捧げ物
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機械文明の発達により、著しい発展を見せる、機械の国・エマシーネ。
新製品の開発と技術の更なる向上に心血を注ぐ彼らの努力の結晶ともいうべき、新作発表会が行われる。
エマシーネから招待を受けた王室の者しか一般参加を許されていないため、この場はとても貴重な機会なのだ。
他国の文化を知ることが自国の発展に繋がるという王の意向もあり、イヌイに白羽の矢が立った。
父の命とあらば断ることはできないので、四の五の言わずに身仕度を整え、ムーンロードがかかるのを待つ。
──エマシーネに愛しい人がいることも知らずに。
イヌイを出迎えたのは昼夜であろうと違いが分からないほど人工の明かりで眩しい街だった。
人が乗っていない機械仕掛けの馬車が自動運転で街を行き交い、とても人が住んでいるとは思えない、塔のように高い建造物のガラス張りの窓から人々のシルエットが見えている。
何もかもがこよみの国とは違う。
イヌイは王子という立場柄、様々な国に出向いてきたが、これだけ発展している国を見たのは初めてだった。
とはいえ、物珍しそうに豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていては、田舎者が来たと笑われかねない。必死に平静を装いながら、招待状に書かれていた宿泊所へと向かった。
地図に書かれた建造物の名前を頼りに歩いているが、どれもこれもイヌイの目には同じに見える。
やがてきらびやかな建造物に辿り着き、イヌイは目を見開かずにはいられなかった。
姫と呼ぶには飾り気のない、肩に届くか届かない長さの髪をふわりと揺らしながら、同色で揃えた黒のジャケットと膝上丈のタイトスカートを身に付けた女性が立っている。
──姫だ。トロイメアの姫であり、イヌイの恋人である姫に違いない。
うっかり口元が弛み、イヌイは犬歯を覗かせながら姫と思わしき女性の元に近付く。
「久しぶりじゃん、まさかこんなとこで会うなんてな」
「イヌイさんも招待されてたんですね。あれ……」
姫はイヌイの顔から彼の洋服へと視線を移し、言葉を失った。
こよみの国は和装なので、着物を身に付けているイメージが根付いているためだ。
エマシーネの正装は男性ならジャケットとスラックス、女性ならジャケットとスカートを身に纏うと決まっていることが伝えられており、誂えたかのようにぴったりなサイズの衣装が招待状とともに送られたというわけである。
「ああ、服か。こういう格好が正装らしいな。なんでも招待を受けた者しか入れない、何かしら開発と技術のお披露目があるそうだけど、ま、お前がいるし退屈はしなさそうだな」
「イヌイさん、遊びに来たんじゃなくて公務でいらっしゃったんでしょう? 国の代表者なんですから、そんなこと言っちゃだめですよ」
「はいはい、わかってるよ」
面倒臭そうに答えるイヌイを見て、姫は眉を下げながら苦笑した。
弟の面倒を仕方なく見ているような優しい眼差しは、彼の性質を知っているからこそできるものだ。
本来のイヌイという人間は気に入った女性の上に立ちたいという欲が強く、同じ立ち位置にあるとは思っていない。
見目麗しく、頭脳だけでなく楽器を奏でる才にも恵まれ、いつも女性の方からイヌイを求めてきたため、女性関係が途切れたことはなかった。
しかし姫は他の女性とは違い、好意を抱いているからといってイヌイを肯定するだけの女性ではなく、諌めることのできる女性──そして彼を変えることになった初めての女性である。
紆余曲折を経て恋人関係になった今では、プライベートなことだけではなく、公務のことも相談し合う仲になった。
「本当姉上に似てきたよな。まあいいけど……」
「そうですか? こよみの国を訪れたら必ずお会いしてるからでしょうか……」
他愛もない言葉のキャッチボールを続けていたら、スーツに身を包んだ長身の男性が現れ、恭しく礼をして白い歯を見せながら笑う。
「招待しておきながら遅れまして申し訳ございません。エマシーネのサンデルと申します。イヌイ様に姫様ですね? こちらへどうぞ」
サンデルと名乗った人物が懐からシルバーに輝くカードを取り出し、それを扉に近付けると軽快な電子音が鳴ったかと思ったらひとりでに扉が開いた。
三人を中へ出迎えると扉は自動的に締まり、天井高くから吊り下げられたシャンデリアから漏れる明かりが眩しくて一瞬目を瞑ってしまいそうになる。
絵画の中で描かれる晩餐会のように、多人数の会食を目的としているかのようなだだっ広いテーブルにはシャンデリアに負けない輝きを放つ、サテン生地の地味ながらも光沢が美しい、アイボリーのテーブルクロスが敷かれ、テーブルの上にはガラスケースに入れられた機械が並べられていた。
「席順はあらかじめ決められてるのか」
「いえ、我が国が招待した限られた方々しかこの場にはおりませんので、お好きな席にどうぞ。私は皆さんへのご挨拶がありますので、少し離れますね」
サンデルがイヌイと姫の側を離れ、テーブルの中心辺りに立ち、慣れた口調で挨拶を始める。
自然な流れで機械についての説明が始まるが、イヌイの国にはこういった類いのものがないため、専門用語を羅列されては何のことやら理解できなかった。
使用用途に異なるが遠く離れた者と通信を行ったり、画像を読み取ることで文書にしたり様々なことができるようだ。
「なあ、俺には何言ってるかよくわからないんだけど、お前わかるか?」
「私がいた世界にも似たような機械がありましたので、少しなら。イヌイさんが身近なものでしたら──たとえば手紙とか。機械を使うことで一瞬で送ることができるんですよ。それもたくさんの方に、同時にです」
姫がいた世界は日常生活の身近なところで常に機械があった。機械が生活を支配していたといってもいい。
ワープロ・スマートフォン・パソコンなどの普及により一人に一台は持つようになり、なくてはならないツールとなっていた。
流暢にかつ丁寧に説明を始める姫に、イヌイは違和感を覚える。
姫がこよみの国を訪れた際には儀式や民の暮らしなど教えてやることがあったが、今現在はまったく逆の立場だ。これではまるで姫が最初からエマシーネに住んでいたかのようであり、イヌイは胸の中に黒い靄が充満しているのを悟り、一瞬無表情になる。
(国が違えば文化も習慣も違って当然──なのに俺はどうしてこんな風に感じるんだ)
「一瞬って言ったか? 一瞬てのはどれくらいなんだ」
「本当に一瞬ですよ。イヌイさんの国にこれがあれば、女性と逢瀬を重ねる際に、便利だったでしょうね」
恋人を前にして、このようなことをさらりと言ってのけるも何とも彼女らしい。
確かにそれは事実であり、消せない過去ではあるが今現在は恋人と呼べる存在は姫一人のみ。
今では目の前に絶世の美女がいようと、見向きもしない自信があると胸を張って言える。自分で言うのもなんだが、凄まじい変わりようだ。
「──かもな。でも俺が隣にいんのによくそんなこと言えるよな? まあ否定はしないけどな、事実だし」
「でしょう? それは冗談としても……頻繁に連絡取れますし、いいと思いませんか?」
ムーンロードが開かれて初めて国に物が運ばれるため、文を届けるだけでもそこから更に期日がかかる。
しかしそれなりの期日を要しても、開いてからの文が届き、封を切るまでの楽しみがそこにはある。
紙が温度や気持ちを乗せて運んでくれるのだ。
「確かにそれはそれでいい点はある。でも紙の風合いや筆跡までは伝えられないだろ? 手紙よりこうやって直に会って、触れる方がいい。こうやってな」
イヌイは姫の白くて小さな右手を両手で包み込み、恐らく照れているであろう姫の顔を覗き込んだ。
予想通り姫の顔は真っ赤に染まっており、はぐらかすようにショーケースに入れられた機械を指差しながら、イヌイが着ているジャケットの裾を引っ張りながら場所移動を求める恋人の姿を愛しく思い、イヌイは眉を下げながら犬歯をちらりと見せながら微笑を浮かべるのだった。
新製品の開発と技術の更なる向上に心血を注ぐ彼らの努力の結晶ともいうべき、新作発表会が行われる。
エマシーネから招待を受けた王室の者しか一般参加を許されていないため、この場はとても貴重な機会なのだ。
他国の文化を知ることが自国の発展に繋がるという王の意向もあり、イヌイに白羽の矢が立った。
父の命とあらば断ることはできないので、四の五の言わずに身仕度を整え、ムーンロードがかかるのを待つ。
──エマシーネに愛しい人がいることも知らずに。
イヌイを出迎えたのは昼夜であろうと違いが分からないほど人工の明かりで眩しい街だった。
人が乗っていない機械仕掛けの馬車が自動運転で街を行き交い、とても人が住んでいるとは思えない、塔のように高い建造物のガラス張りの窓から人々のシルエットが見えている。
何もかもがこよみの国とは違う。
イヌイは王子という立場柄、様々な国に出向いてきたが、これだけ発展している国を見たのは初めてだった。
とはいえ、物珍しそうに豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていては、田舎者が来たと笑われかねない。必死に平静を装いながら、招待状に書かれていた宿泊所へと向かった。
地図に書かれた建造物の名前を頼りに歩いているが、どれもこれもイヌイの目には同じに見える。
やがてきらびやかな建造物に辿り着き、イヌイは目を見開かずにはいられなかった。
姫と呼ぶには飾り気のない、肩に届くか届かない長さの髪をふわりと揺らしながら、同色で揃えた黒のジャケットと膝上丈のタイトスカートを身に付けた女性が立っている。
──姫だ。トロイメアの姫であり、イヌイの恋人である姫に違いない。
うっかり口元が弛み、イヌイは犬歯を覗かせながら姫と思わしき女性の元に近付く。
「久しぶりじゃん、まさかこんなとこで会うなんてな」
「イヌイさんも招待されてたんですね。あれ……」
姫はイヌイの顔から彼の洋服へと視線を移し、言葉を失った。
こよみの国は和装なので、着物を身に付けているイメージが根付いているためだ。
エマシーネの正装は男性ならジャケットとスラックス、女性ならジャケットとスカートを身に纏うと決まっていることが伝えられており、誂えたかのようにぴったりなサイズの衣装が招待状とともに送られたというわけである。
「ああ、服か。こういう格好が正装らしいな。なんでも招待を受けた者しか入れない、何かしら開発と技術のお披露目があるそうだけど、ま、お前がいるし退屈はしなさそうだな」
「イヌイさん、遊びに来たんじゃなくて公務でいらっしゃったんでしょう? 国の代表者なんですから、そんなこと言っちゃだめですよ」
「はいはい、わかってるよ」
面倒臭そうに答えるイヌイを見て、姫は眉を下げながら苦笑した。
弟の面倒を仕方なく見ているような優しい眼差しは、彼の性質を知っているからこそできるものだ。
本来のイヌイという人間は気に入った女性の上に立ちたいという欲が強く、同じ立ち位置にあるとは思っていない。
見目麗しく、頭脳だけでなく楽器を奏でる才にも恵まれ、いつも女性の方からイヌイを求めてきたため、女性関係が途切れたことはなかった。
しかし姫は他の女性とは違い、好意を抱いているからといってイヌイを肯定するだけの女性ではなく、諌めることのできる女性──そして彼を変えることになった初めての女性である。
紆余曲折を経て恋人関係になった今では、プライベートなことだけではなく、公務のことも相談し合う仲になった。
「本当姉上に似てきたよな。まあいいけど……」
「そうですか? こよみの国を訪れたら必ずお会いしてるからでしょうか……」
他愛もない言葉のキャッチボールを続けていたら、スーツに身を包んだ長身の男性が現れ、恭しく礼をして白い歯を見せながら笑う。
「招待しておきながら遅れまして申し訳ございません。エマシーネのサンデルと申します。イヌイ様に姫様ですね? こちらへどうぞ」
サンデルと名乗った人物が懐からシルバーに輝くカードを取り出し、それを扉に近付けると軽快な電子音が鳴ったかと思ったらひとりでに扉が開いた。
三人を中へ出迎えると扉は自動的に締まり、天井高くから吊り下げられたシャンデリアから漏れる明かりが眩しくて一瞬目を瞑ってしまいそうになる。
絵画の中で描かれる晩餐会のように、多人数の会食を目的としているかのようなだだっ広いテーブルにはシャンデリアに負けない輝きを放つ、サテン生地の地味ながらも光沢が美しい、アイボリーのテーブルクロスが敷かれ、テーブルの上にはガラスケースに入れられた機械が並べられていた。
「席順はあらかじめ決められてるのか」
「いえ、我が国が招待した限られた方々しかこの場にはおりませんので、お好きな席にどうぞ。私は皆さんへのご挨拶がありますので、少し離れますね」
サンデルがイヌイと姫の側を離れ、テーブルの中心辺りに立ち、慣れた口調で挨拶を始める。
自然な流れで機械についての説明が始まるが、イヌイの国にはこういった類いのものがないため、専門用語を羅列されては何のことやら理解できなかった。
使用用途に異なるが遠く離れた者と通信を行ったり、画像を読み取ることで文書にしたり様々なことができるようだ。
「なあ、俺には何言ってるかよくわからないんだけど、お前わかるか?」
「私がいた世界にも似たような機械がありましたので、少しなら。イヌイさんが身近なものでしたら──たとえば手紙とか。機械を使うことで一瞬で送ることができるんですよ。それもたくさんの方に、同時にです」
姫がいた世界は日常生活の身近なところで常に機械があった。機械が生活を支配していたといってもいい。
ワープロ・スマートフォン・パソコンなどの普及により一人に一台は持つようになり、なくてはならないツールとなっていた。
流暢にかつ丁寧に説明を始める姫に、イヌイは違和感を覚える。
姫がこよみの国を訪れた際には儀式や民の暮らしなど教えてやることがあったが、今現在はまったく逆の立場だ。これではまるで姫が最初からエマシーネに住んでいたかのようであり、イヌイは胸の中に黒い靄が充満しているのを悟り、一瞬無表情になる。
(国が違えば文化も習慣も違って当然──なのに俺はどうしてこんな風に感じるんだ)
「一瞬って言ったか? 一瞬てのはどれくらいなんだ」
「本当に一瞬ですよ。イヌイさんの国にこれがあれば、女性と逢瀬を重ねる際に、便利だったでしょうね」
恋人を前にして、このようなことをさらりと言ってのけるも何とも彼女らしい。
確かにそれは事実であり、消せない過去ではあるが今現在は恋人と呼べる存在は姫一人のみ。
今では目の前に絶世の美女がいようと、見向きもしない自信があると胸を張って言える。自分で言うのもなんだが、凄まじい変わりようだ。
「──かもな。でも俺が隣にいんのによくそんなこと言えるよな? まあ否定はしないけどな、事実だし」
「でしょう? それは冗談としても……頻繁に連絡取れますし、いいと思いませんか?」
ムーンロードが開かれて初めて国に物が運ばれるため、文を届けるだけでもそこから更に期日がかかる。
しかしそれなりの期日を要しても、開いてからの文が届き、封を切るまでの楽しみがそこにはある。
紙が温度や気持ちを乗せて運んでくれるのだ。
「確かにそれはそれでいい点はある。でも紙の風合いや筆跡までは伝えられないだろ? 手紙よりこうやって直に会って、触れる方がいい。こうやってな」
イヌイは姫の白くて小さな右手を両手で包み込み、恐らく照れているであろう姫の顔を覗き込んだ。
予想通り姫の顔は真っ赤に染まっており、はぐらかすようにショーケースに入れられた機械を指差しながら、イヌイが着ているジャケットの裾を引っ張りながら場所移動を求める恋人の姿を愛しく思い、イヌイは眉を下げながら犬歯をちらりと見せながら微笑を浮かべるのだった。