捧げ物
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春に咲く花々は虫を誘うだけでなく、その豊かな色彩と形で人々の心を暖かく包み込む。
夏には照りつけるような日差しに負けず、時折見せてくれる笑顔は向日葵のような大輪の花の如くに美しい。
秋には新緑を紅に染め上げ、夜風の冷たさは冬が近付いていることを親切に教えてくれる。
冬には新雪で景色に化粧を施し、他の季節ではみることのない新たな一面を発見しては、人々の目を奪う。
温かく、それでいて少し冷ややかなように見えて、話をすればおっとりしていて、少し臆病な少女──トロイメアの姫は季節が移り変わる毎に人を魅了する四季のような、不思議な存在だった。
胸は高鳴り、共に過ごすことができたらどんなに幸せだろう──思いを馳せただけで胸がいっぱいになり、幸せな気持ちにさせてくれる白雪のように初々しい恋が始まったのである。
しかし凍哉が恋を成就させるためにはいくつかの障害があった。
先ずは彼女がトロイメアの姫であるということ。トロイメアは国で例えるなら絶対的な王たる存在だ。一国の王子が易々と近付けるわけがないし、様々な思惑を持って彼女に近付く王子がたくさんいることだろう。
そして凍哉は冬の一族であるため、たとえ公務で居合わせることができても彼女に微笑みかけることはできない。なぜなら彼が笑えば雪が解け出してしまうからだ。
冷たい態度で接すれば恋の成就はおろか、嫌悪しているとすら思われてしまうだろう。
どうすればよいのやらと頬杖をついて、ため息を吐くことが多くなり、これを見た人々が噂を広め、凍哉の片思いは瞬く間に蓬莱中に知れ渡ることとなった。
「しかしまた厄介な相手を好きになったよねぇ……」
凍哉の元に集った蓬莱の王子の一人・楓がため息を吐き出すように呟く。
辛辣な一言ではあるが、凍哉としては何も言い返すことができないので、茶と一緒に言葉を飲み込んだ。
そこですかさず口を挟まずにはいられない陽影が立ち上がる。
「おい、そんなこと言わなくてもいいだろ!? ちょっとは応援してやったらどうなんだよ」
「だってそうだろう? 相手はトロイメアのお姫様、この夢世界において絶対的な存在である国の姫だよ? 俺たちは彼らが夢を与えている一国にすぎない。つまり対等な立場ではないということなんだよ」
悔しいけれど、楓の発言は的を射ていた。
トロイメアは夢世界においてなくてはならない存在であり、彼女はその国の姫なのだ。
公務を通じて顔見知りになることはあれど、おいそれと近付くことは不可能に近い。
トロイメアの姫とお近づきになりたい王子は数多くいるはずだ。
それもそのはず、彼女と縁を結べば将来を約束されたも同然だからである。
彼女の夫になれば一族は栄光と栄華を極めることとなり、あわよくば王になることも夢ではない。
そんな邪な思いを抱くことは良いことではないが、人間というものは欲望を前にしたらひれ伏すしかないのだ。
砂糖に群がる蟻のように数多の国の王子が姫の隣の座を狙っているとしたら、凍哉は彼らを蹴落とすような存在になることができなければ隣に立つことすら叶わないということなのだ。
「そうだね。だけど幸せなんだ……彼女の笑顔を見られることが、彼女の声が何もかも、温かくてなんて言ったらいいかわからないけど、これが恋ってやつのかな、って思う」
「へえ、君からそんな言葉を聞く日がくるなんてね。ま、いいや──凍哉、紙と筆を貰えるかな?」
凍哉は言われるがままに和紙と墨汁の入った硯、そして細筆を楓に渡す。
涼しい顔で筆先を墨汁に浸し、達筆な文字を刻んでいく。
和紙には豊穣の儀を執り行うため、姫を招待するのでどうか前向きに考えて欲しい、と記されていた。
「豊穣の儀? そんなモン初めて聞くけど」
「まあ君は興味ないだろうから簡潔に言わせてもらうよ。豊穣の儀っていうのはね……」
事の発端は飢饉のため四季の国の人口が激減し、国が滅亡するのではないかと民が不安に駆られていた時のこと。
一人の男性が不眠不休の末に豊穣の神々に祈りを捧げ、彼の命と引き換えに四季の国が滅びの未来を回避できたことから、四季の国を救った彼を弔い、感謝の意を表する儀式──それが豊穣の儀だ。
いつしか豊穣の儀は感謝を込めた儀式だけではなく、四季の国の特産品を使用した創作料理や丹精込めて作り上げた反物からできた着物、装飾品の一部を神々に捧げ、それらが市場に出回ることで国は活気付き、職人は各々の腕を競い合うという多岐に渡るものへと変わっていった。
「つーかさ、神様って高級な着物とか着るのか? 豊穣の神ってくらいだから贅沢なモン身に付けなさそうだよな。神様が贅沢してたら国民は貧しくなるんじゃ……?」
「俺は神様じゃないから知らないよ──要は気持ちの問題だよ。今年も飢えることなく、ありがとうございました、ってね」
楓は筆を置くと紙を凍哉に手渡して、不敵な笑みを浮かべる。
つまりはお膳立てをしたのだから、それなりの結果を見せよ──楓の表情から凍哉は何も言わずとも彼の考えが手に取るようにしてわかった。
ここは四の五の言わずに、礼を述べておくべきだろう。
「わかってるとは思うけど、凍哉は強制参加だよ。彼女が来るんだから、ね」
「楓……ありがとう」
「舞台は用意したんだから、さっさとくっついてもらわないとね。ついでに陽影も招待しとくから」
口では厳しいことを言っていても、ついつい世話を焼いてしまうのが楓の性質である。
普段なら売り言葉に買い言葉で喧嘩をしてしまう楓と陽影だが、今回の彼の行動には異論を唱えることはできなかった。
もし楓が動かなければ、陽影も凍哉のために動いていたからだ。
季節は秋になり、豊穣の儀は当日を迎えることとなった。
四季の国に招待された姫は凍哉の城で豊穣の儀のために厳選された着物の着せ替え人形と化していた。
旅の疲れもあったが、侍女たちが発する美辞麗句は決して不快なものではない。寧ろ心地いいものだ。
幼いとはいえ女性なので、着飾って普段とは違う装いをするだけで、楽しくなってくる。
「姫様は肌が白いので、華美な方がお似合いですわ。まだお若いんですもの、肌も血色がよくてきれいですから、化粧も必要ありませんわね」
「やはりトロイメアという国の方は皆様こうなのかしら? 職人の着物も装飾品も、色褪せて見えてしまいますわね。高貴な方に身に付けてもらえてこそ、職人冥利に尽きるというもの。凍哉様、いかがです?」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
侍女に気圧されてか、姫は借りてきた猫のようにおとなしくしている。それもそのはず、弾丸のように飛び交う言葉に横槍を入れる隙間ひとつないからだ。
新雪のように真っ白な生地に椿が描かれた着物は姫の白い肌に映え、金糸に雪を添えたような独特の色をした髪はゆるく纏められており、簪には小振りの椿がついていた。
椿には鈴が一緒に付いており、姫の髪が揺れるたびに鈴の音が鳴る。
「うん、よく似合ってる……」
その言葉は実に素っ気ないようなものにも聞こえたが、侍女の前で可愛いなどと言える余裕など、凍哉は持ち合わせていなかった。
身支度を整えた姫を連れて、いつもよりも賑わう市井を練り歩く。
華美な装飾品や反物は視覚をを、できたばかりの料理から立ち上る湯気や匂いが嗅覚を刺激した。
一通り見終わったところで、休憩を兼ねて茶屋の座敷で休むことを姫に提案すると彼女はにっこりと笑い返す。笑みに他意はないだろう。
「来てくれたばかりなのに、連れ回してごめんね。少し休もうか? 疲れただろう?」
「そんなことないです。真新しいものばかりで、とっても楽しかったです」
店内には丁度客が一人もおらず、姫と二人きりで話をするにはもってこいの場所であった。
楓が御自ら作ってくれた機会なのだ、無駄にするわけにはいかない。
姫の年齢では抹茶は少し苦味があって飲めないだろうか、と思案してほうじ茶と季節限定の団子を注文する。
甘味なので用意にはあまり時間がかからず、注文して程なくして店員が注文した品を持ってきた。
「三色団子ですか? 黄色いお団子なんて初めてです。これは何を使われているんですか?」
「こちらは栗を使用しております。見映えをよくするために金箔を使用していますが、こちらも食べれますので是非ご賞味くださいませ。
物珍しいものもあるでしょうし、ごゆっくりしていって下さいね」
店員が気を利かせて去った後に、二人同時に団子をひとつ頬張る。
第三者が見ればきっと恋人同士に見えるだろう。でも本当は知り合い以上友人以下の関係だ。
姫はほうじ茶が入った湯呑みに手を伸ばし、優雅な所作で音を立てることもなく茶を啜る。流石はトロイメアの姫君といったところか。
「凍哉さん、今日は案内していだいてありがとうございました。楓さんから招待状をいただいてお話は伺っていたんですが実は私……凍哉さんは私のことお嫌いかと思っていたので」
「え?」
「初めてお会いした時はなんというか……クールというかポーカーフェイスというか──笑われないので少し冷たく感じていました。でもあれは冬だからだったんですよね? 冬に凍哉さんが笑うと雪が溶けてしまうから、と聞きました。嫌われていたら案内したり、こうやってお茶して下さるなんてことないですもんね」
凍哉は姫の言葉に面食らってしまい、茫然としていた。
嫌いだなんてとんでもない。嫌いどころか好きだからこそ会いたくてたまらないのに──凍哉は今にも口から飛び出してしまいそうな言葉を飲み込んで、深呼吸する。
今思いを告げずに彼女を帰してしまったら、きっと後悔してしまう。
どうせ後悔するなら思いを告げて振られて彼女を送り出したい。
「姫」
「はい」
姫の左右異なる瞳の色を捉え、いつになく真剣な表情で凍哉は姫の名を呼んだ。
誰よりも清らかで澄んだ瞳の奥に、いまは凍哉だけが映っている。
その瞳に吸い込まれるように、凍哉は自然と姫の手を握った。
「今回の豊穣の儀は秋の一族の主催だから、俺がいるなんて不自然に思ったかもしれない。確かにその通りだよ、今日は君にどうしても会いたくて来たんだから」
「え──凍哉さん、それって……」
「君が好きなんだ。俺を目覚めさせてくれた、おっとりしてて優しい君が……」
姫の驚いた表情はすぐに笑みを含んだものになり、頬は林檎のように真っ赤に染まってゆく。
凍哉の手に自らの手を重ね、深く頷いた。
「嬉しいです、とても……」
そのあとの言葉など二人には必要なかった。
自然と距離が近付き、ほうじ茶で潤った唇が重なりあう。
唇からは仄かに甘い団子の香りが漂い、二人の恋の始まりを告げていた。
夏には照りつけるような日差しに負けず、時折見せてくれる笑顔は向日葵のような大輪の花の如くに美しい。
秋には新緑を紅に染め上げ、夜風の冷たさは冬が近付いていることを親切に教えてくれる。
冬には新雪で景色に化粧を施し、他の季節ではみることのない新たな一面を発見しては、人々の目を奪う。
温かく、それでいて少し冷ややかなように見えて、話をすればおっとりしていて、少し臆病な少女──トロイメアの姫は季節が移り変わる毎に人を魅了する四季のような、不思議な存在だった。
胸は高鳴り、共に過ごすことができたらどんなに幸せだろう──思いを馳せただけで胸がいっぱいになり、幸せな気持ちにさせてくれる白雪のように初々しい恋が始まったのである。
しかし凍哉が恋を成就させるためにはいくつかの障害があった。
先ずは彼女がトロイメアの姫であるということ。トロイメアは国で例えるなら絶対的な王たる存在だ。一国の王子が易々と近付けるわけがないし、様々な思惑を持って彼女に近付く王子がたくさんいることだろう。
そして凍哉は冬の一族であるため、たとえ公務で居合わせることができても彼女に微笑みかけることはできない。なぜなら彼が笑えば雪が解け出してしまうからだ。
冷たい態度で接すれば恋の成就はおろか、嫌悪しているとすら思われてしまうだろう。
どうすればよいのやらと頬杖をついて、ため息を吐くことが多くなり、これを見た人々が噂を広め、凍哉の片思いは瞬く間に蓬莱中に知れ渡ることとなった。
「しかしまた厄介な相手を好きになったよねぇ……」
凍哉の元に集った蓬莱の王子の一人・楓がため息を吐き出すように呟く。
辛辣な一言ではあるが、凍哉としては何も言い返すことができないので、茶と一緒に言葉を飲み込んだ。
そこですかさず口を挟まずにはいられない陽影が立ち上がる。
「おい、そんなこと言わなくてもいいだろ!? ちょっとは応援してやったらどうなんだよ」
「だってそうだろう? 相手はトロイメアのお姫様、この夢世界において絶対的な存在である国の姫だよ? 俺たちは彼らが夢を与えている一国にすぎない。つまり対等な立場ではないということなんだよ」
悔しいけれど、楓の発言は的を射ていた。
トロイメアは夢世界においてなくてはならない存在であり、彼女はその国の姫なのだ。
公務を通じて顔見知りになることはあれど、おいそれと近付くことは不可能に近い。
トロイメアの姫とお近づきになりたい王子は数多くいるはずだ。
それもそのはず、彼女と縁を結べば将来を約束されたも同然だからである。
彼女の夫になれば一族は栄光と栄華を極めることとなり、あわよくば王になることも夢ではない。
そんな邪な思いを抱くことは良いことではないが、人間というものは欲望を前にしたらひれ伏すしかないのだ。
砂糖に群がる蟻のように数多の国の王子が姫の隣の座を狙っているとしたら、凍哉は彼らを蹴落とすような存在になることができなければ隣に立つことすら叶わないということなのだ。
「そうだね。だけど幸せなんだ……彼女の笑顔を見られることが、彼女の声が何もかも、温かくてなんて言ったらいいかわからないけど、これが恋ってやつのかな、って思う」
「へえ、君からそんな言葉を聞く日がくるなんてね。ま、いいや──凍哉、紙と筆を貰えるかな?」
凍哉は言われるがままに和紙と墨汁の入った硯、そして細筆を楓に渡す。
涼しい顔で筆先を墨汁に浸し、達筆な文字を刻んでいく。
和紙には豊穣の儀を執り行うため、姫を招待するのでどうか前向きに考えて欲しい、と記されていた。
「豊穣の儀? そんなモン初めて聞くけど」
「まあ君は興味ないだろうから簡潔に言わせてもらうよ。豊穣の儀っていうのはね……」
事の発端は飢饉のため四季の国の人口が激減し、国が滅亡するのではないかと民が不安に駆られていた時のこと。
一人の男性が不眠不休の末に豊穣の神々に祈りを捧げ、彼の命と引き換えに四季の国が滅びの未来を回避できたことから、四季の国を救った彼を弔い、感謝の意を表する儀式──それが豊穣の儀だ。
いつしか豊穣の儀は感謝を込めた儀式だけではなく、四季の国の特産品を使用した創作料理や丹精込めて作り上げた反物からできた着物、装飾品の一部を神々に捧げ、それらが市場に出回ることで国は活気付き、職人は各々の腕を競い合うという多岐に渡るものへと変わっていった。
「つーかさ、神様って高級な着物とか着るのか? 豊穣の神ってくらいだから贅沢なモン身に付けなさそうだよな。神様が贅沢してたら国民は貧しくなるんじゃ……?」
「俺は神様じゃないから知らないよ──要は気持ちの問題だよ。今年も飢えることなく、ありがとうございました、ってね」
楓は筆を置くと紙を凍哉に手渡して、不敵な笑みを浮かべる。
つまりはお膳立てをしたのだから、それなりの結果を見せよ──楓の表情から凍哉は何も言わずとも彼の考えが手に取るようにしてわかった。
ここは四の五の言わずに、礼を述べておくべきだろう。
「わかってるとは思うけど、凍哉は強制参加だよ。彼女が来るんだから、ね」
「楓……ありがとう」
「舞台は用意したんだから、さっさとくっついてもらわないとね。ついでに陽影も招待しとくから」
口では厳しいことを言っていても、ついつい世話を焼いてしまうのが楓の性質である。
普段なら売り言葉に買い言葉で喧嘩をしてしまう楓と陽影だが、今回の彼の行動には異論を唱えることはできなかった。
もし楓が動かなければ、陽影も凍哉のために動いていたからだ。
季節は秋になり、豊穣の儀は当日を迎えることとなった。
四季の国に招待された姫は凍哉の城で豊穣の儀のために厳選された着物の着せ替え人形と化していた。
旅の疲れもあったが、侍女たちが発する美辞麗句は決して不快なものではない。寧ろ心地いいものだ。
幼いとはいえ女性なので、着飾って普段とは違う装いをするだけで、楽しくなってくる。
「姫様は肌が白いので、華美な方がお似合いですわ。まだお若いんですもの、肌も血色がよくてきれいですから、化粧も必要ありませんわね」
「やはりトロイメアという国の方は皆様こうなのかしら? 職人の着物も装飾品も、色褪せて見えてしまいますわね。高貴な方に身に付けてもらえてこそ、職人冥利に尽きるというもの。凍哉様、いかがです?」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
侍女に気圧されてか、姫は借りてきた猫のようにおとなしくしている。それもそのはず、弾丸のように飛び交う言葉に横槍を入れる隙間ひとつないからだ。
新雪のように真っ白な生地に椿が描かれた着物は姫の白い肌に映え、金糸に雪を添えたような独特の色をした髪はゆるく纏められており、簪には小振りの椿がついていた。
椿には鈴が一緒に付いており、姫の髪が揺れるたびに鈴の音が鳴る。
「うん、よく似合ってる……」
その言葉は実に素っ気ないようなものにも聞こえたが、侍女の前で可愛いなどと言える余裕など、凍哉は持ち合わせていなかった。
身支度を整えた姫を連れて、いつもよりも賑わう市井を練り歩く。
華美な装飾品や反物は視覚をを、できたばかりの料理から立ち上る湯気や匂いが嗅覚を刺激した。
一通り見終わったところで、休憩を兼ねて茶屋の座敷で休むことを姫に提案すると彼女はにっこりと笑い返す。笑みに他意はないだろう。
「来てくれたばかりなのに、連れ回してごめんね。少し休もうか? 疲れただろう?」
「そんなことないです。真新しいものばかりで、とっても楽しかったです」
店内には丁度客が一人もおらず、姫と二人きりで話をするにはもってこいの場所であった。
楓が御自ら作ってくれた機会なのだ、無駄にするわけにはいかない。
姫の年齢では抹茶は少し苦味があって飲めないだろうか、と思案してほうじ茶と季節限定の団子を注文する。
甘味なので用意にはあまり時間がかからず、注文して程なくして店員が注文した品を持ってきた。
「三色団子ですか? 黄色いお団子なんて初めてです。これは何を使われているんですか?」
「こちらは栗を使用しております。見映えをよくするために金箔を使用していますが、こちらも食べれますので是非ご賞味くださいませ。
物珍しいものもあるでしょうし、ごゆっくりしていって下さいね」
店員が気を利かせて去った後に、二人同時に団子をひとつ頬張る。
第三者が見ればきっと恋人同士に見えるだろう。でも本当は知り合い以上友人以下の関係だ。
姫はほうじ茶が入った湯呑みに手を伸ばし、優雅な所作で音を立てることもなく茶を啜る。流石はトロイメアの姫君といったところか。
「凍哉さん、今日は案内していだいてありがとうございました。楓さんから招待状をいただいてお話は伺っていたんですが実は私……凍哉さんは私のことお嫌いかと思っていたので」
「え?」
「初めてお会いした時はなんというか……クールというかポーカーフェイスというか──笑われないので少し冷たく感じていました。でもあれは冬だからだったんですよね? 冬に凍哉さんが笑うと雪が溶けてしまうから、と聞きました。嫌われていたら案内したり、こうやってお茶して下さるなんてことないですもんね」
凍哉は姫の言葉に面食らってしまい、茫然としていた。
嫌いだなんてとんでもない。嫌いどころか好きだからこそ会いたくてたまらないのに──凍哉は今にも口から飛び出してしまいそうな言葉を飲み込んで、深呼吸する。
今思いを告げずに彼女を帰してしまったら、きっと後悔してしまう。
どうせ後悔するなら思いを告げて振られて彼女を送り出したい。
「姫」
「はい」
姫の左右異なる瞳の色を捉え、いつになく真剣な表情で凍哉は姫の名を呼んだ。
誰よりも清らかで澄んだ瞳の奥に、いまは凍哉だけが映っている。
その瞳に吸い込まれるように、凍哉は自然と姫の手を握った。
「今回の豊穣の儀は秋の一族の主催だから、俺がいるなんて不自然に思ったかもしれない。確かにその通りだよ、今日は君にどうしても会いたくて来たんだから」
「え──凍哉さん、それって……」
「君が好きなんだ。俺を目覚めさせてくれた、おっとりしてて優しい君が……」
姫の驚いた表情はすぐに笑みを含んだものになり、頬は林檎のように真っ赤に染まってゆく。
凍哉の手に自らの手を重ね、深く頷いた。
「嬉しいです、とても……」
そのあとの言葉など二人には必要なかった。
自然と距離が近付き、ほうじ茶で潤った唇が重なりあう。
唇からは仄かに甘い団子の香りが漂い、二人の恋の始まりを告げていた。