捧げ物
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海底人と地上の人間が夫婦となり、海底国が人間の姫を迎え入れる結婚式は両種族が友好的な関係を保つために歩み寄った証として、未来永劫数世代に渡って語り継がれることとなるだろう。
橋渡しとして一役買って出たのはトロイメアの姫とアクアリアの王子・オリオンだ。
しかし国のために自らを犠牲にしたわけではなく、恋をして愛を深めた結果、共に生きていくことを選択したのだ。彼らにとってこれ以上の幸せはないだろう。
アクアリアで行われる結婚式は姫にとってすべてが新鮮な出来事だった。
当日に八歳の誕生日を迎えたアクアリアの少年からの口付けを受け、姫は生まれて間もない赤子から剥がれ落ちた、ミラーボールのように煌めきを放つ鱗でできたドレスを身に纏い、結婚式に臨んだ。
ドレスとティアラが豪奢なため、イヤリングとネックレスはシンプルなものに限られ、あくまでも脇役として主役の引き立て役と化していた。
姫はまるで夢を見ているかのように呆けた顔をして、儀式のために選ばれた少年から手の甲に口付けを受ける。
「ひ、姫様、オリオン様、この度はご成婚おめでとうございます」
「あ、ありがとう……」
幼いとはいえ、海底国の民は皆見目が麗しい。
この少年も例に漏れず、白磁の肌に
宝石を思わせる髪や瞳、赤く染まった頬──姫に恋心などなくとも、名だたる芸術家が彫り上げた彫刻のように整った容姿には惚れ惚れしてしまう。
つい少年に見惚れてしまった姫を隣で機嫌悪そうに見ているのは、新郎であるオリオンだ。
「夫である俺の前で他の男に余所見とは、いい度胸だな」
「余所見だなんて……綺麗だなって思っただけですよ。それに小さい子ですし」
「小さかろうと大きかろうと、男であることには変わりはないだろう?」
見惚れたといっても相手は少年だ。恋や愛といった感情は姫にはない。
頭では理解していても、姫の視線を一瞬でも独占したという事実が許せないのだ。
なんて稚拙で狭量なのだろう。姫よりうんと長く生きてきたというのに、彼女が関わるとオリオンは少年のように幼くなる。
喧嘩をすれば売り言葉に買い言葉で火に油を注いでしまうし、傍にいれば愛を囁く前に衝動的に口付けたくなる。
どうしようもないものだ、とオリオンは口許に笑みを浮かべた。
姫の言葉にそっぽを向いたオリオンではあるが、彼も少年と同じ海底人であり、煌びやかな衣装や装飾品で飾らずともその美しさが曇ることは決してない。
これはもうアクアリアの血、いや生まれる前から組み込まれた遺伝子が成せる業のせいなのだろう。
白を基調としながらも海を連想させる青の装飾を取り入れた衣装はオリオン自身が持つ美をより一層引き立てていた。
今日しか身に纏わない特別な衣装で飾ったオリオンが眩しく見え、姫は視線を逸らす。
この世のすべてが美しく見えるのは、きっと彼のせいだ──姫はそう思った。
「もう……この話はまた後で聞きますから、ね? この後は王様と王妃様が目の前にいらっしゃるんですから」
「ふん、後で覚えていろ」
悪態をつくオリオンを見ながら姫は微笑を浮かべる。
少年からの接吻を受けた後は国王と王妃からの挨拶が待っている。
アクアリアの国民は陸で暮らしている者よりも寿命は長いが、国王や王妃は群を抜いている。長きに渡り歴史を見守り続けてきた者の祝言(ほぎごと)を頂戴する、始めての地上の民として選ばれたのが姫である。これ以上に光栄なことはないと言えよう。
「新郎新婦は前へ。国王陛下並びに王妃様からの祝事をお受け取り下さい」
燕尾服を纏った侍従に促され、姫とオリオンは国王と王妃が座る玉座の前で一礼をする。
見上げるとどことなくオリオンに似た、秀麗な顔立ちの二人は微笑みを浮かべていた。
オリオンはその端正な容姿に恵まれながらも浮いた噂ひとつなく、王妃が見合い話をしても眉一つ動かさず、悉く見合い話を断っていたため、一部では好色家なのではないかという噂も囁かれていた。
しかしそれを一蹴して彼が選んだのは同じ海の中に生きる者ではなく、陸で生きる姫君だった。
戸惑いはあったが、オリオンは普段の彼からは想像もできないほどの慈愛に満ちた表情を浮かべている様子を見ると、この二人にお互いが異種族であることは障害にすらならないのだと改めて感じる。
アクアリアの歴史において前例のない異種族同士の夫婦には様々な障害が待ち受けているだろう。
しかし賽はもう既に投げられた後だ。降りかかる火の粉を払うのも、地上とアクアリアをはじめ海底に存在する三国を巻き込む大惨事を招くのも二人の行動次第だ。
「この度は佳き日に慶事を執り行えることを喜ばしく思う。皆知ってのこととは思うが、姫は海底人ではない。オリオンの伴侶が海底人でないことに対し異を唱える者を断罪する気はないが、姫はアクアリアだけではなくアンキュラ・コラリア・ローレライをはじめ、夢世界の国々に救いの手を差し伸べてくれたことは周知の事実だ。かつて地上の国が我々にしてきたことを思えば、許せと言うのも無理な話だろう。だが彼女の行いを見てもまだ異を唱えるならば、私は心を鬼にしてその者を刑罰に処す」
祝いの席に相応しくない国王の言葉に、あたり一面凍結したかのような冷たく重い空気が流れる。
民を大切に思う国王ならば国民に寄り添うべきなのに、国民の不信を買い兼ねない言葉を発したのはオリオンを目覚めさせ、海底国及び周辺国に助力したからに他ならない。
種族の違いから嫌煙されても仕方がないのに、それをしないのは国王の器の大きさ故か。
「姫よ、お前はもうオリオンの妻であり私と王妃の子も同然だ。実の両親のように思い、気兼ねなく接して欲しい。海での生活は慣れないことも多いだろうが、足りないものがあれば申し付けるように」
「お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です。お母様にアクアリアのことを学びながら、オリオンさんをお支えしたいと思います」
姫は花が咲いたような笑みを浮かべ、迷うことなく答えた。
磨き上げた宝石のように煌々とした光を放つ瞳を見ただけで、オリオンは気恥ずかしさを覚え、俯いた。
姫の手によって目覚めさせられ、つまらぬ諍いや仲直りを繰り返しながら愛を育て、今日に至る。
姫の心を動かすのに思い通りにいかず、苛立つことも多々あったが姫は長く生きてきたオリオンが知らないことを沢山教えてくれた。
それは気が遠くなるほどに長く、それでいてあっという間に感じられる時間だった。
もう彼女を海の中に縛り付けることも必要ない。夫婦となり、心を結んだのだから。
「そうか、姫の笑顔がその頑なな心を溶かしたのだな。大いに結構。二人に海神の加護があらんことを」
「姫、オリオンを宜しく頼みましたよ」
王妃までもが慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべる。
姫を冷遇していた頃とは比べようもできないほどに、姫の存在はアクアリアに変化を与えた。これからもそれは変わることないだろう。
夫婦となる儀式で交わす口付けはなんとも照れくさく、もし幸せに味があるとするならこんなものなのだろうと思った。
虫歯になってしまいそうなほどに甘く、体がチョコレートのように溶けてしまうのではないかと思えるような口付けだった。
ようやく式典が終わり、解放されたのは夜になってからのことだった。
アルコールが入り、息子の結婚式とあって王と王妃はなかなか姫とオリオンを自由にしてはくれなかった。
喜んでくれている両親をオリオンは無下にもできず、最後までつきあっていたらこの有り様だ。もう二度とこのように派手な式典は勘弁だ、と心の中で舌打ちした。
オリオンは気怠そうにベッドに身を投げると、ネクタイを緩める。
「長丁場で疲れたな。流石に少し酔ったか……」
「じゃあお水を持ってきましょうか? それとも今日はもう休みます? 慌ただしかったですし、お疲れなのかも」
「いい眺めだな」
姫がオリオンの顔を覗き込み、屈むと彼の視線は姫の胸元へと移動した。
屈んだことで僅かではあるが谷間ができ、白い谷間が晒される。
オリオンの熱い視線に気付いたのか、姫は立ち上がると顔を真っ赤にして胸を隠すように手を交差させた。
「なっ、なに見てるんですか!? 私は純粋にオリオンさんのこと心配しただけなのにっ!」
「今はもう俺の妻だ。触れるのに人目を憚ることも、他者の許可を得る必要もない。お前が嫌だと言う
なら──無理強いはしないが……」
どこかいつもの彼らしくない、優しい口調とは裏腹に姫の腰を強く引き寄せ、首筋に顔を埋める。
絹のように繊細で川のように流れるオリオンの髪が姫の皮膚を擽った。
オリオンの唇が姫の皮膚に触れる度に赤い花が所有印の如く白い肌を染め上げ、愛しい男の吐息を感じながら幸福の余韻に身を委ねた。
橋渡しとして一役買って出たのはトロイメアの姫とアクアリアの王子・オリオンだ。
しかし国のために自らを犠牲にしたわけではなく、恋をして愛を深めた結果、共に生きていくことを選択したのだ。彼らにとってこれ以上の幸せはないだろう。
アクアリアで行われる結婚式は姫にとってすべてが新鮮な出来事だった。
当日に八歳の誕生日を迎えたアクアリアの少年からの口付けを受け、姫は生まれて間もない赤子から剥がれ落ちた、ミラーボールのように煌めきを放つ鱗でできたドレスを身に纏い、結婚式に臨んだ。
ドレスとティアラが豪奢なため、イヤリングとネックレスはシンプルなものに限られ、あくまでも脇役として主役の引き立て役と化していた。
姫はまるで夢を見ているかのように呆けた顔をして、儀式のために選ばれた少年から手の甲に口付けを受ける。
「ひ、姫様、オリオン様、この度はご成婚おめでとうございます」
「あ、ありがとう……」
幼いとはいえ、海底国の民は皆見目が麗しい。
この少年も例に漏れず、白磁の肌に
宝石を思わせる髪や瞳、赤く染まった頬──姫に恋心などなくとも、名だたる芸術家が彫り上げた彫刻のように整った容姿には惚れ惚れしてしまう。
つい少年に見惚れてしまった姫を隣で機嫌悪そうに見ているのは、新郎であるオリオンだ。
「夫である俺の前で他の男に余所見とは、いい度胸だな」
「余所見だなんて……綺麗だなって思っただけですよ。それに小さい子ですし」
「小さかろうと大きかろうと、男であることには変わりはないだろう?」
見惚れたといっても相手は少年だ。恋や愛といった感情は姫にはない。
頭では理解していても、姫の視線を一瞬でも独占したという事実が許せないのだ。
なんて稚拙で狭量なのだろう。姫よりうんと長く生きてきたというのに、彼女が関わるとオリオンは少年のように幼くなる。
喧嘩をすれば売り言葉に買い言葉で火に油を注いでしまうし、傍にいれば愛を囁く前に衝動的に口付けたくなる。
どうしようもないものだ、とオリオンは口許に笑みを浮かべた。
姫の言葉にそっぽを向いたオリオンではあるが、彼も少年と同じ海底人であり、煌びやかな衣装や装飾品で飾らずともその美しさが曇ることは決してない。
これはもうアクアリアの血、いや生まれる前から組み込まれた遺伝子が成せる業のせいなのだろう。
白を基調としながらも海を連想させる青の装飾を取り入れた衣装はオリオン自身が持つ美をより一層引き立てていた。
今日しか身に纏わない特別な衣装で飾ったオリオンが眩しく見え、姫は視線を逸らす。
この世のすべてが美しく見えるのは、きっと彼のせいだ──姫はそう思った。
「もう……この話はまた後で聞きますから、ね? この後は王様と王妃様が目の前にいらっしゃるんですから」
「ふん、後で覚えていろ」
悪態をつくオリオンを見ながら姫は微笑を浮かべる。
少年からの接吻を受けた後は国王と王妃からの挨拶が待っている。
アクアリアの国民は陸で暮らしている者よりも寿命は長いが、国王や王妃は群を抜いている。長きに渡り歴史を見守り続けてきた者の祝言(ほぎごと)を頂戴する、始めての地上の民として選ばれたのが姫である。これ以上に光栄なことはないと言えよう。
「新郎新婦は前へ。国王陛下並びに王妃様からの祝事をお受け取り下さい」
燕尾服を纏った侍従に促され、姫とオリオンは国王と王妃が座る玉座の前で一礼をする。
見上げるとどことなくオリオンに似た、秀麗な顔立ちの二人は微笑みを浮かべていた。
オリオンはその端正な容姿に恵まれながらも浮いた噂ひとつなく、王妃が見合い話をしても眉一つ動かさず、悉く見合い話を断っていたため、一部では好色家なのではないかという噂も囁かれていた。
しかしそれを一蹴して彼が選んだのは同じ海の中に生きる者ではなく、陸で生きる姫君だった。
戸惑いはあったが、オリオンは普段の彼からは想像もできないほどの慈愛に満ちた表情を浮かべている様子を見ると、この二人にお互いが異種族であることは障害にすらならないのだと改めて感じる。
アクアリアの歴史において前例のない異種族同士の夫婦には様々な障害が待ち受けているだろう。
しかし賽はもう既に投げられた後だ。降りかかる火の粉を払うのも、地上とアクアリアをはじめ海底に存在する三国を巻き込む大惨事を招くのも二人の行動次第だ。
「この度は佳き日に慶事を執り行えることを喜ばしく思う。皆知ってのこととは思うが、姫は海底人ではない。オリオンの伴侶が海底人でないことに対し異を唱える者を断罪する気はないが、姫はアクアリアだけではなくアンキュラ・コラリア・ローレライをはじめ、夢世界の国々に救いの手を差し伸べてくれたことは周知の事実だ。かつて地上の国が我々にしてきたことを思えば、許せと言うのも無理な話だろう。だが彼女の行いを見てもまだ異を唱えるならば、私は心を鬼にしてその者を刑罰に処す」
祝いの席に相応しくない国王の言葉に、あたり一面凍結したかのような冷たく重い空気が流れる。
民を大切に思う国王ならば国民に寄り添うべきなのに、国民の不信を買い兼ねない言葉を発したのはオリオンを目覚めさせ、海底国及び周辺国に助力したからに他ならない。
種族の違いから嫌煙されても仕方がないのに、それをしないのは国王の器の大きさ故か。
「姫よ、お前はもうオリオンの妻であり私と王妃の子も同然だ。実の両親のように思い、気兼ねなく接して欲しい。海での生活は慣れないことも多いだろうが、足りないものがあれば申し付けるように」
「お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です。お母様にアクアリアのことを学びながら、オリオンさんをお支えしたいと思います」
姫は花が咲いたような笑みを浮かべ、迷うことなく答えた。
磨き上げた宝石のように煌々とした光を放つ瞳を見ただけで、オリオンは気恥ずかしさを覚え、俯いた。
姫の手によって目覚めさせられ、つまらぬ諍いや仲直りを繰り返しながら愛を育て、今日に至る。
姫の心を動かすのに思い通りにいかず、苛立つことも多々あったが姫は長く生きてきたオリオンが知らないことを沢山教えてくれた。
それは気が遠くなるほどに長く、それでいてあっという間に感じられる時間だった。
もう彼女を海の中に縛り付けることも必要ない。夫婦となり、心を結んだのだから。
「そうか、姫の笑顔がその頑なな心を溶かしたのだな。大いに結構。二人に海神の加護があらんことを」
「姫、オリオンを宜しく頼みましたよ」
王妃までもが慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべる。
姫を冷遇していた頃とは比べようもできないほどに、姫の存在はアクアリアに変化を与えた。これからもそれは変わることないだろう。
夫婦となる儀式で交わす口付けはなんとも照れくさく、もし幸せに味があるとするならこんなものなのだろうと思った。
虫歯になってしまいそうなほどに甘く、体がチョコレートのように溶けてしまうのではないかと思えるような口付けだった。
ようやく式典が終わり、解放されたのは夜になってからのことだった。
アルコールが入り、息子の結婚式とあって王と王妃はなかなか姫とオリオンを自由にしてはくれなかった。
喜んでくれている両親をオリオンは無下にもできず、最後までつきあっていたらこの有り様だ。もう二度とこのように派手な式典は勘弁だ、と心の中で舌打ちした。
オリオンは気怠そうにベッドに身を投げると、ネクタイを緩める。
「長丁場で疲れたな。流石に少し酔ったか……」
「じゃあお水を持ってきましょうか? それとも今日はもう休みます? 慌ただしかったですし、お疲れなのかも」
「いい眺めだな」
姫がオリオンの顔を覗き込み、屈むと彼の視線は姫の胸元へと移動した。
屈んだことで僅かではあるが谷間ができ、白い谷間が晒される。
オリオンの熱い視線に気付いたのか、姫は立ち上がると顔を真っ赤にして胸を隠すように手を交差させた。
「なっ、なに見てるんですか!? 私は純粋にオリオンさんのこと心配しただけなのにっ!」
「今はもう俺の妻だ。触れるのに人目を憚ることも、他者の許可を得る必要もない。お前が嫌だと言う
なら──無理強いはしないが……」
どこかいつもの彼らしくない、優しい口調とは裏腹に姫の腰を強く引き寄せ、首筋に顔を埋める。
絹のように繊細で川のように流れるオリオンの髪が姫の皮膚を擽った。
オリオンの唇が姫の皮膚に触れる度に赤い花が所有印の如く白い肌を染め上げ、愛しい男の吐息を感じながら幸福の余韻に身を委ねた。