捧げ物
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仕事の褒美だ、と休憩時間に菓子を頬張る時間が一番好きな恋人。
怠惰が見られないのはまだいい。
恋人との逢瀬よりも優先されているような気がする。
だがそれはどうかと思う。
形は恋人ならば構ってくれてもいいはずだ。
文句も言えぬほど見事なまでの仕事振りは嫌でも目に入る。
上からの評価もよく、どこぞの隊長が引き抜きにきてもおかしくはない。
おまけに人柄もよく、部下からの信頼も厚い。
極度の菓子好きがなければ問題はないのだが。
「姫……またか」
「休憩時間だから問題はないでしょ?」
「問題はねぇが……どうにかなんねぇのか……?」
仕事をする神聖なる机の上に広げられた大量の菓子。
現世から仕入れてきたと思われるそれを次々と口の中に運んでいく。
「……甘いの、嫌いだったっけ? 余所で食べてこようか?」
「いや……別にここで食うな、って言いてぇわけじゃねぇんだが……。仕舞いには太るぞ?」
「動いてるからゼロだもんね。仕事が忙しいとばたばた動かなきゃいけないからどうしてもお腹減っちゃってさ」
「姫にとったら薬みてぇなもんだな」
「一日一回は食べないとどうにかなっちゃいそうだよ。……一日が始まらない気がしてね。あ、現世のは質がよくてね。この間衝動買いしちゃったんだ。手が出ると止まらない、ってこのことだね」
「……」
極度の甘党もここまでくると困ったものだ。
そのお陰で日番谷は溜息が漏れぬ暇もない。
だが休憩時間が終われば机の上を片付け、仕事の準備にとりかかる。
その切り替えの早さにはいつも驚いてしまう。
休憩は休憩、仕事は仕事。そう割り切っているのか。
休憩時間の終わりを確認した後は平生通りに書類をぱらぱら捲り、素早く文字を刻んでいく。
尋常ではない速さに加えて文字には一字たりとも誤りなどない。
食事中には決して見せない凛々しい表情。
さっきまで頬を緩ませていたのが嘘のようだ。
『締まりのない顔』、とからかおうにもからかえない。
仕事しか目に入っていない顔だ。
積み重ねた書類の上で頬杖をつきながら日番谷は無意識にも霊圧を垂れ流しにしていた。
詰所を覆うかのような霊圧は広範囲に渡り迸(ほとばし)る。
隊長格の霊圧に気付かぬ隊員はいない。
向けられている先は恐らく姫。
日番谷自身は無意識に放っているのだろうが隊員達はそれが原因で仕事に集中できず、青ざめている。
隊員達は姫をちらりと見遣り、合図らしき霊圧を添えて送った。
『頼むからどうにかして』と。
「……」
そんなことを言われてもどうにもできない。
どうしろと言うのだ。
仕上がった書類を整えて溜息を空へと吐き出す。
(後でどっか誘ったげようかな……)
そういえばここ最近、何処にも行ってなかったような気がする。
日番谷の残業が重なり、帰りが遅くなってしまうだろうと気遣ってくれていた。
『早く帰れよ』
居酒屋や茶店へ立ち寄る事もなく、朝と夜の挨拶だけで一日を終わらせていた。
積み立てられていく仕事による疲労が解消されることもなく蓄積しているのだろうか。
『まだ帰らないの? 冬獅郎……もう真っ暗だよ?」
『机の上見てみろ。このままで帰れるかっての』
『……まだこんなにあるの? 間に合いそう?』
『間に合わせるしかねぇだろ。部下の尻拭いも俺の仕事だからな』
『言ってくれたらするのに……じゃあ待ってるね』
『いや先帰ってろ。俺待ってたら何時になるかわからねぇしな』
『別にいいのに……』
『ほら、さっさと帰れ。また明日な、姫」
どこか後ろめたいような気がしてくる。
悪い事をして罪悪感のようなものを背負わされているような気分に陥ってしまう。
たまには気の済むまで付き合ってあげてもいいか。
あなたがそれで安らぐというなら。
姫は日番谷の机まで歩を進めて、抱えた書類を勢いよく机の上にばさりと離し置いた。
「もう終いか? いつもながら頭が下がるぜ」
「冗談ばっかり……今日は定時ですよね?」
「あぁ……このままの調子で終わればの話だがな」
隊員たちの前では上司と部下という立場を守り通す。
姫は敬語での受け答えを崩さない。
恋人ではあっても仕事を同じくする以上は上司と部下、それは変わらないからと姫は言う。
そして日番谷と対等に話している姿を誰にも見られたくない。
甘えを曝け出していて部下を持つ死神とは言えないような顔を。
一言二言から世間話をはじめ、小突かれて弾ける笑い声。
一少女に戻っている瞬間は仕事から抜け出せる幸せな時間でもある。
隣にいるのが日番谷でよかったと思う。
不安を取り除いてくれ、かつてない平安を施してくれる。
気遣いの言葉の一片に感じる優しさや、口には出さなくとも嫌というほど伝わってくる消えることなく生みだされる愛情。
小さな体にそぐわぬ包容力に引っ張られ、安堵感で満たされている。
それだけでなく仕事上での面でも上司に恵まれていると姫は思った。
「余所の書類の手伝いする暇あるなんて十番隊はよっぽど暇なんですね」
「何か言ったか? 姫。なら忙しい余所に移してやろうか」
「それはちょっと……困りますけど」
「……で、用は何だ?」
わかっているくせに。
聞かずともわかるくせに訊ねてくる日番谷が憎らしい。
この男は隊員たちの前で言え、とでも言いたいのか。
一線を画しているようで普段通りで構わない、と彼は言うけれど姫は嫌だった。
甘えに侵されることを好まず、一般には可愛くない女に見えても。
「いえ……また戻ります」
隊員たちが二人のやり取りをくすくすと笑う中、俯きもせずに胸を張り、十番隊詰所を出た。
障子が閉められると日番谷は苦笑いをして再び書類に目を移した。
基本的な言葉が足りない。
『好き』や『愛』はあまり好きではない。
軽々しく使う物ではないと知っているからだ。
それは押し付けのようで押し返された時が怖いから。
言わずとも理解してくれているだろう、そう思っているのが先ず間違いだ。
想いを告げられる事がなければ不安に駆られ、心配になる。
施しを受けたのならばそれ相応のお菓子が必要だ。
「私は言葉が足りないんだよね……」
特に重要な意味を持つ効力の大きい言葉が欠けている。
安心しているから融通が利かなくなる。
鈍くなるから相手の微妙な感情の動きが、何を考えているかが読み取れない。
だから疲れているのに感情を露わにせず、接してくれる日番谷の優しさにさえ気付く事ができなかった。
心の中では狂おしいほどに好きだと叫んでも口にすることがなければ決して届く事はない。
すっかり陽が落ち始めてしまった時刻。
来た道を戻り、十番隊詰所へと足を運んだ。
詰所に隊員たちの姿は見られなかった。
日番谷が足を組んで書類を眺めていただけで彼の他には誰もいなかった。
「姫か。どうした」
「ちょっと……ゆっくり話したいなぁ……って」
姫はゆっくりと歩み寄り、赤に染まった顔を下に向ける。
他愛ない会話でさえ久しく感じる。
彼が隊長である以上、スケジュール調整ができないのは仕方のない事かもしれないが。
「柄にもなく照れるなよ」
「だって久しぶりなんだもん……冬獅郎の顔見るの」
「大袈裟な奴だな……毎日見てんじゃねぇか。仮にも同じ隊だろうが」
「朝と夜挨拶して『さよなら~お疲れ~』ってだけじゃない。見てるなんていわないよ……」
抱き寄せられて日番谷の胸にもたれかかる。
幼く見える小さい背。
背文字が強調する姫自身との身分の差。
私は幸せ者だ。
分け隔てなく愛情を注がれて。
これ以上は何も望まない。
全くもって贅沢というものだろう。
「まぁ忙しかったしな。……つーか今に始まったことじゃねぇだろ」
「そうなんだけど……隊長だから忙しいのは当然だよね……」
「構ってくれねぇのは姫だろ?」
「言わなくてもわかってくれてるって思ってたんだもん……。言わなきゃわかんないよね。ごめんね……?」
姫にしては珍しくしおらしい。
そういえば……と思い出してみれば内心とは裏腹な態度と言葉が目立っていた。
冷めているのか生まれながらの性格なのか。
恐らく後者ではあるだろうが。
本人もそれに気付いていて直したいが生まれて元よりの性、なかなか直るわけもなく。
「何回好きだっていや気が済むんだ?」
「先に言うなんてずるいよ……」
「お前が言わねぇから言ってんじゃねぇか。俺は好きだぜ、姫が」
「……うん……」
聞き取れるか取れまいか、それくらいに小さな声だったが日番谷は逃すことなく聞き取った。
『好きだよ……私も。じゃなきゃ一緒に居てないもん』
死覇装をぐいぐいと引張り距離を縮め、一向に離れようとしない。
普段の姫の性格からしてはあり得ない光景。
姫から抱きついてくることなど今までにはなかった。
甘い囁きにさえ頬を染めてしまう姫が大人しくなった上、恐る恐るだとしてもそれだけで日番谷が驚く材料になる。
「姫、目、閉じてみな」
「何するの……?」
懐を探り、包み紙の中身を口の中に入れると口内の左右を往復させて味を楽しむ。
姫の顎に手を添え、唇を寄せる。
転がしていた物体を舌に乗せて姫の口の中へと運ぶ。
溶けた液体は砂糖味が強い、菓子そのもの。
菓子の実体は飴玉。
砂糖が溶けた液体を飲み干し、日番谷の胸を叩いて唇を離す。
「飴……冬獅郎……何で持ってるの?」
「机の上に散らかしてあったやつ、ひとつ拝借したんだよ。好きだろ? ……甘いの」
口が寂しいと呟くなら埋めてやる。
もう手放せずにはいられない代物で。
甘い菓子に没頭する暇は与えてやらない。
二度三度と唇を寄せて、姫は頬を染めていく。
叶うものならば君の薬に、肥やしになりたい。
いや、もう叶ったか。
互いが薬で肥やしとなっているのだから。
怠惰が見られないのはまだいい。
恋人との逢瀬よりも優先されているような気がする。
だがそれはどうかと思う。
形は恋人ならば構ってくれてもいいはずだ。
文句も言えぬほど見事なまでの仕事振りは嫌でも目に入る。
上からの評価もよく、どこぞの隊長が引き抜きにきてもおかしくはない。
おまけに人柄もよく、部下からの信頼も厚い。
極度の菓子好きがなければ問題はないのだが。
「姫……またか」
「休憩時間だから問題はないでしょ?」
「問題はねぇが……どうにかなんねぇのか……?」
仕事をする神聖なる机の上に広げられた大量の菓子。
現世から仕入れてきたと思われるそれを次々と口の中に運んでいく。
「……甘いの、嫌いだったっけ? 余所で食べてこようか?」
「いや……別にここで食うな、って言いてぇわけじゃねぇんだが……。仕舞いには太るぞ?」
「動いてるからゼロだもんね。仕事が忙しいとばたばた動かなきゃいけないからどうしてもお腹減っちゃってさ」
「姫にとったら薬みてぇなもんだな」
「一日一回は食べないとどうにかなっちゃいそうだよ。……一日が始まらない気がしてね。あ、現世のは質がよくてね。この間衝動買いしちゃったんだ。手が出ると止まらない、ってこのことだね」
「……」
極度の甘党もここまでくると困ったものだ。
そのお陰で日番谷は溜息が漏れぬ暇もない。
だが休憩時間が終われば机の上を片付け、仕事の準備にとりかかる。
その切り替えの早さにはいつも驚いてしまう。
休憩は休憩、仕事は仕事。そう割り切っているのか。
休憩時間の終わりを確認した後は平生通りに書類をぱらぱら捲り、素早く文字を刻んでいく。
尋常ではない速さに加えて文字には一字たりとも誤りなどない。
食事中には決して見せない凛々しい表情。
さっきまで頬を緩ませていたのが嘘のようだ。
『締まりのない顔』、とからかおうにもからかえない。
仕事しか目に入っていない顔だ。
積み重ねた書類の上で頬杖をつきながら日番谷は無意識にも霊圧を垂れ流しにしていた。
詰所を覆うかのような霊圧は広範囲に渡り迸(ほとばし)る。
隊長格の霊圧に気付かぬ隊員はいない。
向けられている先は恐らく姫。
日番谷自身は無意識に放っているのだろうが隊員達はそれが原因で仕事に集中できず、青ざめている。
隊員達は姫をちらりと見遣り、合図らしき霊圧を添えて送った。
『頼むからどうにかして』と。
「……」
そんなことを言われてもどうにもできない。
どうしろと言うのだ。
仕上がった書類を整えて溜息を空へと吐き出す。
(後でどっか誘ったげようかな……)
そういえばここ最近、何処にも行ってなかったような気がする。
日番谷の残業が重なり、帰りが遅くなってしまうだろうと気遣ってくれていた。
『早く帰れよ』
居酒屋や茶店へ立ち寄る事もなく、朝と夜の挨拶だけで一日を終わらせていた。
積み立てられていく仕事による疲労が解消されることもなく蓄積しているのだろうか。
『まだ帰らないの? 冬獅郎……もう真っ暗だよ?」
『机の上見てみろ。このままで帰れるかっての』
『……まだこんなにあるの? 間に合いそう?』
『間に合わせるしかねぇだろ。部下の尻拭いも俺の仕事だからな』
『言ってくれたらするのに……じゃあ待ってるね』
『いや先帰ってろ。俺待ってたら何時になるかわからねぇしな』
『別にいいのに……』
『ほら、さっさと帰れ。また明日な、姫」
どこか後ろめたいような気がしてくる。
悪い事をして罪悪感のようなものを背負わされているような気分に陥ってしまう。
たまには気の済むまで付き合ってあげてもいいか。
あなたがそれで安らぐというなら。
姫は日番谷の机まで歩を進めて、抱えた書類を勢いよく机の上にばさりと離し置いた。
「もう終いか? いつもながら頭が下がるぜ」
「冗談ばっかり……今日は定時ですよね?」
「あぁ……このままの調子で終わればの話だがな」
隊員たちの前では上司と部下という立場を守り通す。
姫は敬語での受け答えを崩さない。
恋人ではあっても仕事を同じくする以上は上司と部下、それは変わらないからと姫は言う。
そして日番谷と対等に話している姿を誰にも見られたくない。
甘えを曝け出していて部下を持つ死神とは言えないような顔を。
一言二言から世間話をはじめ、小突かれて弾ける笑い声。
一少女に戻っている瞬間は仕事から抜け出せる幸せな時間でもある。
隣にいるのが日番谷でよかったと思う。
不安を取り除いてくれ、かつてない平安を施してくれる。
気遣いの言葉の一片に感じる優しさや、口には出さなくとも嫌というほど伝わってくる消えることなく生みだされる愛情。
小さな体にそぐわぬ包容力に引っ張られ、安堵感で満たされている。
それだけでなく仕事上での面でも上司に恵まれていると姫は思った。
「余所の書類の手伝いする暇あるなんて十番隊はよっぽど暇なんですね」
「何か言ったか? 姫。なら忙しい余所に移してやろうか」
「それはちょっと……困りますけど」
「……で、用は何だ?」
わかっているくせに。
聞かずともわかるくせに訊ねてくる日番谷が憎らしい。
この男は隊員たちの前で言え、とでも言いたいのか。
一線を画しているようで普段通りで構わない、と彼は言うけれど姫は嫌だった。
甘えに侵されることを好まず、一般には可愛くない女に見えても。
「いえ……また戻ります」
隊員たちが二人のやり取りをくすくすと笑う中、俯きもせずに胸を張り、十番隊詰所を出た。
障子が閉められると日番谷は苦笑いをして再び書類に目を移した。
基本的な言葉が足りない。
『好き』や『愛』はあまり好きではない。
軽々しく使う物ではないと知っているからだ。
それは押し付けのようで押し返された時が怖いから。
言わずとも理解してくれているだろう、そう思っているのが先ず間違いだ。
想いを告げられる事がなければ不安に駆られ、心配になる。
施しを受けたのならばそれ相応のお菓子が必要だ。
「私は言葉が足りないんだよね……」
特に重要な意味を持つ効力の大きい言葉が欠けている。
安心しているから融通が利かなくなる。
鈍くなるから相手の微妙な感情の動きが、何を考えているかが読み取れない。
だから疲れているのに感情を露わにせず、接してくれる日番谷の優しさにさえ気付く事ができなかった。
心の中では狂おしいほどに好きだと叫んでも口にすることがなければ決して届く事はない。
すっかり陽が落ち始めてしまった時刻。
来た道を戻り、十番隊詰所へと足を運んだ。
詰所に隊員たちの姿は見られなかった。
日番谷が足を組んで書類を眺めていただけで彼の他には誰もいなかった。
「姫か。どうした」
「ちょっと……ゆっくり話したいなぁ……って」
姫はゆっくりと歩み寄り、赤に染まった顔を下に向ける。
他愛ない会話でさえ久しく感じる。
彼が隊長である以上、スケジュール調整ができないのは仕方のない事かもしれないが。
「柄にもなく照れるなよ」
「だって久しぶりなんだもん……冬獅郎の顔見るの」
「大袈裟な奴だな……毎日見てんじゃねぇか。仮にも同じ隊だろうが」
「朝と夜挨拶して『さよなら~お疲れ~』ってだけじゃない。見てるなんていわないよ……」
抱き寄せられて日番谷の胸にもたれかかる。
幼く見える小さい背。
背文字が強調する姫自身との身分の差。
私は幸せ者だ。
分け隔てなく愛情を注がれて。
これ以上は何も望まない。
全くもって贅沢というものだろう。
「まぁ忙しかったしな。……つーか今に始まったことじゃねぇだろ」
「そうなんだけど……隊長だから忙しいのは当然だよね……」
「構ってくれねぇのは姫だろ?」
「言わなくてもわかってくれてるって思ってたんだもん……。言わなきゃわかんないよね。ごめんね……?」
姫にしては珍しくしおらしい。
そういえば……と思い出してみれば内心とは裏腹な態度と言葉が目立っていた。
冷めているのか生まれながらの性格なのか。
恐らく後者ではあるだろうが。
本人もそれに気付いていて直したいが生まれて元よりの性、なかなか直るわけもなく。
「何回好きだっていや気が済むんだ?」
「先に言うなんてずるいよ……」
「お前が言わねぇから言ってんじゃねぇか。俺は好きだぜ、姫が」
「……うん……」
聞き取れるか取れまいか、それくらいに小さな声だったが日番谷は逃すことなく聞き取った。
『好きだよ……私も。じゃなきゃ一緒に居てないもん』
死覇装をぐいぐいと引張り距離を縮め、一向に離れようとしない。
普段の姫の性格からしてはあり得ない光景。
姫から抱きついてくることなど今までにはなかった。
甘い囁きにさえ頬を染めてしまう姫が大人しくなった上、恐る恐るだとしてもそれだけで日番谷が驚く材料になる。
「姫、目、閉じてみな」
「何するの……?」
懐を探り、包み紙の中身を口の中に入れると口内の左右を往復させて味を楽しむ。
姫の顎に手を添え、唇を寄せる。
転がしていた物体を舌に乗せて姫の口の中へと運ぶ。
溶けた液体は砂糖味が強い、菓子そのもの。
菓子の実体は飴玉。
砂糖が溶けた液体を飲み干し、日番谷の胸を叩いて唇を離す。
「飴……冬獅郎……何で持ってるの?」
「机の上に散らかしてあったやつ、ひとつ拝借したんだよ。好きだろ? ……甘いの」
口が寂しいと呟くなら埋めてやる。
もう手放せずにはいられない代物で。
甘い菓子に没頭する暇は与えてやらない。
二度三度と唇を寄せて、姫は頬を染めていく。
叶うものならば君の薬に、肥やしになりたい。
いや、もう叶ったか。
互いが薬で肥やしとなっているのだから。
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