留めない。
姫の霊力と総合的な実力から、命の危険を晒すような虚の魂葬を任されることはゼロに等しい。
だから死に近い苦しみを得るような仕事はないけれど。
市丸は過保護な面が目立って、指を掠った僅かな傷や死覇装の破れにさえも目を配る。
毎度毎度心配は要らない、と言っているのに。
「毎日力伸ばされてるん気付いとる?」
「そう……ですか?」
「飲み込み早いいうか覚えが早いんやろなあ……ボクがおらんでもやってけるわ」
「隊長がいなくなったら……私が困ります」
「例えや例え。可愛えこと言うてくれて……けどお世辞言うても何もご褒美は出ぇへんよ?」
「お世辞が言えるようなできた死神じゃない事くらい……知っているじゃないですか……」
頬を赤らめる顔が市丸の好物。
意地が悪いとは思うけれど惚れた相手には敵わない。
そして姫は現世に下りなければならなくなった。
霊力を削り終えたら水だけ喉を通して、お好みの食べ物を控えてみようか。
いっそのこと絶食してみてはどうだろう。
魂葬を終えた頃、魂を抜かれそうになったのは姫だった。
たかが一匹の虚にここまでてこずるとは。
霊力の大半を削り取られ、体力の限界を感じる。
それと同時にやってくる空腹感。
だがここで闇の誘いに乗るわけにはいかない。
肝に命じた誓いを早々に破ってはいけないのだから。
体を巡る血が今にも抜けていくよう。
よたよたとふらつきながら三番隊詰所へと急ぐ姿は、周りのものにとってはヒヤヒヤものだった。
血の気を失い、ぱたりと倒れこんでしまうようで。
案の定、姫は三番隊詰所前で倒れこんでしまった。
「そろそろ全員無事に戻って……姫がまだか……誰か見たやつおらんか?」
「まだですけど…私より先に出たみたいですよ?」
「にしても何しとるんや……」
「失礼します!」
障子が勢いよく開けられて響き渡る隊員の声。
市丸はその隊員を通し、詰所前で伏せる姫に驚かされた。
「私がここを通る前に倒れていられたようで……」
「ついさっきなんか?」
「そのようで……」
「ボクが運んどくわ。下がってえぇよ」
市丸は姫は抱き上げて三番隊詰所を出た。
ぱたりと空しく障子が閉められ、しんと詰所内は静まる。
しきりに腹の虫が表に出、姫が腹を減らしていることを知る。
「阿呆やなぁ……ほんま……」
一生懸命過ぎる所が短所であり可愛い部分。
歩く振動で市丸の中の姫が目を覚ます。
寝返りをうったかと思い、姫を見遣ると彼女はじっと市丸を見つめている。
「何や、起きとったんかいな」
「今起きたんですよ。……私、倒れてたんですか?」
「詰所の前で倒れとったんよ。青い顔してちゃんと食事してるんか?」
「し、してますよ……」
ズキリと痛む心臓。
木陰に姫を委ねて土埃を舞い上げて消えたと思ったら秒も数えず再び現れた。
市丸の手の中には皿を乗せた盆が収められていた。
皿の中に入っていたのは粥。
背筋に冷たいものが走り、ぞっとしながら市丸を見る。
まさか、まさか食べさせようとしているのか。
栄養不良がばれてしまったか。
市丸は姫を膝に乗せ拘束し、盆を地面においた。
「ほな食事しよか。ほら、口開け」
「何言ってんですか……! ……そんなことよりも下ろして下さい!」
「姫やろうがお断りや。まともに食事してへんのやろ?」
「食べてますよ。少し控えめにしてるだけです」
「しっかり食べへんからフラフラしてまうんや。ただでさえこないに細いのに……」
「貴方に言われても説得力ないですよ」
抱き締めて密着したら伝わってしまう。
死覇装からでも十二分にわかってしまう変化。
口から運ばれた栄養は体の保養となる代わりに容量を増やす。
「ええから早よ食べ、ほら」
「やだっ……! 絶対嫌です……!」
「我儘な子やねぇ……ボクにどないして欲しいん?」
「食べたら太るから……食べたくないんです。お気遣いは有難いんですけど」
「フラフラして倒れるんとどっちがええの?」
「そりゃ倒れる方…」
言葉を放つ瞬間に開いた口にささっと口の中に流される粥。
思わずごくりと飲み込んでしまった。
「何でそないに気にするん?」
「だって……市丸隊長が細身だから。平と隊長だなんて不釣合いだから……少しでも釣り合いたくて……」
「不釣合いやなんて有り得へんわ」
「貴方が有り得ないなんて思っても他の人から見たら有り得るんです」
「他人の目なんか気にせんでええやん。ボクらはボクらやんか」
「そうかもしれませんけど……私はダメなんです」
数十センチという差に突き放される。
恋人に見えるだろうか、他人の視線を気にしながら後ろ髪をひかれ、そんなことを思う。
気分がきっと悪いだろうな、とは思うけれど。
「ボクが背高いだけなんやから気にする事ないんよ?」
「低いから強調されるんです。太っちゃうと」
「そんなことよりな、姫が倒れたやなんて聞いただけで心配なんよ。……そやから心配させんといてぇな」
粥を乗せた匙さじを突き出され、粥を食さなければいけなくなった。
渋々差し出された匙を受け取る。
「私が私でなくなったら……心配して下さる暇もなくなるんだもの」
「どんな姿になっても姫は姫やろ? 中身が姫やったらそれでええんよ」
「嘘ばっかり。キレイですら~っとした方がいいに決まってるんですから!」
「姫が元気な姿見してくれるだけで、ボクは幸せなんよ。そやから口開け。ええやろ?」
姿が変わっても愛して下さるか、なんて愚問かもしれないけれど。
額を小突いて「当たり前やろ」なんて言われるのは予想していた。
今の姿を維持する覚悟はあるけれど目移りしやすいのが男性の性というもの。
「それにな、姫は今のままが標準なんやで。そやから……安心さしてな?」
唇を通じて精神的な栄養分が送られる。
内訳は安堵ともうひとつ。
心に潤いを。
言葉なき接吻に心は潤いを覚える。
この場所から離れぬように、との警告でもある接吻。
警告される前から自ら離れようなんて気はなかった、というのは暴く事なき秘密。
入隊してから何かとイヅルが腕を振るってくれるものだから、ついつい箸を口に運んでしまう。
長身で細身な彼と横に並ぶと悲しくも比較してしまう。
嗚呼、悲しすぎる。
できるだけ霊力の消費は控えよう。
市丸のことだ、感づかれたら食事を強要されるに決まっている。
あなたにはどうでもよくても私にとっては大問題。
微妙な体重の増減を気にしてしまうのは愛ゆえに。
時間をかけて説教しても無駄だと分かっているから言いはしないけど、並んだら一目瞭然。
あと何センチか差があったのなら対抗できたのだろうけど、突き放されてしまった天と地の差は目と心が痛い。
涙ぐましい努力も全てはあなたのためなのです。
「姫~」
三番隊にしては珍しく、市丸が職務時間中に詰所の中にいた。
昼寝か仕事の逃避の為にいつもはいないのに。
手招いて姫を自席まで呼びつける。
姫は不安ながらも予感が当たらぬことを祈り、市丸の元へと近付く。
どうか魂葬の依頼ではありませんように。
事務処理なら吉良副隊長の五倍であろうと望まれるなら、文句も言わずこなして見せますから。
だからどうか。
どうか霊力を削る事だけは勘弁して下さい。
「あのな、仕事の話なんやけど」
「はあ……やっぱり……」
一気に奈落の底へと突き落とされてしまったようだ。
長々と続けられる話の中には、魂葬の二文字が。
姫はがくり、と項垂れ俯いてしまった。
「どないしたん? 姫」
「いえ……魂葬でなく事務処理なら有難いんですけど……やっぱりだめですよね」
「現世行くん嫌なん? こっちと空気合わんのはボクも分かるんやけど……姫も合わへんか?」
ビルと呼ばれる建造物が立ち並び、都会は緑さえビルで覆われていて自然の力は減少している。
騒音と廃棄ガスに悩まされているものの、開発するばかりで中断しようとはしない。
理解し難い民族が住まう場所。
人込みを掻き分けて駆ける事も隊長からの指令でなければお断りだ。
こちらの空気と違っていて、見慣れぬ風景には幾度となく迷わされているから。
初めての道に方向感覚はなくなり、東西南北がわからなくなる。
西洋の服を身に纏い、歩道を歩く人々。
時には和服姿の者も見られるがどちらかといえば少ない。
現世という存在そのものを忌み嫌うわけではない。
魂葬がなければいいのだが、それなくして現世に向かわせることはないだろう。
魂葬には霊力と体力を使う。
空腹へと導き、こちらに戻れば腹ごしらえをしてしまう。
結果、体重は増えて終いには形を変えてしまうだろう。
だから姫は嫌なのだ。
「ええ……とてつもなく」
「魂葬が嫌なんか?」
「嫌ではないんです。ただ避けられれば……と思うだけです」
「要は嫌やいうことやな」
「い、いいんです。嫌だなんて滅相もない……!」
「あんま差別すると周りが煩ぉてしゃあないからなぁ……」
姫の髪をくしゃりと撫でて名残惜しむように抱き締める。
嫌だと駄々をこねさせまいと腕に力を込める。
こんな時に平でなかったら交際を公にできるのに、実行できないのは自分が彼よりも劣っていると信じているからだ。
彼に想いを寄せている女死神の多くは姫と同じ平隊員。
市丸は他の女に目も向けず、怠惰という短所はあるけれど迷うことなく愛情という施しを与えてくれる。
差が気になるから人前で手も繋げなければ、胸に顔を埋める事もできない。
だから市丸は姫の気持ちを汲み取って
人気のある場所では抱き締めもしない。
応えられるといえば仕事を成し遂げるだけ。
彼の怠惰ぶりを終始見逃さず、見つめるだけで一日を終えていた姫にとっては夢のような状況だ。
こうして抱き締めてくれることさえ現のようなのだから。
「不服やろうけど今はこれだけで堪忍してな」
「不服だなんてそんな……」
人目につかなければ抱き締めてもいい、そう君は約束してくれた。
それは行為を寄せてくれている何よりの証明だから、それ以上は何も欲さない。
遊びで続く恋愛なら長期間に渡ってつき合うこともなかったろうに。
姫の声で呼ばれる名が風よりも心地いい。
頭から爪先まで時雨で詰められていて、誰もが入る隙間もない。
脳内まで一色に統一される。
「そんな顔しとるから心配でなぁ……さっさと終わらして帰ってき。ええな?」
「そんな簡単にはいかないですよ…隊長みたいな霊力持ってるわけでもないですし」
「いっつも早よ終わらして戻ってくるやん?」
「あ、それは……」
遅くに帰って隊長に要らぬ心配をかけて困らせたくはないから。
気だるさの残る体に鞭を打って、任務に臨む。
体に傷が付こうと気にも留めない。
姫の霊力と総合的な実力から、命の危険を晒すような虚の魂葬を任されることはゼロに等しい。
だから死に近い苦しみを得るような仕事はないけれど。
市丸は過保護な面が目立って、指を掠った僅かな傷や死覇装の破れにさえも目を配る。
毎度毎度心配は要らない、と言っているのに。
「毎日力伸ばされてるん気付いとる?」
「そう……ですか?」
「飲み込み早いいうか覚えが早いんやろなあ……ボクがおらんでもやってけるわ」
「隊長がいなくなったら……私が困ります」
「例えや例え。可愛えこと言うてくれて……けどお世辞言うても何もご褒美は出ぇへんよ?」
「お世辞が言えるようなできた死神じゃない事くらい……知っているじゃないですか……」
頬を赤らめる顔が市丸の好物。
意地が悪いとは思うけれど惚れた相手には敵わない。
そして姫は現世に下りなければならなくなった。
霊力を削り終えたら水だけ喉を通して、お好みの食べ物を控えてみようか。
いっそのこと絶食してみてはどうだろう。
魂葬を終えた頃、魂を抜かれそうになったのは姫だった。
たかが一匹の虚にここまでてこずるとは。
霊力の大半を削り取られ、体力の限界を感じる。
それと同時にやってくる空腹感。
だがここで闇の誘いに乗るわけにはいかない。
肝に命じた誓いを早々に破ってはいけないのだから。
体を巡る血が今にも抜けていくよう。
よたよたとふらつきながら三番隊詰所へと急ぐ姿は、周りのものにとってはヒヤヒヤものだった。
血の気を失い、ぱたりと倒れこんでしまうようで。
案の定、姫は三番隊詰所前で倒れこんでしまった。
「そろそろ全員無事に戻って……姫がまだか……誰か見たやつおらんか?」
「まだですけど…私より先に出たみたいですよ?」
「にしても何しとるんや……」
「失礼します!」
障子が勢いよく開けられて響き渡る隊員の声。
市丸はその隊員を通し、詰所前で伏せる姫に驚かされた。
「私がここを通る前に倒れていられたようで……」
「ついさっきなんか?」
「そのようで……」
「ボクが運んどくわ。下がってえぇよ」
市丸は姫は抱き上げて三番隊詰所を出た。
ぱたりと空しく障子が閉められ、しんと詰所内は静まる。
しきりに腹の虫が表に出、姫が腹を減らしていることを知る。
「阿呆やなぁ……ほんま……」
一生懸命過ぎる所が短所であり可愛い部分。
歩く振動で市丸の中の姫が目を覚ます。
寝返りをうったかと思い、姫を見遣ると彼女はじっと市丸を見つめている。
「何や、起きとったんかいな」
「今起きたんですよ。……私、倒れてたんですか?」
「詰所の前で倒れとったんよ。青い顔してちゃんと食事してるんか?」
「し、してますよ……」
ズキリと痛む心臓。
木陰に姫を委ねて土埃を舞い上げて消えたと思ったら秒も数えず再び現れた。
市丸の手の中には皿を乗せた盆が収められていた。
皿の中に入っていたのは粥。
背筋に冷たいものが走り、ぞっとしながら市丸を見る。
まさか、まさか食べさせようとしているのか。
栄養不良がばれてしまったか。
市丸は姫を膝に乗せ拘束し、盆を地面においた。
「ほな食事しよか。ほら、口開け」
「何言ってんですか……! ……そんなことよりも下ろして下さい!」
「姫やろうがお断りや。まともに食事してへんのやろ?」
「食べてますよ。少し控えめにしてるだけです」
「しっかり食べへんからフラフラしてまうんや。ただでさえこないに細いのに……」
「貴方に言われても説得力ないですよ」
抱き締めて密着したら伝わってしまう。
死覇装からでも十二分にわかってしまう変化。
口から運ばれた栄養は体の保養となる代わりに容量を増やす。
「ええから早よ食べ、ほら」
「やだっ……! 絶対嫌です……!」
「我儘な子やねぇ……ボクにどないして欲しいん?」
「食べたら太るから……食べたくないんです。お気遣いは有難いんですけど」
「フラフラして倒れるんとどっちがええの?」
「そりゃ倒れる方…」
言葉を放つ瞬間に開いた口にささっと口の中に流される粥。
思わずごくりと飲み込んでしまった。
「何でそないに気にするん?」
「だって……市丸隊長が細身だから。平と隊長だなんて不釣合いだから……少しでも釣り合いたくて……」
「不釣合いやなんて有り得へんわ」
「貴方が有り得ないなんて思っても他の人から見たら有り得るんです」
「他人の目なんか気にせんでええやん。ボクらはボクらやんか」
「そうかもしれませんけど……私はダメなんです」
数十センチという差に突き放される。
恋人に見えるだろうか、他人の視線を気にしながら後ろ髪をひかれ、そんなことを思う。
気分がきっと悪いだろうな、とは思うけれど。
「ボクが背高いだけなんやから気にする事ないんよ?」
「低いから強調されるんです。太っちゃうと」
「そんなことよりな、姫が倒れたやなんて聞いただけで心配なんよ。……そやから心配させんといてぇな」
粥を乗せた匙さじを突き出され、粥を食さなければいけなくなった。
渋々差し出された匙を受け取る。
「私が私でなくなったら……心配して下さる暇もなくなるんだもの」
「どんな姿になっても姫は姫やろ? 中身が姫やったらそれでええんよ」
「嘘ばっかり。キレイですら~っとした方がいいに決まってるんですから!」
「姫が元気な姿見してくれるだけで、ボクは幸せなんよ。そやから口開け。ええやろ?」
姿が変わっても愛して下さるか、なんて愚問かもしれないけれど。
額を小突いて「当たり前やろ」なんて言われるのは予想していた。
今の姿を維持する覚悟はあるけれど目移りしやすいのが男性の性というもの。
「それにな、姫は今のままが標準なんやで。そやから……安心さしてな?」
唇を通じて精神的な栄養分が送られる。
内訳は安堵ともうひとつ。
心に潤いを。
言葉なき接吻に心は潤いを覚える。
この場所から離れぬように、との警告でもある接吻。
警告される前から自ら離れようなんて気はなかった、というのは暴く事なき秘密。